照葉樹林
Syou You Ju Rin
EYAMA, Makomo's Personal Portfolio of
original drawings and novels
わたしの光
色のない世界をわたしは歩く
それは日差しを遮っているから
この真黒いパラソルで
わたしの前を子どもたちが歩く
つよい光を恐れることなく
この世界を信じきって
何にも遮られることなく
そのまわりに極彩色の風が吹き
その声に不思議な輝きが道を照らす
この世界は、美しい
子どもたちが私を呼ぶ
パラソルを畳みましょう
あなたたちと一緒なら
わたしはこの光の中だって
どこまでも行ける
ちいさなおしり
自転車はとてもよわいもの
ちょっと車にぶつかろうものなら
三途の川の向こうまで
ふっとばされてしまうもの
そんな危なっかしい乗り物の
子ども用シートに
わたしのいのちよりもずっと大事な
小さなおしりがのっている
不格好なヘルメットをかぶり
これから出かける先を楽しみに
脚をばたばた
柔らかい手で小さなハンドルを掴んで
楽しいことを考えているようす
わたしはおかあさんなので
いつもいつも祈ってるんだよ
いつでも守ってくれるという
あなたの揺るがぬ信頼を
裏切らなければならないことが
決して起こりませんように
ってね!
わんこのお嫁さん
聞いてくれよ
今日俺の嫁さんが家に来た。
嫁さん連れて来てやるって
父ちゃんと母ちゃんが言うから
すっごく楽しみにしてたのに
なんだまだ赤んぼじゃねえか。
「おかあちゃん」なんて言って
よその家の匂いのするタオルに頭突っ込んで
きゅーきゅー鳴いてやがる
乳臭えこんなガキとじゃ
タオルの引っ張り合いも
かけっこもできやしねえよ
すぐ大きくなって、
可愛いおよめさんになるわよ
なんていうけど
こんなふやかした飯食ってるちびが、
いい嫁さんになんかなるもんか
みんなしてちびのほうばっか構って
面白くねえな
おいちび、
俺の背中に乗るなっつーの
きみについた嘘
不思議なんだ
友達や恋人には平気で嘘がつけるのに
きみに嘘をつくとき
ほんとうにこころが痛む
あとでお散歩に行こうね
あとでおでかけしようか
あとで遊んであげるね
きみは目をきらきらさせ
大喜びでしっぽをふる
このやさしい小さな魂へ
嘘をつくにみあうほどの理由は
このぼくにあっただろうか
そしてある日、年老いたきみは
冷たく固くなってしまった
もう二度としっぽをふってはくれない
そしてぼくは
空っぽのきみの寝床や皿を見ながら
きみのいた毎日と
きみについた数多の嘘を思い出す
ごめん
きっときみはとっくの昔に
許してくれてたろうけども
ごめん
約束
あなたが真っ白い部屋で
たくさんの管と針で
機械に繋がれていたあの日
お医者さんはね
「祈るしかありません」
って言ったの
あなたのお父さんは
あなたの眠るベッドに突っ伏して
こう言って泣いていたよ
俺が代わりに死ぬのに
俺がこの子の代わりに死ぬのに
わたしが今まで見てきた中で
そのときがいちばん
あなたのお父さんはかっこよかった
わたしは、お母さんなのに
かわりに死ぬって言えなかった
あなたの妹がお腹にいたから
だから、わたしは
まだ神さまの近くにいて
この世の光を見ていないあなたの妹に頼んだの
どうかお姉ちゃんを助けてくれるように
お願いしてって
おじいちゃんもおばあちゃんも
近所のおじさんおばさんも
みんなみんなが
あなたのために祈った
そうして
あなたは助かり、妹も元気に生まれてきた
これは何よりもうれしいこと
そしてね
わたしはもう一つ、あなたの妹に
神さまへお願いを伝えるよう頼んでいたの
無事に赤ちゃんを産んで
おっぱいを卒業しておむつまでとれたら
あなたを助ける代わりに
わたしの命を持っていってくださいって
だから、もう祈らないで
こうなることは神様との約束だったんだよ
これでいいの
姉妹仲良くね
お父さんを大事に、優しくしてあげてね
ヴァレンタインの頂点
あなたはかっこいい
あなたはやさしい
あなたはとにかくよく稼ぐ
そんなあなたがなんで私を選んだのか
よくわからない
でもこの時期になるとね
私はとても幸せ
だってあなたは
たくさんのチョコレートをもらってくる
そんじょそこらのじゃない高級店のを
いっぱい抱えて帰ってくる
チョコレートが苦手なあなたは
メッセージカードがついたままのそれを全部
隠すことなく私にくれる
カードを読みながらそれを味わうと
勝利の味だって思う
とっても甘くておいしいよ
あなたにチョコを渡した女たちの頂点に
私は君臨しているの
魔女の系譜
ねえ
わたしが綺麗でも賢くもないのに
あんなにすてきなひとと結婚できたのって
不思議でしょう?
わたしは魔法を使ったの
そこらへんにあるいのちの塊を
おいしくする魔法を
みんなが綺麗に粧って
流行りを追いかけている間
わたしは魔法の腕を磨いた
あのひとの五感全てを魅了して
わたしを忘れられなくなるように
ひとは
身体の奥底から深く深く
自分を気持ちよくしてくれる相手に
とことんよわい
さあ
わたしの知る全ての魔法
おいしいものの作り方を伝えよう
手始めに玉子焼きを一緒に作ろう
かわいいむすめ、魔女を継ぐものよ
世のおとこどもを思うままにするがいい
どうかよろしく
今年も甘くて大きな実がみのりました
私の自慢の実に
鳥さんも動物さんも夢中です
どんどん食べてくれます
この実のなかには
私の大事なこどもたちが眠っています
どうか皆さん、ここよりも素敵などこかで
こどもたちが芽を出せるよう
よしなにお願い申し上げます
あら
私の世話をしている人間さんが
やって来ました
人間さんは
鳥さんや動物さんたちを追い払って
たくさん実をもいで
どこかへ運んでいってしまいます
人間さんは私によい土と水を与え
虫や病気から守ってくれます
だからきっとこどもたちを
よいところへ運んでいって
大きく育つよう計らってくださるはず
くれぐれもよろしくお願いいたします
どうかこどもたちが
土と水と光に恵まれ
幸せでありますように
私の願いはそれだけです
いぬよいぬ
いぬよいぬ
どうして
こんなにかわいいのだ
「わかりません
可愛がってくれるのは
ありがたいのですが
僕は自分の見てくれを
考えたことはありません 」
……どうして
そんなにはやく
しんでしまうのだ
「あなたが先に死ぬのを
僕が見たくないからですよ
どうか泣かないで」
祝福
あなたはとてもいいひと
あなたはわたしが好きで
わたしもあなたが好き
だけど、
人生のあれやこれやを乗り越えて
死ぬまで一緒に暮らせるほど
愛しているかどうか
はっきりわからない
なんだか怖くて
まっすぐ見つめたくない
なのに
わたしはもうすぐ
あなたのお嫁さんになる
ともだち
春の野のちいさなスミレ
ちんまり踊るヒメオドリコソウ
田を埋めるやさしいレンゲ
まっすぐなスズメノテッポウ
キツネノボタンは畔ににぎやか
ムラサキケマンのおごそかさよ
どれもわたしのともだち
わたしが愛したふるさとの
もうなくなってしまった
野の 田の 山の
夕暮れ迫るまで幼いわたしと
たくさんたくさんあそんでくれた
もう戻っては来ないともだち
おべんとう
マドラスチェックの
私が縫ったランチバッグに
小さなお弁当がひとつ
あなたの好きなたまご焼きや唐揚げや
おばあちゃんが漬けて送ってくれた
梅干し入りのちっこいおにぎり
少し乱暴に扱っても崩れないよう
きっちり詰めてある
お昼前に電話が来て
私はあなたを迎えに行き
その足で病院へ連れていった
今あなたは薬を飲んで眠っている
私はぼんやりお弁当を見ている
食べてほしいひとに
食べてもらえなかったお弁当ほど
わびしいものって
ちょっと他には思い当たらない
いただきます
お安いステーキの夜
今日、研修会で弁当でるから
夜ご飯要らないよ、とあなたは言う
うん、わかった、と私は言う
でも心の中では
ひゃっほううぅぅ、とシャウト
今夜はパラダイス
あなたの好みとか
栄養や彩りとかすっぱり忘れて
好きなもの食べられる
早速食い倒れるつもりで
1ポンドステーキ肉を買ってきた
今日はとっても安くなってた
会議室で冷えた幕の内を食べる
あなたのことを思ったので
さすがに国産のは買えなかったよ
やわらか
この世に存在するもので
一番きめ細やかで
おそろしいほどにやわらかく
尊いものは何だと思う?
野生の繭で紡がれ織られた繻子でも
ふわふわとした鳥の綿毛でも
擦り寄る猫の体でもない
もちろんあなたの肌でもない
それは生まれたその日の子どもの肌
一つのいのちを産みだした日に
そっと触れた肌
うすくやわらかく
こわいほどにたよりない
血の色を透かしたあの肌
どけ、ねこ
おい、ねこ
どけ
そこはおれさまの寝床だ
のうのうと寝てんじゃねえぞ
おまえにはあっちの巣があんだろうが
ちっこいおまえには
ちっこい巣がお似合いだ
さっさとどけ
どけっつってんだろ
なめてんのかこら
ちょっとご主人
あいつになんか言ってやってくださいよ
おれの寝床がとられてるんすよ
何笑ってるんすか
何撮ってるんすか
祈り
わたしの父は、行ってきます、と
いつものように出かけた
わたしの母は、行ってらっしゃい、と
その日はちょっと手が離せなくて
リビングで見送った
そしてその日、父は帰らぬ人となった
母は泣き崩れていた
なぜ、あのときちゃんと
父を見送りに出なかったのだろうと
だからわたしは
どんなに忙しくても
喧嘩をして憎たらしく思っていても
毎朝必ずあなたを玄関先まで見送る
この別れがあなたと会える最後のときかも
しれないのだから
いってらっしゃい、気を付けて
このわたしの言葉に
どのくらいの祈りが籠っているか
あなたはきっと知らないだろうな
コーヒーはお好き?
あなたは真っ黒い苦い汁を飲む
苦くないの、と訊くと
ちょっと複雑な顔をして
美味しいよと答える
私はコーヒーが苦手
牛乳やクリームや砂糖を入れたら
飲めるんだけど
ブラックコーヒーが好きな人は
人生に対し肯定的な傾向があるって
誰か偉い学者さんが言ってたな
吐き出したくなる苦味を
あなたがやわらかく丸めて
甘くしてくれるなら
この人生も悪くない
だから一緒にいてくれないかな
カップの底が見えるまで
切実な想い
愛してたんだ
本当に、心の底から
ただそばにいるだけで嬉しくて
触れたりすることが冒涜に思えた
だいじにだいじに
過ぎていく時を共にしていたかった
そうやって
ダメにしてしまったものの数々が
記憶の淵からふわっと現れる
鼻腔に甘い香り
この手に幸せな重み
この心に所有したときの喜び
そして、時を経て
もう唇に触れられない絶望
本当に愛してたんだ
国産大豆とにがりで出来た厚揚げ
頂き物でしか手に入らない高級果物
飼料に配慮された長期肥育の豚肉
そしてそれで作られた無添加ソーセージ
艶やかでぷりっと新鮮な地魚
まだまだまだまだある
ひとつひとつ挙げていたら
きっと夜が明ける
愛したものが
色を変え糸を引き
変な汁が出て異臭を放つ
ふわふわしたものを生やして
持ち上げただけで崩れる
あの悲しみ
もったいなくてすぐには食べられず
美味しいものが今
私の手元にあるという思いだけで
幸せな時間を過ごして
そして忘れてしまう
学習能力が低くて
多分死ぬまでこういうことを繰り返す
こんなおバカが私なので
どうにもこうにも仕方がない
幾つもの星と霜
「気がついたら
君を知ってからの人生は
君を知らなかった年月よりも
長くなってしまった
もう、君がいないころ
どうやって生きていたか
思い出せない」
これはわたしの夫が
結婚記念日に言った言葉です
なまえ
わたしはわたしの名前が好きじゃなかった
もっと可愛かったり
もっとおしゃれだったり
いろんな名前がある中で
何でこんな地味な名前になってしまったのか
でも今ならわかる
おとうさん
おかあさん
あなた方が何を願って
この名前を選んだのか
その名前は、私の人生への
最初の贈り物
それは魂に彫りこまれて
死ぬまで続く守りと
励ましの歌を響かせる
この手で触れる
あなたと手をつなぐ
あなたが私の手をぎゅっと握る
おちびさんと手をつなぐ
おちびさんが私たちの手をきゅっと握る
そこにあるのはあたたかい肌なんだけど
触れているのはそれだけじゃない
私たちの手は
|互いの皮膚を通り越し
この世の何より尊いものに触れる
見返りを求めない慈しみの中に
いつかは失う悲しみを含みながら
騎士
幼いころにはそれなりに泣きわめき
差し伸べる手を求めたんだろうけども
物心ついてからは
誰かの助けが欲しいなどと思ったことがない
助けなんて来ないことがわかっているから
だから、誰かが助けを求めて手を伸ばしていたら
私はその手を握りたい
その誰かが、誰にも何も期待しなくなる前に
見返りは何もいらない
ただ人の温かさを信じて人生を歩いていってくれれば
他の誰かの苦境の訴えに耳を傾けるようになってくれれば
そして、私が愚かな自尊心で声をあげられないまま
とても寂しがっていたことに気が付いてくれたら
それが何よりの救い
私がこの世を去った後でもいいから
ぼっちゃんとわたし
わたしの役目はぼっちゃんを守ることです
ぼっちゃんが生まれて
ふにゃふにゃのぐにゃぐにゃでうちにやってきたとき
おとうさんとおかあさんは言いました
ほら弟が出来たぞ、守ってやってくれ
だからわたしは
ぼっちゃんを大事にしてきました
尻尾を引っ張られても
耳をいじられても
おやつをとられても
怒ったりはしません
何年も経って
ぼっちゃんは二本の足で立って
だいぶすばしこく走れるようになりました
まあ、わたしほどではないのですが
ずいぶんりっぱになったものです
最近、おとうさんとおかあさんは
ずっと変です
ぼっちゃんの前では優しいのに
ぼっちゃんが寝てしまった後
とても冷たい言葉をかけ合います
今、おとうさんとおかあさんは
話しあっています
長い長い時間、ご飯も食べずに
ぼっちゃんは
ぼっちゃんのお部屋にいるように言われて
お気に入りのお菓子を持たされて
でぃーぶいでぃーを点けてもらって
じっと見ています
いつもなら楽しそうにみているのに
今日はぼっちゃんの目から
ぼろぼろと大きな粒の涙が落ちてきます
わたしはただぼっちゃんの横に座って
どうすればいいのかわからなくなっています
わたしはぼっちゃんを
悲しいことつらいことから守るためにいるのに
心の庭
たとえようもなく独りぼっちで
誰かに思いをわかって欲しくても
本当の思いを知られてしまう
恐ろしさのほうがはるかに勝る
わたしだけの心の庭
ここには
あなたを愛していればいるほど
知られてはならないことが
たくさんたくさん
埋まっているのです
わたしはかわいい
わたしはかわいくてかしこいので
たいていのことがゆるされます
だから
このカリカリのフードはのこします
このあいだつくってくれた
レバーごはんをください
しかられるとこわいのですが
はんせいしたふりをすれば
すぐゆるされるのでへいきです
なんといっても
わたしはかわいくて
かしこいのですから
蓼食う虫
男がきらい
女もきらい
人間はみんなきらい
近寄られるとぞっとする
こういう私を選んで好いて
根気よくそばにいてくれたあなたは
大変な物好きであるし
好きと私に思わせるという
前人未到の偉業を為し遂げた
すごい存在なのである
かき氷屋さん、開店
ガレージセールでいいものを見つけた
しまいっぱなしにされてた家庭用かき氷機
箱は汚いし古いけれど
新品で刃も鋭いし
ハンドルを回せばしゃきしゃき動く
さっそく買って家路をたどる
冷凍庫の氷がたっぷりあったことを思って
独りで変なふうに笑いながら
思い立ってのことだから氷蜜なんてない
薄めて飲むジュースの素
ジャムをお湯で緩めたピューレ
濃く淹れてお砂糖を山ほど溶かした紅茶やコーヒー
春、イチゴを食べるために使って余ってた練乳
そんなものをテーブルに並べて
その真ん中にかき氷機を置いて
ガラスのお鉢もスタンバイ
もうそこは小さなかき氷屋さん
ほら、お客さんが集まってきた
私の手元に憧れの目を向け
ふわふわの氷の鉋屑が器に溜まるのを
この上ない期待を込めて見つめる
真剣に選んだ氷蜜もどきをかけて
小さなお口へスプーンで運び
おうちでこんなにおいしいものができることに歓声
そうよ
これこれ
私はかき氷よりも
この瞬間が味わいたかったのよ
お客さん、おかわりたくさんありますよ!
大嫌いだった運動会
私の両親は足が速かった
投げるのも打つのも跳ぶのもうまくて
子どもの頃は二人とも
一目置かれていたらしい
そんな二人から生まれた私は運動が苦手
走っても投げても打っても跳んでも
何をやってもダメだった
物陰で本を読んでいる方が好きだった
運動会ともなると二人は私を責め立てた
なんでいつもびりっけつなのか
フォームがみっともないのか
家族と一緒に食べるお弁当の時間は
本当に地獄だった
涙をぽろぽろ流して食べた、
運動会のお弁当の味を私は思い出せない
私はそれでも一生懸命やったのに
今は私がおかあさんになった
娘は私にそっくりで運動が苦手
私は運動会がどんなにつらい行事だかわかっているので
娘がどんなにもたもた走っていようと
絶対に責めないし圧をかけるような励ましもしない
ああ、私の娘なんだな、とくすっと笑うだけ
一生懸命やっている姿はとても可愛い
責めるなんてとんでもない
朝早く起きて作ったお弁当を娘がおいしく食べて
大人になったとき懐かしく思ってくれればいいな
運動すべてを大嫌いになってしまわなければいいな
それが、私の心からの願い
はじまりからおわりまで
わたしはわたしが大好きなので
いつでもわたしの味方
自分の表層を嫌って見せて
深い部分の自分を守ろうとする
自己嫌悪とかいうパフォーマンスとは
きっぱり無縁
わたしはわたしのだめなところも
全然嫌いじゃない
かえって可愛く思えるくらい
生まれたときから死ぬときまで
つきあっていくんだから
わたし自身を大事にしよう
何があっても
いまわの際の瞬間までも
わたしはわたしを好きでいよう
だってそんなこと
他の誰に期待できるっていうの?
水中花
一目見て、あなたの花のような美しさに魅かれた
気が付けば、私はあなたを連れ帰っていた
あなたは感情のない顔で、私を見ていた
私はあなたを水に沈めた
あなたは少し驚いたようで、でもすぐに暴れなくなった
あなたのつぶらな瞳は瞬かない
それから毎日、私はあなたを眺めて暮らしている
あなたを見つめていると時を忘れる
あなたの姿を損なわぬよう薬を使い、
水を取り替え、温度に気を遣う
光があたると、水底に映る輝く網目が
あなたを一層美しくする
あなたは私に気が付くと
薄い皮膚でできたひらひらを振りながら
近寄ってきて物言わぬ唇で言う
えさをちょうだいな
ピンチ
私は
どんなに部屋が汚くても
どんなに不健康な暮らしをしていても
平気だし、むしろそっちの方が落ち着く
風呂なんか半月に一度で十分
頭から汚れた犬と生ゴミを足して
2で割ったにおいがするけど
これもまた平気
だけど一本の電話が
私をパニックに突き落とした
「もうすぐそっちに着くよ
泊まってっていいよね?」
何それ?
何それ?!
海の向こうにいるんじゃなかったの?
しょんぼり
あなたは優しくて賢くて
いつもみんなの人気者
誰にでも尻尾を振って
どこを触られてもにこにこして
そういうとこ、理解できない
あなたは今
お客さんが連れてきた娘(こ)に
でれでれしてはしゃいでいる
ご主人さまとお客さんは
生まれる子犬の話なんかしてる
大きくなったら、
お嫁さんになってあげる、と
わたしがどきどきしながら言ったら
ねこはいぬの奥さんにはなれないんだよ、と
あなたは笑ってた
嫌い
みんな大っ嫌い
わたしは物陰で
しょんぼりしている
ちょっとしたいやなこと
タロットを一枚引くと
なぜかいつも塔のカードを引き当ててしまう
バベルの塔が雷に打ち砕かれて
稲妻の中多くの人が地へ堕ちていく意匠の
一番縁起の悪いカード
思い起こせば、ものを買うときにも
初期不良品や異物混入品を掴まされてしまうことが
あり得ないほどの確率で起こる
もし人の運不運が一定の量だとしたら
私はこんなにしあわせなのだから
どこかで相殺してふしあわせを
味わわなければいけないはず
じゃないと今のしあわせが
逃げていってしまいそうでこわい
だけど、どかんとふしあわせがくると
立ち上がれなくなりそうだから
できれば小出しにしてもらいたいな
だから、ちょっとしたいやなことが起こると
やだなあ、と思いながらも
私はとても、安心しているのです
産院の軍曹
いいか、貴様のかみさんは
さっき命がけの戦いを終えた
かみさんだけじゃない
貴様の生まれたばかりのガキもだ
有胎盤哺乳類の宿命の戦いに
貴様のかみさんとガキは勝利した
そして貴様はここでスマホいじって
何をしている?
まさか友人や貴様の親を
呼んだんじゃあるまいな?!
バカ野郎!
貴様、ケツ穴からスイカ出して
肛門八つ裂き状態のときに
かみさんの親に病室に入り浸られたいか?!
伸びきった腸、血の吹き出るケツに呻きながら、
あらーいいスイカが出てきたのねーとか
友人とやらに入れ替り立ち替り言われて
楽しく談笑できるか?
それと同じだ!
死闘直後の勇士を休ませてやれ
ガキの誕生を伝えるのはいいにしても
貴様は浅はかにも
多くの縁者に対し早く見に来いと誘った
実に救いようがないバカだ
今から全員に、
お披露目はかみさんの回復後に改めて
と伝えろ
特に貴様の親はたちが悪い
貴様のかみさんが疲労の極みだというのに
何時間居座るつもりかわからんぞ
あと十分もすればやって来るだろう
だから貴様が身体張って防波堤になれ
貴様のガキを産んだ女を守れ
そのために、貴様は夫となり父親となったんだぞ!
わかりました
わたしはもう
あなたとはいっしょにくらせないのですね
わかりました
わたしはこれから
このひとたちといっしょにくらすのですね
わかりました
わたしはよいこで
あなたのいうことをよくきくから
だからわたしをすきだったのでしょう?
もしわるいこになってしまったら
もうすきではなくなるのでしょう?
わたしはさいごまでよいこでいます
だからわたしをすきでいてください
どうかわたしをわすれないでください
わたしはあなたをしぬまでわすれません
ずっとずっとだいすきです
あのひとの足
あのひとの靴箱に
いや正確に言えば御靴に
いえもっとつぶさに申しますと
靴の中敷きの下
とてもみつかりにくいところに
私の愛を綴った小さな手紙を入れました。
あのひとは今
その靴を履いていらっしゃいます。
あの細く強くお美しいおみ足で、
私の愛は踏みにじられています。
私は今
細かく痙攣する己が身を抱き締めて
それを見ています。
ああ、あのひとの一歩一歩が、
最高にエクスタシーです
どうしてかな
「おかあさんはおとうさんをあいしてるの?」
「うん、愛してるよ」
「じゃあなんでおかあさんはおとうさんと『あいしてる』っていいあわないの?」
「照れちゃうからかな」
「あいしてるっていわれたらうれしいとおもう
おとうさんもおかあさんもあいしてるっていったらいいのに」
「あなただって、
小っちゃかった頃は『おかあさんだーいすき!』って言って
ほっぺにチューしてくれたのに今はしないでしょ?
多分、それと同じだよ」
「だいすきなのはかわってないのに、なんでいえなくなっちゃったのかな
だれもわらったりおこったりしないのに」
そう言って、娘は少し悲しそうでした
つよくてえらい
昨日の夕食中、むすめが言いました
「お母さん、世界中で一番つよくてえらいのは誰か知ってる?」
私は答えました
「さあ?」
むすめは得意そうに言いました。
「お母さんだよ!」
「え? お母さん? 私のこと?」
「世界中のお母さんみんなだよ!
すごくえらくてつよい人でもお母さんに怒られるとしゅんってなるから」
むすめよ、それがそうでもないんだよ
と思いながら、私はちょっと感動しました。
そして、私を含めた世のお母さん方が
本当の意味でつよくえらくあるように
そして、そのつよさとえらさを間違った方へ使わないように
しみじみと祈りたくなりました。
おさかなの煮つけ
私は料理が得意
お菓子からおせちまで
大抵のものは作れる
みんなおいしいといってくれる
それが私の自慢
だけど、何度作っても
納得がいかないものがある
どうしても
おさかなの煮つけが
あの味にならない
母が作る
こっくりと甘辛く
しっとりとおいしい
あの味に
幼い頃、夕食に出されると
「えー、ハンバーグとか唐揚げがいい」
と不満に思っていたのに
今では母に追いつきたくて
何度も作って
何度もこれじゃないと思う
でも
もし追いついてしまったら
きっと私も母も
さびしくなるんだ
君の実家へ
お嬢さんを僕にください
君のご両親にそう言うつもりだった
でも君は勘がいいので
先にこう言った
うちの親に私をくださいとか
言うんじゃないでしょうね?
動物のブリーダーじゃないのよ
それから
お嬢さんを幸せにします
次にそう言おうと思っていた
でも君は怒りんぼなので
こう言った
幸せにするとか何様なの
まるで父さんと母さんが
私を幸せにしてなかったみたいじゃない
あなた、私に親以上のことができるの?
じゃあ何て言えばいいんだよ
と言うと、賢い君はこう言った
一緒に生きていきたいって
言えばいいのよ
フリーマーケットにて
もう使わない服や靴
アクセサリー
しまいこみっぱなしの雑貨
そんなものを持っていって
フリーマーケットに出てみた
たくさんのひとが通って
いろいろ買ってくれた
みんな嬉しそう
私もとても気分がいい
小さな女の子が
青い硝子玉のイヤリングを買ってくれた
お母さんにあげるの、と言いながら
渡してくれた小銭はしっとりと温かかった
お母さんに喜んでもらおうと
一生懸命考えながら
ずっと握りしめていたんだと思うと
感激屋の私は
しこたまおまけをつけた
小銭の重さを軽く見るようになった
すれた自分が恥ずかしかった
金魚とタロット
これは本当の話なんだけど
うちの金魚たちが私のことをどう思ってるか
タロットカードで占ってみたんだよね
今年の春生まれたちびたちは
私のことを
「怖いやつ」
「何をしでかすかわからない不気味なやつ」
と思っているんだって
そしてその親である三歳のあばれ金魚たちは
私のことを
「自然の一部」
「どうこう言っても仕方のないもの」
っていうふうに見てるんだって
おもしろいなあ
おさかなのくせに
いろいろ考えてるんだなあ
あなたのからだ
髪も爪も
肌も肉も骨も
なんで、こうなっているのかわからない
こういう目的で
こういう風になったのだろうというのは
あとから推理したもの
何千年、何億年という時間をかけて
多くの同胞(はらから)を失いながら
僅かなつくりの違いで
もがきながら生き延びてきた
その積み重ねが
現存する全ての生き物のからだ
何者かの意志が働いてこうなったような
美しいシステム
どんなに解析して
どんなに研究しても
わかっていることはまだまだ僅か
からだのしくみの精巧さに
私たちは神を感じます
みなさんにもその尊さを
噛みしめていただきたいのです
どうか、からだを大切に
そう、お医者さんが言っていました
半身
君は見るからにどんくさい堅物で
モテなくて
地味なこと天井知らずだ
でも僕は違う
いつだってトップの成績で
見た目もそんなに悪くない
いつも華やかな場に立っていた
もちろん、恋人は金持ちの娘
それもこれも君のおかげ
君がこつこつ築いたものを使って
僕ははるかに見栄えよくやってのける
ほんとうは
僕はただのだめなやつで
君がいないとどうしようもない
だけど君から
ときどき憎悪のような薄黒いものを感じる
本当にそばにいてほしいのは
恋人じゃなくて君なのにな
かんたん
あいしてる
だいすき
あなたはわたしのだいじなひと
なにがあってもわたしはあなたのみかた
こんな歳になってきて
こういう言葉が簡単に言えるようになった
不思議でもなんでもない
残った時間が少なくなったぶん
しっかり伝えておきたいんだ
わたしの言葉が
わたしがいなくなったあとも
あなたを支えてくれるように
ねえ、なんで?
かわいいクマのぬいぐるみ
ふわふわベビーピンクのニット
ハートをちりばめた雑貨
夢々しいものてんこ盛りの保存版ムック
何でみんなこういうのばっかり私に贈るの?
私ってそういうイメージなの?
一度でもそういうの好きだって言ったことある?
ないでしょ?
好きどころか、こういうの大っ嫌いなのよ!
そう言って暴れたら
缶詰や乾物
タオル
米
商品券
みんな、こういうものを贈ってくれるようになった
やっと私がどんな人間かわかってもらえて
とてもうれしい
今夜の献立
鯛のあら煮
ほうれんそうの白和え
肉がほんのちょっとしか入っていない豚汁
昨日の残りのひじき煮
そしてガスの火と古い鍋で炊いたご飯
それが我が家の今夜の献立
こういうのって
大人になっていきなり食べろって言われても
きついと思う
子どもの頃から食べ慣れていないと
きっと箸が進まない
ねえ、子どもたち
よく覚えておいてね
こういう地味なごはんって
ずっと引き継がれてきた尊いもの
つましい暮らしの中で日本人が
おいしいおいしいと食べてきたもの
そしてあなたたちを
多くの病から守ってくれるもの
里芋ごはん
お米を洗って心持ち少なめに水加減
白く水を吸ったところへ
サイコロくらいに切って水にさらした里芋と
少な目の水の分量を埋める程度の酒と醤油
そしてあとは普通に炊けば
里芋ごはんの出来上がり
だしもなにも入っていないのに
とてもおいしい
素朴そのものの優しい味
とても大事な何かを思い出しそうで
何も思い出せない
胸をかきむしるような思いを呼び覚ます
不思議な料理
どちらかといえば、困っています
僕は生まれてすぐに
兄弟たちと一緒に段ボール箱に入れられて
道端でぷるぷる震え、鳴いていたのだそうです
あなたが僕を見つけて
家へ連れて帰って
ミルクを飲ませて育ててくれました
兄弟たちは遠くの街へ引き取られていった、と聞きました
フリスビーで遊べる公園のベンチで
水筒のお茶を飲みながら
あなたが言いました
「もうすぐきみの兄弟が全員来るよ、
感動の再会だね
みんなで写真撮ろうね」
そんなこと言われても
僕にとってはよくわからないし
どちらかと言えば困っています
僕は兄弟がいたことを覚えていません
本当のお母さんすらもう記憶の彼方です
あなたは新しい服を着て
ご自慢の一眼レフを持って来ています
あなたのほうがよほど楽しそうです
犬が好き、猫が好き
私は犬が好き
あの楽しそうに走りまわる姿
賢さ
忠実さ
無私の優しさ
私は我儘で気まぐれ
だから犬の変わらぬ献身に甘やかしてもらって
好き勝手やらかしたい
あなたは猫が好きだという
あののんびり欠伸する姿
不可解さ
自由さ
生きることへの過不足のなさ
あなたは少し怖がり
だから猫の「私は私」という態度が眩しくて
根拠はないけど励まされるらしい
私があなたと、あなたが私と
こんなに長い時間一緒にいられるのは
つまり、そういうこと
ナンセンス
いいえ
この世界にはなんの意味もありはしない
確率論の坩堝で力や物質が干渉しあって
世界は生まれ私たちも生まれたのでしょう?
そんななかで
すべてに意味を見いだそうとするのは
人の悪い癖
意味のない偶然性に
好き勝手な解釈を与えて
それでどうなるの?
無力な私は
時間や力や物質が
移ろっていくのを
怖がりながらも眺めていたい
どのような結果にも留まらず
すべてを超える
そのうつくしさ
そのおそろしさ
そこにはきっと
誰のために生まれたのでもない
透明な神様がいる
ただそれだけのこと
湯を沸かす
コーヒーを淹れる
カップに注ぐ
昨日焼いたカトルカールを切る
皿にフォークをかちんと添える
聞こえるのはヒーターの吐息と
庭で啼く鳥の声だけ
静かでおいしい時間
もし、こんなふうに生まれなければ
今もあなたとともにいられた
こんなふうに生まれなければ
ただ、それだけのことなのに
桃の咲く頃
あなたは桃が咲く頃生まれるはずだった
だからももと名付けようと決めていた
生まれる前に消えてしまったあなたのことを
もうだれも覚えていない
あなたのおじいちゃんもおばあちゃんも
あなたのお父さんですら
もうあなたのことを思い出さない
私は死ぬまで思い出すよ
あなたがお腹にいたことを
胎内であなたの心臓が動かず
諦めるようお医者さんに言われても
絶対に生まれてくるはずと
信じていた日々のことを
こどもはこども
わたしたちきょうだいが学生だった頃の話をするね
朝早い時間、まだ寝ていたら
父さんと母さんが話しているのが聞こえた
「こどもたちはまだ寝てるのか」
「ええ、こどもたちも春休みに入ったから」
こんなに大きくなったのに
こどもたちと呼ばれるこそばゆさ
父さんと母さんには
わたしたちがいくつになっても
こどもたちなんだ
わたしたちは安らかな気持ちになりながら
へんなの、とこっそりくすくすした
今はわたしはおかあさんなのだけど
本当に、こどもはこどもなんだね
いくつになっても
どんなに大きくなっても
熱が下がれば
私が熱を出したらあいつ、こういいやがった
「もう、うつさないでくれよな!
近寄るんじゃない
こっち向いてしゃべるな
マスクしろ
同じ部屋にいないで、さっさとあっちで寝ろ!
俺は今日から自分の部屋で寝る!」
いいけどさ
わかるけどさ
正論だけどさ
あいつ泣かす
絶対泣かす
熱が下がったら覚えてろ