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喫茶IKOIで逢いましょう

 

Ⅰ.雨の音、珈琲の香り

​ 登場人物(ただし、名前・性別・方言変換はご自由に)

  喫茶店の店主…成人女性。年齢は演者にお任せ。みんなのおねえさん。

  和人(先生)…30代前半の医師。下町っぽい若干の柄の悪さがある話し方だが善良な常識人。
  茉莉…20歳前後の女性。
内気で大人しい。総菜屋の娘で商店街のマドンナ。

​  常連…20代後半の女性。スナック勤務。胃弱だがコーヒーが好き。

/*ゆったりまったりした感じで演じてください。*/


 

  〇本文ここから

 

喫茶店の店主:「いらっしゃい」

 

和人:「よう」

 

茉莉:「こんにちは」

 

喫茶店の店主:「あら、今日は二人連れ? 先生、茉莉ちゃんとおデート?」

 

茉莉:「(どぎまぎして)えっ……デ、デートとかじゃ」

 

和人:「デートっつーんならデートかな。そこでばったり会ってな。雨宿りのついでに、茶でも飲もうって誘った」

 

喫茶店の店主:「知り合いだったの?」

 

和人:「ああ、ちょっとだけ」

 

茉莉:「お母さんが虫垂炎の手術した時に、先生がとても良くしてくださったんです」

 

喫茶店の店主:「ふーん。(冗談めかして)茉莉ちゃんはここの商店街のマドンナなんだから、変なことしたら、先生と言えども承知しないからね」

 

和人:「変なことなんかしないって。俺みたいに紳士的な男はちょっといないぞ? なあ茉莉」

 

茉莉:「はい、先生はとてもいい方です」

 

喫茶店の店主:「あらあら…… (少しの間)あ、そっち、エアコンの風が当たるからこっちの席どうぞ。風邪ひくよ」

 

和人:「おう」

 

茉莉:「ありがとうございます」

 

常連:「和人、お久しぶり」

 

和人:「よう! 久しぶりだな。胃の調子はもういいのか?」

 

常連:「(ふざけて)その節はお世話になりました、先生。おかげさまでそこそこ元気ですよー。それより、最近うちの店全然来てくれないじゃない。どうしたの」

 

和人:「忙しかったんだよ」

 

常連:「可愛い子、連れてるじゃない」

 

和人:「可愛いだろ」

 

常連:「えっと、ああ、そこのお総菜屋さんのお嬢さんだったっけ? いつもお客さんいっぱいのとこ」

 

茉莉:「あっ……はい。おかげさまで」

 

常連:「今日はお休み?」

 

茉莉:「はい、木曜日なので」

 

常連:「わたし、あなたのお店のコロッケすごく好きなのよ。ときどき買うよ」

 

茉莉:「ありがとうございます」

  

和人:「仕事中じゃないんだからペコペコしなくていいんだって」

 

茉莉:「でも、うちのお店のお得意様でしたらお礼を言いたくて……」

 

常連:「あはは、いいお嬢さんじゃない。そういう律義さもお店の繁盛の秘訣なんじゃないの?」

 

和人:「休みの日くらいのびのびせんと疲れるぞ。(常連に向き直って)……んで、お前はこんな時間にのんびり茶ぁシバいて、開店に間に合うのか?」

 

常連:「大丈夫。一杯コーヒー飲んでいくくらいの余裕はあるわよ」

 

和人:「ブラックか」

 

常連:「ここのブレンドコーヒー美味しいのよ。グァテマラがベースなんだって」

 

和人:「へえ。俺は豆のこととか全然わからん。大人だな」

 

常連:「大人って言うより、コーヒーの味や香りが体に合うって感じ」

 

和人:「俺には苦いだけなんだけどな」

 

常連:「お子ちゃま舌ね」

 

和人:「少年のピュアな味覚を持ち続けてるって言ってくれ」

 

茉莉:「(独白)この女の人、大人って感じ……そういう人のほうが先生は話しやすいのかな……」

 

和人:「コーヒーばっか飲んで、あんまり胃に負担掛けんなよ?」

 

常連:「ご心配なく、最近はコーヒーは一日二杯にしてますよー。あ、そろそろ行かなきゃ。じゃあ、和人、今度またお店の方にも来てよ。看護師さんとか研修医とか連れてさ」

 

和人:「おう、そのうちな。酒もほどほどにしとけよ」

 

常連:「努力はしてみるよ。またね」

 

喫茶店の店主:「(常連を見送るための間をおいてから)先生と茉莉ちゃんは何にする?」

 

和人:「茉莉、好きなのを頼め。奢るぞ」

 

茉莉:「(いい女ぶって)私は……コーヒーを、ブラックで」

 

和人:「えっ? コーヒーだぞ? 苦いぞ?」

 

茉莉:「(ちょっと必死に)私も大人ですから……コーヒーの味や香り、好きなので」

 

和人:「……ふーん」

 

喫茶店の店主:「はいはい、茉莉ちゃんはコーヒーね。先生はいつものスムージー?」

 

和人:「俺は(棒読みで)『固めととろりん、Wプリンのベリーキュートなアラモード』……(ぼやいて)いつ読んでもここのメニューはどちゃくそ長いな」

 

茉莉:「え?」

  

喫茶店の店主:「いいじゃない、どんなのかわかりやすくて」

 

和人:「オーダーするときめちゃくちゃ言いにくいだろ」

 

喫茶店の店主:「Wプリンアラモード、だけで通じるのに」

 

和人:「じゃあそう書けよ」

 

喫茶店の店主:「まあ、郷に入れば郷に従えっていうでしょ? ここじゃ、私がルールなの。んじゃ、ちょっと待ってて」

 

茉莉:「(5秒ほど間をおいて溜め息)……」

 

和人:「どうした?」

 

茉莉:「……いえ、何も」

 

和人:「(笑いながら)子どもっぽいのオーダーしたなって思ったか?」

 

茉莉:「(そう思ったのを隠すように)いえ……」

 

和人:「(しみじみと)好きな食いものを好きと言えるのはいいことだ。俺はちょっと前までそれが出来なかった。カッコつけしいだったんだよな」

 

茉莉:「……そう、ですか?」

 

和人:「女受けしたくて、苦くてまずいコーヒーを飲んでみたり、なんやらかんやら、ようわからん銘柄のこじゃれた紅茶を気取って飲んだりな。なんであんなに女にモテたくて必死だったのか、思い出すとバカバカしい。そういうので取り繕ったって、どうなるってもんでもないのに。それに、一緒にいて食いたいもんも食えない女とつきあっても、続くわけがない」

 

茉莉:「(気弱そうに)……そうですよね……」

 

和人:「(優しくゆっくり、言い聞かせるように)……茉莉、俺は好きなのを頼めって言ったんだぜ」

 

茉莉:「(4秒ほど考えてから、店主に向かっておどおどと)……あの、すみません……オーダー、変更してもいいですか?」

 

喫茶店の店主:「うん、大丈夫だよ」

 

茉莉:「コーヒーは、ゴールデンハニーカフェオレでお願いします」

 

喫茶店の店主:「(やさしくゆっくり)了解」

 

茉莉:「(バツが悪そうに)……それから、『オレンジ薫るふわふわほろにがキャラメルムースタルト』を一つ、お願いします」

 

和人:「(面白そうに茉莉を見て、少し笑う)ああ、さっき冷蔵ケースのタルト、食いたそうにじーっと見てたもんな」

 

茉莉:「そんなにじーっと見てません」

 

和人:「いや見てた。でも頼まなかったんで、なんでだろうって思った。メニュー名読み上げるのが恥ずかしいからだろうなー、とか」

 

茉莉:「いえ、あの……お行儀が悪いことをしてしまって……ごめんなさい」

 

和人:「全然謝るところじゃないだろ?」

 

茉莉:「でも、ご馳走していただくのに、あんまりこういうのを頼んだら、申し訳なくて」

 

和人:「(笑いながら)医者の財布、なめんなよぉ?」

 

喫茶店の店主:「そうよ、茉莉ちゃん、この際なんだからじゃんじゃん頼みたいもの頼んでってよ」

 

 

  ――終劇。

Ⅱ.かき氷を削る音

 

〇登場人物(ただし、名前・性別・方言変換はご自由に)

  店主…喫茶店の店主。成人女性。年齢は演者にお任せ。みんなのおねえさん。

  晴はる…男子中学生。気遣いのできる子。貧乏性。大人しく、口調が暗い。

​  かな…幼稚園児。晴の妹。屈託がない。

  隆之たかゆき…30代後半の常連客。ちょっと不愛想だけどいい人。

 

〇注意事項

  ゆったりまったりした感じで演じてください。

 

〇以下、本文


 

   SE:蝉の声、喫茶店のドアが開く音。喫茶店のBGM開始(ずっと流す)

 

かな「うわあ、涼しーい! きもちいー!」

 

晴「こんにちは」

 

店主「いらっしゃい。二人とも、元気そうね」

 

晴「(小声で)ほら、かなも挨拶して」

 

かな「こんにちは」

 

店主「こんにちは。あ、席は好きなところに座ってね」

 

晴「……かな、どこにする?」

 

かな「あそこ!」

 

SE:店主がお冷を配る音

 

店主「はい、メニュー表。好きなもの選んでね。決まったら声をかけて?」

 

晴「(お冷を飲んで)ありがとうございます」

 

かな「(メニュー表を指差して)おにいちゃん、これ! これだよ!」

 

晴「じゃあこれ頼もう。……あのー、すみません、この『フローズンフルーツたっぷり白熊さんかき氷』お願いします」

 

店主「『フローズンフルーツたっぷり白熊さんかき氷』ね? それと?」

 

晴「(少し間をおいて、バツが悪そうに)一つだけでもいいですか」

 

店主「(やさしく)了解」

 

かな「おにいちゃん、お金ちょっとしか持ってないんだよー」

 

晴「(小声で)しーっ! (店主に向かって)……ごめんなさい」

 

店主「うふふ、大丈夫よ。じゃあ作るから待っててね」

 

かな「作るの見たい! ねえ、おばちゃん、見ていい?」

 

晴「(小声で𠮟って)かな、おねえさんって言わなきゃだめだよ」

 

店主「(笑って)いいのよ、おばちゃんで。じゃあこっちに来て?」

 

かな「ねえ、その機械で削るの?」

 

店主「これはほんとはおうち用のかき氷機なの。その辺で売ってるわ。おうちの冷凍庫の四角い氷でもできるわよ。この機械で削るとふわふわになるから気に入ってるの」

 

晴「……かな、勝手にお店のもの触っちゃだめだよ。最後だから、お行儀よくしよう」

 

かな「……だって……」

 

晴「お行儀のいい子だったって、みんなに覚えていてほしいだろ」

 

かな「……うん」

 

店主「え? 最後って?」

 

晴「(ためらうように)僕たち、明日アパートを出るんです。父さんが迎えに来てくれて」

 

店主「……そうなの」

 

晴「父さんも、新しいお母さんも優しいし、いいんですけど……遠くに行くの、寂しいです」

 

かな「だからね、さいごにここにかき氷食べに来たの。おとうさんと、おかあさんと、みんなで食べたやつ!」

 

  (たっぷりの間)

 

店主「(少し白々しく)あ、いけない! 大事な材料が足りないわ。ねえ、晴くん、かなちゃん、15分ほど時間もらえないかしら? 急いで調達してくるから」

 

晴「あ、大丈夫ですけど……あの、『フローズンフルーツたっぷり白熊さんかき氷』じゃなくてもいいです」

 

かな「いや! この白熊さんのがいい!」

 

店主「そうよね、白熊さんのがいいわよね。ごめんなさいね、すぐ戻るわ……ねえ、隆之さん、ちょっとお願いがあるんだけど」

 

隆之「んん?」

 

店主「ちょっとだけ店番しててもらえない? いてくれるだけでいいの」

 

隆之「え? 客が来たらどうすんだよ」

 

店主「お客さんが来たら、待っててもらって」

 

隆之「それくらいなら」

 

店主「ありがとう! その『もりもりアイスのドリーミィコーヒーフロート』、アルバイト代として無料にさせてもらうわ。じゃあ行ってくるわね」

 

SE:喫茶店のドアが開閉する音、セミの声(この部分のみ喫茶店のBGMはなし)、再度喫茶店のドアが開閉する音、喫茶店BGM再開

 

店主「ただいま。あー、暑かった。お待たせしてごめんね!」

 

隆之「おかえり。客、来なかったぞ」

 

店主「よかった! ありがとう、助かったわ」

 

隆之「もりもりナントカカントカ代は稼いだぞ」

 

店主「(笑って)ええ、その通りね。さーて、晴くん、かなちゃん、これからかき氷を作ってくれない? とっても簡単だから」

 

晴「え?」

 

かな「(晴の台詞に被せ気味に)作る!」

 

SE:包みや箱を開ける音

 

店主「ほら、新しいかき氷機!」

 

かな「わああ!」

 

晴「え? なんで?」

 

店主「(晴を無視して)ここをこうやって開けて、氷を入れて、ここをくるくるって回すとかき氷ができるの。ちょっと待ってね、使う前に洗うから」

 

 SE:流しで洗う音、氷のがらがらいう音

 

店主「はい、氷を入れたから、ここにお皿をおいて?」

 

かな「こう?」

 

店主「そうそう。そして、ここをぐるぐる回してみて。あ、晴くん、がたつくといけないから、押さえてあげて?」

 

晴「はい」

 

 SE:氷を削る音

 

かな「わあ、すごい」

 

店主「もっとたーっぷり、山盛り削って」

 

 SE:氷をさらに削る音

 

店主「二皿分、できたわね。じゃあこれをかけて」

 

晴「このくらい……ですか?」

 

店主「そうそう。全体にね。そしてこれを飾って」

 

かな「こう?」

 

店主「もっといっぱいのせていいわよ」

 

かな「これでいい?」

 

隆之「おお、上手だなあ、お店の人みたいだ」

 

かな「(照れ笑い)えへへ」

 

店主「二人分できたわね。じゃあ、どうぞ、召し上がってくださいな」

 

晴「え? 僕、一人分しか頼んでないんですけど」

 

店主「あなたたち、今、うちの喫茶店のお客さんに出す『フローズンフルーツたっぷり白熊さんかき氷』を作ってくれたでしょ? だから、かき氷はバイト代。無料よ」

 

晴「客って僕たちのことですか」

 

店主「まあそうね」

 

晴「……いいんですか?」

 

隆之「(ぼそっと)わけわからんな」

 

店主「細かいことはいいの。さあ食べて?」

 

かな「いただきます!」

 

晴「(被せて、おずおずと)いただきます」

 

かな「おいしーい! つめたーい!」

 

晴「おいしい……けど、頭、いたい……」

 

店主「(間をおいて)それからこれ、私からのお餞別」

 

かな「あ、さっきのかき氷の機械!」

 

晴「え?」

 

店主「使い方はわかったでしょ? 氷と練乳と凍らせた果物があれば、いつでもおいしいかき氷を食べられるわ」

 

晴「こんな高いもの、もらえません」

 

店主「うふふふふ、うちの『フローズンフルーツたっぷり白熊さんかき氷』と同じくらいの値段なのよ、それ。古い型だから安いの」

 

晴「そうなんですか?」

 

店主「外で買って食べるよりずっとお得よ。それに、かき氷っておうちで作って食べるのが一番おいしいと思うの。だから思いっきりいろんなの作って、みんなで食べてね」

 

かな「……かな、おうちでかき氷作っていいの?」

 

店主「そうよ。シロップはスーパーで買ってね」

 

晴「……ありがとうございます。ほら、かなも」

 

かな「ありがとう!!」

 

店主「どういたしまして」

 

隆之「(ぼそっと)腹壊さんようにほどほどにな」

 

 (5秒ほど間をおいて)

 

晴「ありがとうございました。本当においしかったです」

 

かな「うん、すごくおいしかったよ」

 

店主「よかったわ。元気でね。またいつかこの近くに来ることがあったら寄っていってね」

 

晴「はい。いつか、また来ます」

 

かな「おばちゃん、ばいばい!」

 

 SE:喫茶店のドアの開く音、セミの声。喫茶店BGMの音量を落とす。

 

晴「(フェイドアウトしながら)おばちゃんじゃなくて、おねえさん! 女の人におばちゃんって言うとみんな傷つくんだ。おねえさんって言わないといけないんだよ」

 

 SE:喫茶店のドアの閉まる音、喫茶店のBGMの音量を戻す

 

隆之「(ぼそっと)痩せてたな、あいつら。気の毒に」

 

店主「……苦労するわね、あの子たち。ついお節介しちゃった」

 

隆之「まあ、お節介かもな」

 

店主「うーん……そうかもしれないわね。でもね、あの子たちがお父さんとお母さんに連れられてここに来て、かき氷食べてたの思い出すと、何かしてあげたくなっちゃったのよ。自己満足でいいの」

 

隆之「あんなの買って渡したって新しい母ちゃんに即捨てられるかもしれないぞ(鼻をかむ)」

 

店主「何よ、もう。意地悪なこと言うくせに涙脆いんだから」

 

隆之「(ペーパーナプキンで鼻を抑えて鼻声で)うるせえよ」

 

 SE:鼻をかむ音、喫茶店のBGMフェイドアウト

 

  ――終劇。

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