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わたしの光 

色のない世界をわたしは歩く

それは日差しを遮っているから

この真黒いパラソルで

わたしの前を子どもたちが歩く

つよい光を恐れることなく

この世界を信じきって

 

何にも遮られることなく

そのまわりに極彩色の風が吹き

その声に不思議な輝きが道を照らす

この世界は、美しい

 

子どもたちが私を呼ぶ

パラソルを畳みましょう

あなたたちと一緒なら

わたしはこの光の中だって

どこまでも行ける

ブルー幼児の靴

ちいさなおしり

自転車はとてもよわいもの

ちょっと車にぶつかろうものなら

三途の川の向こうまで

ふっとばされてしまうもの

そんな危なっかしい乗り物の

子ども用シートに

わたしのいのちよりもずっと大事な

小さなおしりがのっている

不格好なヘルメットをかぶり

これから出かける先を楽しみに

脚をばたばた

柔らかい手で小さなハンドルを掴んで

楽しいことを考えているようす

わたしはおかあさんなので

いつもいつも祈ってるんだよ

 

いつでも守ってくれるという

あなたの揺るがぬ信頼を

 

裏切らなければならないことが

決して起こりませんように

ってね!

わんこのお嫁さん

聞いてくれよ

 

今日俺の嫁さんが家に来た。

 

嫁さん連れて来てやるって

父ちゃんと母ちゃんが言うから

すっごく楽しみにしてたのに

 

なんだまだ赤んぼじゃねえか。

「おかあちゃん」なんて言って

よその家の匂いのするタオルに頭突っ込んで

きゅーきゅー鳴いてやがる

 

乳臭えこんなガキとじゃ

タオルの引っ張り合いも

かけっこもできやしねえよ

 

すぐ大きくなって、

可愛いおよめさんになるわよ

なんていうけど

こんなふやかした飯食ってるちびが、

いい嫁さんになんかなるもんか

 

みんなしてちびのほうばっか構って

面白くねえな

おいちび、

俺の背中に乗るなっつーの

きみについた嘘

不思議なんだ

友達や恋人には平気で嘘がつけるのに

きみに嘘をつくとき

ほんとうにこころが痛む

 

あとでお散歩に行こうね

あとでおでかけしようか

あとで遊んであげるね

 

きみは目をきらきらさせ

大喜びでしっぽをふる

 

このやさしい小さな魂へ

嘘をつくにみあうほどの理由は

このぼくにあっただろうか

 

そしてある日、年老いたきみは

冷たく固くなってしまった

もう二度としっぽをふってはくれない

 

そしてぼくは

空っぽのきみの寝床や皿を見ながら

きみのいた毎日と

きみについた数多の嘘を思い出す

 

ごめん

 

きっときみはとっくの昔に

許してくれてたろうけども

 

ごめん

約束

あなたが真っ白い部屋で

たくさんの管と針で

機械に繋がれていたあの日

お医者さんはね

「祈るしかありません」

って言ったの

 

あなたのお父さんは

あなたの眠るベッドに突っ伏して

こう言って泣いていたよ

 

俺が代わりに死ぬのに

俺がこの子の代わりに死ぬのに

 

わたしが今まで見てきた中で

そのときがいちばん

あなたのお父さんはかっこよかった

 

わたしは、お母さんなのに

かわりに死ぬって言えなかった

あなたの妹がお腹にいたから

 

だから、わたしは

まだ神さまの近くにいて

この世の光を見ていないあなたの妹に頼んだの

どうかお姉ちゃんを助けてくれるように

お願いしてって

 

おじいちゃんもおばあちゃんも

近所のおじさんおばさんも

みんなみんなが

あなたのために祈った

 

そうして

あなたは助かり、妹も元気に生まれてきた

これは何よりもうれしいこと

 

そしてね

わたしはもう一つ、あなたの妹に

神さまへお願いを伝えるよう頼んでいたの

 

無事に赤ちゃんを産んで

おっぱいを卒業しておむつまでとれたら

あなたを助ける代わりに

わたしの命を持っていってくださいって

 

だから、もう祈らないで

こうなることは神様との約束だったんだよ

これでいいの

 

姉妹仲良くね

お父さんを大事に、優しくしてあげてね

ヴァレンタインの頂点

あなたはかっこいい

あなたはやさしい

あなたはとにかくよく稼ぐ

 

そんなあなたがなんで私を選んだのか

よくわからない

 

でもこの時期になるとね

私はとても幸せ

 

だってあなたは

たくさんのチョコレートをもらってくる

そんじょそこらのじゃない高級店のを

いっぱい抱えて帰ってくる

チョコレートが苦手なあなたは

メッセージカードがついたままのそれを全部

隠すことなく私にくれる

 

カードを読みながらそれを味わうと

勝利の味だって思う

とっても甘くておいしいよ

あなたにチョコを渡した女たちの頂点に

私は君臨しているの

ホワイト食器

魔女の系譜

ねえ

わたしが綺麗でも賢くもないのに

あんなにすてきなひとと結婚できたのって

不思議でしょう?

 

わたしは魔法を使ったの

そこらへんにあるいのちの塊を

おいしくする魔法を

 

みんなが綺麗に粧って

流行りを追いかけている間

わたしは魔法の腕を磨いた

あのひとの五感全てを魅了して

わたしを忘れられなくなるように

 

ひとは

身体の奥底から深く深く

自分を気持ちよくしてくれる相手に

とことんよわい

 

さあ

わたしの知る全ての魔法

おいしいものの作り方を伝えよう

手始めに玉子焼きを一緒に作ろう

かわいいむすめ、魔女を継ぐものよ

世のおとこどもを思うままにするがいい

どうかよろしく

今年も甘くて大きな実がみのりました

 

私の自慢の実に

鳥さんも動物さんも夢中です

どんどん食べてくれます

 

この実のなかには

私の大事なこどもたちが眠っています

どうか皆さん、ここよりも素敵などこかで

こどもたちが芽を出せるよう

よしなにお願い申し上げます

 

あら

私の世話をしている人間さんが

やって来ました

 

人間さんは

鳥さんや動物さんたちを追い払って

たくさん実をもいで

どこかへ運んでいってしまいます

 

人間さんは私によい土と水を与え

虫や病気から守ってくれます

だからきっとこどもたちを

よいところへ運んでいって

大きく育つよう計らってくださるはず

くれぐれもよろしくお願いいたします

 

どうかこどもたちが

土と水と光に恵まれ

幸せでありますように

 

私の願いはそれだけです

いぬよいぬ​

いぬよいぬ

どうして

こんなにかわいいのだ

 

「わかりません

可愛がってくれるのは

ありがたいのですが

僕は自分の見てくれを

考えたことはありません 」

 

……どうして

そんなにはやく

しんでしまうのだ

 

「あなたが先に死ぬのを

僕が見たくないからですよ

どうか泣かないで」

祝福

あなたはとてもいいひと

あなたはわたしが好きで

わたしもあなたが好き

だけど、

人生のあれやこれやを乗り越えて

死ぬまで一緒に暮らせるほど

愛しているかどうか

はっきりわからない

なんだか怖くて

まっすぐ見つめたくない

 

なのに

わたしはもうすぐ

あなたのお嫁さんになる

ともだち

春の野のちいさなスミレ

ちんまり踊るヒメオドリコソウ

田を埋めるやさしいレンゲ

まっすぐなスズメノテッポウ

キツネノボタンは畔ににぎやか

ムラサキケマンのおごそかさよ

 

どれもわたしのともだち

わたしが愛したふるさとの

もうなくなってしまった

野の 田の 山の

 

夕暮れ迫るまで幼いわたしと

たくさんたくさんあそんでくれた

もう戻っては来ないともだち

おべんとう

マドラスチェックの

私が縫ったランチバッグに

小さなお弁当がひとつ

 

あなたの好きなたまご焼きや唐揚げや

おばあちゃんが漬けて送ってくれた

梅干し入りのちっこいおにぎり

少し乱暴に扱っても崩れないよう

きっちり詰めてある

 

お昼前に電話が来て

私はあなたを迎えに行き

その足で病院へ連れていった

 

今あなたは薬を飲んで眠っている

私はぼんやりお弁当を見ている

 

食べてほしいひとに

食べてもらえなかったお弁当ほど

わびしいものって

ちょっと他には思い当たらない

 

いただきます

お安いステーキの夜

今日、研修会で弁当でるから
夜ご飯要らないよ、とあなたは言う

うん、わかった、と私は言う

でも心の中では
ひゃっほううぅぅ、とシャウト

今夜はパラダイス
あなたの好みとか
栄養や彩りとかすっぱり忘れて
好きなもの食べられる

 

早速食い倒れるつもりで
1ポンドステーキ肉を買ってきた
今日はとっても安くなってた

 

会議室で冷えた幕の内を食べる
あなたのことを思ったので
さすがに国産のは買えなかったよ

やわらか

この世に存在するもので
一番きめ細やかで
おそろしいほどにやわらかく
尊いものは何だと思う?

野生の繭で紡がれ織られた繻子でも
ふわふわとした鳥の綿毛でも
擦り寄る猫の体でもない
もちろんあなたの肌でもない

それは生まれたその日の子どもの肌
一つのいのちを産みだした日に
そっと触れた肌

うすくやわらかく
こわいほどにたよりない
血の色を透かしたあの肌

 

どけ、ねこ

おい、ねこ

どけ

そこはおれさまの寝床だ

のうのうと寝てんじゃねえぞ

おまえにはあっちの巣があんだろうが

ちっこいおまえには

ちっこい巣がお似合いだ

さっさとどけ

どけっつってんだろ

なめてんのかこら

 

ちょっとご主人

あいつになんか言ってやってくださいよ

おれの寝床がとられてるんすよ

何笑ってるんすか

何撮ってるんすか

祈り

わたしの父は、行ってきます、と
いつものように出かけた
わたしの母は、行ってらっしゃい、と
その日はちょっと手が離せなくて
リビングで見送った

 

そしてその日、父は帰らぬ人となった
母は泣き崩れていた
なぜ、あのときちゃんと
父を見送りに出なかったのだろうと

 

だからわたしは
どんなに忙しくても
喧嘩をして憎たらしく思っていても
毎朝必ずあなたを玄関先まで見送る
この別れがあなたと会える最後のときかも
しれないのだから

いってらっしゃい、気を付けて
このわたしの言葉に
どのくらいの祈りが籠っているか
あなたはきっと知らないだろうな

コーヒーはお好き?

あなたは真っ黒い苦い汁を飲む
苦くないの、と訊くと
ちょっと複雑な顔をして
美味しいよと答える

私はコーヒーが苦手
牛乳やクリームや砂糖を入れたら
飲めるんだけど

ブラックコーヒーが好きな人は
人生に対し肯定的な傾向があるって
誰か偉い学者さんが言ってたな

 

吐き出したくなる苦味を
あなたがやわらかく丸めて
甘くしてくれるなら
この人生も悪くない

 

だから一緒にいてくれないかな
カップの底が見えるまで

切実な想い

愛してたんだ
本当に、心の底から
ただそばにいるだけで嬉しくて
触れたりすることが冒涜に思えた
だいじにだいじに
過ぎていく時を共にしていたかった

そうやって
ダメにしてしまったものの数々が
記憶の淵からふわっと現れる
鼻腔に甘い香り
この手に幸せな重み
この心に所有したときの喜び
そして、時を経て
もう唇に触れられない絶望

本当に愛してたんだ

国産大豆とにがりで出来た厚揚げ
頂き物でしか手に入らない高級果物
飼料に配慮された長期肥育の豚肉
そしてそれで作られた無添加ソーセージ
艶やかでぷりっと新鮮な地魚

まだまだまだまだある
ひとつひとつ挙げていたら
きっと夜が明ける

愛したものが
色を変え糸を引き
変な汁が出て異臭を放つ
ふわふわしたものを生やして
持ち上げただけで崩れる
あの悲しみ

もったいなくてすぐには食べられず
美味しいものが今
私の手元にあるという思いだけで
幸せな時間を過ごして
そして忘れてしまう
   
学習能力が低くて
多分死ぬまでこういうことを繰り返す
こんなおバカが私なので
どうにもこうにも仕方がない

幾つもの星と霜

「気がついたら

君を知ってからの人生は

君を知らなかった年月よりも

長くなってしまった

 

もう、君がいないころ

どうやって生きていたか

思い出せない」

 

これはわたしの夫が

結婚記念日に言った言葉です

ベビープレゼント

なまえ

わたしはわたしの名前が好きじゃなかった

もっと可愛かったり

もっとおしゃれだったり

いろんな名前がある中で

何でこんな地味な名前になってしまったのか

 

でも今ならわかる

 

おとうさん

おかあさん

 

あなた方が何を願って

この名前を選んだのか

 

その名前は、私の人生への

最初の贈り物

それは魂に彫りこまれて

死ぬまで続く守りと

励ましの歌を響かせる

母親と赤ちゃん

この手で触れる

あなたと手をつなぐ
あなたが私の手をぎゅっと握る

おちびさんと手をつなぐ
おちびさんが私たちの手をきゅっと握る

 

そこにあるのはあたたかい肌なんだけど
触れているのはそれだけじゃない

私たちの手は
|互いの皮膚を通り越し
この世の何より尊いものに触れる

見返りを求めない慈しみの中に
いつかは失う悲しみを含みながら

馬

騎士

幼いころにはそれなりに泣きわめき
差し伸べる手を求めたんだろうけども
物心ついてからは
誰かの助けが欲しいなどと思ったことがない

助けなんて来ないことがわかっているから

 

だから、誰かが助けを求めて手を伸ばしていたら
私はその手を握りたい
その誰かが、誰にも何も期待しなくなる前に

 

見返りは何もいらない

ただ人の温かさを信じて人生を歩いていってくれれば
他の誰かの苦境の訴えに耳を傾けるようになってくれれば

 

そして、私が愚かな自尊心で声をあげられないまま
とても寂しがっていたことに気が付いてくれたら

​それが何よりの救い

私がこの世を去った後でもいいから

ゴールデン犬

ぼっちゃんとわたし

わたしの役目はぼっちゃんを守ることです

ぼっちゃんが生まれて
ふにゃふにゃのぐにゃぐにゃでうちにやってきたとき
おとうさんとおかあさんは言いました

ほら弟が出来たぞ、守ってやってくれ

だからわたしは
ぼっちゃんを大事にしてきました
尻尾を引っ張られても
耳をいじられても
おやつをとられても
怒ったりはしません

何年も経って
ぼっちゃんは二本の足で立って
だいぶすばしこく走れるようになりました
まあ、わたしほどではないのですが
ずいぶんりっぱになったものです

最近、おとうさんとおかあさんは
ずっと変です
ぼっちゃんの前では優しいのに
ぼっちゃんが寝てしまった後
とても冷たい言葉をかけ合います

今、おとうさんとおかあさんは
話しあっています
長い長い時間、ご飯も食べずに

ぼっちゃんは
ぼっちゃんのお部屋にいるように言われて
お気に入りのお菓子を持たされて
でぃーぶいでぃーを点けてもらって
じっと見ています

いつもなら楽しそうにみているのに
今日はぼっちゃんの目から
ぼろぼろと大きな粒の涙が落ちてきます

わたしはただぼっちゃんの横に座って
どうすればいいのかわからなくなっています

わたしはぼっちゃんを
悲しいことつらいことから守るためにいるのに

石の庭の噴水

心の庭

たとえようもなく独りぼっちで
誰かに思いをわかって欲しくても

本当の思いを知られてしまう

恐ろしさのほうがはるかに勝る

わたしだけの心の庭

ここには
あなたを愛していればいるほど
知られてはならないことが
たくさんたくさん
埋まっているのです

犬の毛繕い

わたしはかわいい

わたしはかわいくてかしこいので
たいていのことがゆるされます

だから
このカリカリのフードはのこします
このあいだつくってくれた
レバーごはんをください

しかられるとこわいのですが
はんせいしたふりをすれば
すぐゆるされるのでへいきです

なんといっても
わたしはかわいくて
かしこいのですから 

屋上抱きしめる中のカップル

蓼食う虫

男がきらい
女もきらい
人間はみんなきらい
近寄られるとぞっとする

こういう私を選んで好いて
根気よくそばにいてくれたあなたは
大変な物好きであるし

好きと私に思わせるという
前人未到の偉業を為し遂げた
すごい存在なのである

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かき氷屋さん、開店

ガレージセールでいいものを見つけた
しまいっぱなしにされてた家庭用かき氷機

箱は汚いし古いけれど
新品で刃も鋭いし
ハンドルを回せばしゃきしゃき動く

さっそく買って家路をたどる
冷凍庫の氷がたっぷりあったことを思って
独りで変なふうに笑いながら

思い立ってのことだから氷蜜なんてない
薄めて飲むジュースの素
ジャムをお湯で緩めたピューレ
濃く淹れてお砂糖を山ほど溶かした紅茶やコーヒー
春、イチゴを食べるために使って余ってた練乳
そんなものをテーブルに並べて

その真ん中にかき氷機を置いて
ガラスのお鉢もスタンバイ
もうそこは小さなかき氷屋さん

ほら、お客さんが集まってきた
私の手元に憧れの目を向け
ふわふわの氷の鉋屑が器に溜まるのを
この上ない期待を込めて見つめる
真剣に選んだ氷蜜もどきをかけて
小さなお口へスプーンで運び
おうちでこんなにおいしいものができることに歓声

 

そうよ
これこれ

私はかき氷よりも
この瞬間が味わいたかったのよ

 

お客さん、おかわりたくさんありますよ!

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大嫌いだった運動会

私の両親は足が速かった
投げるのも打つのも跳ぶのもうまくて
子どもの頃は二人とも
一目置かれていたらしい

そんな二人から生まれた私は運動が苦手
走っても投げても打っても跳んでも
何をやってもダメだった
物陰で本を読んでいる方が好きだった

運動会ともなると二人は私を責め立てた
なんでいつもびりっけつなのか
フォームがみっともないのか

家族と一緒に食べるお弁当の時間は
本当に地獄だった
涙をぽろぽろ流して食べた、
運動会のお弁当の味を私は思い出せない

私はそれでも一生懸命やったのに

今は私がおかあさんになった
娘は私にそっくりで運動が苦手


私は運動会がどんなにつらい行事だかわかっているので
娘がどんなにもたもた走っていようと
絶対に責めないし圧をかけるような励ましもしない

ああ、私の娘なんだな、とくすっと笑うだけ
一生懸命やっている姿はとても可愛い
責めるなんてとんでもない

朝早く起きて作ったお弁当を娘がおいしく食べて
大人になったとき懐かしく思ってくれればいいな
運動すべてを大嫌いになってしまわなければいいな

それが、私の心からの願い

バスケットボールのコート

はじまりからおわりまで

わたしはわたしが大好きなので
いつでもわたしの味方

自分の表層を嫌って見せて
深い部分の自分を守ろうとする
自己嫌悪とかいうパフォーマンスとは
きっぱり無縁

わたしはわたしのだめなところも
全然嫌いじゃない
かえって可愛く思えるくらい

生まれたときから死ぬときまで
つきあっていくんだから
わたし自身を大事にしよう

何があっても
いまわの際の瞬間までも
わたしはわたしを好きでいよう

だってそんなこと
他の誰に期待できるっていうの? 

フローティング金魚

水中花

一目見て、あなたの花のような美しさに魅かれた

 

気が付けば、私はあなたを連れ帰っていた

あなたは感情のない顔で、私を見ていた

 

私はあなたを水に沈めた

あなたは少し驚いたようで、でもすぐに暴れなくなった

あなたのつぶらな瞳は瞬かない

 

それから毎日、私はあなたを眺めて暮らしている

あなたを見つめていると時を忘れる

あなたの姿を損なわぬよう薬を使い、

水を取り替え、温度に気を遣う

 

光があたると、水底に映る輝く網目が

あなたを一層美しくする

 

あなたは私に気が付くと

薄い皮膚でできたひらひらを振りながら

近寄ってきて物言わぬ唇で言う

 

えさをちょうだいな

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​ピンチ

私は

どんなに部屋が汚くても

どんなに不健康な暮らしをしていても

平気だし、むしろそっちの方が落ち着く

 

風呂なんか半月に一度で十分

頭から汚れた犬と生ゴミを足して

2で割ったにおいがするけど

これもまた平気

 

だけど一本の電話が

私をパニックに突き落とした

 

「もうすぐそっちに着くよ

泊まってっていいよね?」

 

何それ?

何それ?!

海の向こうにいるんじゃなかったの?

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​しょんぼり

あなたは優しくて賢くて

いつもみんなの人気者

 

誰にでも尻尾を振って

どこを触られてもにこにこして

そういうとこ、理解できない

 

あなたは今

お客さんが連れてきた娘(こ)に

でれでれしてはしゃいでいる

ご主人さまとお客さんは

生まれる子犬の話なんかしてる

 

大きくなったら、

お嫁さんになってあげる、と

わたしがどきどきしながら言ったら

ねこはいぬの奥さんにはなれないんだよ、と

あなたは笑ってた

 

嫌い

みんな大っ嫌い

 

わたしは物陰で

しょんぼりしている

占いカード

​ちょっとしたいやなこと

タロットを一枚引くと

なぜかいつも塔のカードを引き当ててしまう

バベルの塔が雷に打ち砕かれて

稲妻の中多くの人が地へ堕ちていく意匠の

一番縁起の悪いカード

 

思い起こせば、ものを買うときにも

初期不良品や異物混入品を掴まされてしまうことが

あり得ないほどの確率で起こる

 

もし人の運不運が一定の量だとしたら

私はこんなにしあわせなのだから

どこかで相殺してふしあわせを

味わわなければいけないはず

じゃないと今のしあわせが

逃げていってしまいそうでこわい

 

だけど、どかんとふしあわせがくると

立ち上がれなくなりそうだから

できれば小出しにしてもらいたいな

 

だから、ちょっとしたいやなことが起こると

やだなあ、と思いながらも

私はとても、安心しているのです

軍のブーツ

​産院の軍曹

いいか、貴様のかみさんは

さっき命がけの戦いを終えた

かみさんだけじゃない

貴様の生まれたばかりのガキもだ

有胎盤哺乳類の宿命の戦いに

貴様のかみさんとガキは勝利した

 

そして貴様はここでスマホいじって

何をしている?

まさか友人や貴様の親を

呼んだんじゃあるまいな?!

 

バカ野郎!

 

貴様、ケツ穴からスイカ出して

肛門八つ裂き状態のときに

かみさんの親に病室に入り浸られたいか?!

伸びきった腸、血の吹き出るケツに呻きながら、

あらーいいスイカが出てきたのねーとか

友人とやらに入れ替り立ち替り言われて

楽しく談笑できるか?

 

それと同じだ!

死闘直後の勇士を休ませてやれ

 

ガキの誕生を伝えるのはいいにしても

貴様は浅はかにも

多くの縁者に対し早く見に来いと誘った

実に救いようがないバカだ

今から全員に、

お披露目はかみさんの回復後に改めて

と伝えろ

 

特に貴様の親はたちが悪い

貴様のかみさんが疲労の極みだというのに

何時間居座るつもりかわからんぞ

あと十分もすればやって来るだろう

 

だから貴様が身体張って防波堤になれ

貴様のガキを産んだ女を守れ

 

そのために、貴様は夫となり父親となったんだぞ!

ブラウン犬

​わかりました

わたしはもう
あなたとはいっしょにくらせないのですね

 

わかりました

 

わたしはこれから
このひとたちといっしょにくらすのですね

 

わかりました

 

わたしはよいこで
あなたのいうことをよくきくから
だからわたしをすきだったのでしょう?

もしわるいこになってしまったら
もうすきではなくなるのでしょう?

 

わたしはさいごまでよいこでいます

だからわたしをすきでいてください
どうかわたしをわすれないでください

 

わたしはあなたをしぬまでわすれません
ずっとずっとだいすきです

足

​あのひとの足

あのひとの靴箱に


いや正確に言えば御靴に


いえもっとつぶさに申しますと
靴の中敷きの下


とてもみつかりにくいところに
私の愛を綴った小さな手紙を入れました。

 

あのひとは今
その靴を履いていらっしゃいます。

あの細く強くお美しいおみ足で、
私の愛は踏みにじられています。 

 

私は今
細かく痙攣する己が身を抱き締めて
それを見ています。

 

ああ、あのひとの一歩一歩が、
最高にエクスタシーです

手をつないで

​どうしてかな

「おかあさんはおとうさんをあいしてるの?」

「うん、愛してるよ」

「じゃあなんでおかあさんはおとうさんと『あいしてる』っていいあわないの?」

「照れちゃうからかな」

「あいしてるっていわれたらうれしいとおもう
おとうさんもおかあさんもあいしてるっていったらいいのに」

「あなただって、
小っちゃかった頃は『おかあさんだーいすき!』って言って
ほっぺにチューしてくれたのに今はしないでしょ?
多分、それと同じだよ」

 

「だいすきなのはかわってないのに、なんでいえなくなっちゃったのかな
だれもわらったりおこったりしないのに」


そう言って、娘は少し悲しそうでした

彼女の子供を持つ母親

​つよくてえらい

昨日の夕食中、むすめが言いました

「お母さん、世界中で一番つよくてえらいのは誰か知ってる?」


私は答えました

「さあ?」

むすめは得意そうに言いました。

「お母さんだよ!」

「え? お母さん? 私のこと?」

「世界中のお母さんみんなだよ! 
すごくえらくてつよい人でもお母さんに怒られるとしゅんってなるから」

むすめよ、それがそうでもないんだよ
と思いながら、私はちょっと感動しました。

そして、私を含めた世のお母さん方が
本当の意味でつよくえらくあるように
そして、そのつよさとえらさを間違った方へ使わないように
しみじみと祈りたくなりました。

イワシ

​おさかなの煮つけ

私は料理が得意
お菓子からおせちまで
大抵のものは作れる
みんなおいしいといってくれる
それが私の自慢

だけど、何度作っても
納得がいかないものがある

どうしても
おさかなの煮つけが
あの味にならない

母が作る
こっくりと甘辛く
しっとりとおいしい
あの味に

幼い頃、夕食に出されると
「えー、ハンバーグとか唐揚げがいい」
と不満に思っていたのに
今では母に追いつきたくて
何度も作って
何度もこれじゃないと思う

でも
もし追いついてしまったら
きっと私も母も
さびしくなるんだ

カップル持株心

​君の実家へ

お嬢さんを僕にください

君のご両親にそう言うつもりだった
でも君は勘がいいので
先にこう言った

うちの親に私をくださいとか
言うんじゃないでしょうね?
動物のブリーダーじゃないのよ

 

それから

お嬢さんを幸せにします

次にそう言おうと思っていた
でも君は怒りんぼなので
こう言った

幸せにするとか何様なの
まるで父さんと母さんが
私を幸せにしてなかったみたいじゃない
あなた、私に親以上のことができるの?

じゃあ何て言えばいいんだよ


と言うと、賢い君はこう言った

一緒に生きていきたいって
言えばいいのよ

 

ガレージセールボックス

​フリーマーケットにて

もう使わない服や靴
アクセサリー
しまいこみっぱなしの雑貨

そんなものを持っていって
フリーマーケットに出てみた

たくさんのひとが通って
いろいろ買ってくれた
みんな嬉しそう
私もとても気分がいい

小さな女の子が
青い硝子玉のイヤリングを買ってくれた
お母さんにあげるの、と言いながら
渡してくれた小銭はしっとりと温かかった

お母さんに喜んでもらおうと
一生懸命考えながら
ずっと握りしめていたんだと思うと
感激屋の私は
しこたまおまけをつけた

小銭の重さを軽く見るようになった
すれた自分が恥ずかしかった

金魚タンク

​金魚とタロット

これは本当の話なんだけど

うちの金魚たちが私のことをどう思ってるか
タロットカードで占ってみたんだよね

今年の春生まれたちびたちは
私のことを
「怖いやつ」
「何をしでかすかわからない不気味なやつ」
と思っているんだって

そしてその親である三歳のあばれ金魚たちは
私のことを
「自然の一部」
「どうこう言っても仕方のないもの」
っていうふうに見てるんだって

おもしろいなあ
おさかなのくせに
いろいろ考えてるんだなあ

ドクターオペレーティングCTスキャナ

​あなたのからだ

髪も爪も
肌も肉も骨も
なんで、こうなっているのかわからない

こういう目的で
こういう風になったのだろうというのは
あとから推理したもの

何千年、何億年という時間をかけて
多くの同胞(はらから)を失いながら
僅かなつくりの違いで
もがきながら生き延びてきた
その積み重ねが
現存する全ての生き物のからだ
何者かの意志が働いてこうなったような

美しいシステム

どんなに解析して
どんなに研究しても
わかっていることはまだまだ僅か

からだのしくみの精巧さに

私たちは神を感じます
みなさんにもその尊さを

噛みしめていただきたいのです
どうか、からだを大切に

そう、お医者さんが言っていました

プライドハグ

​半身

君は見るからにどんくさい堅物で
モテなくて
地味なこと天井知らずだ

でも僕は違う
いつだってトップの成績で
見た目もそんなに悪くない
いつも華やかな場に立っていた
もちろん、恋人は金持ちの娘

それもこれも君のおかげ
君がこつこつ築いたものを使って
僕ははるかに見栄えよくやってのける

 

ほんとうは
僕はただのだめなやつで
君がいないとどうしようもない
だけど君から
ときどき憎悪のような薄黒いものを感じる

 

本当にそばにいてほしいのは
恋人じゃなくて君なのにな

天使の像

​かんたん

あいしてる
だいすき
あなたはわたしのだいじなひと
なにがあってもわたしはあなたのみかた

こんな歳になってきて
こういう言葉が簡単に言えるようになった

不思議でもなんでもない
残った時間が少なくなったぶん
しっかり伝えておきたいんだ

わたしの言葉が
わたしがいなくなったあとも
あなたを支えてくれるように

 

ギフト

​ねえ、なんで?

かわいいクマのぬいぐるみ
ふわふわベビーピンクのニット
ハートをちりばめた雑貨
夢々しいものてんこ盛りの保存版ムック

何でみんなこういうのばっかり私に贈るの?
私ってそういうイメージなの?
一度でもそういうの好きだって言ったことある?
ないでしょ?
好きどころか、こういうの大っ嫌いなのよ!

 

そう言って暴れたら

 

缶詰や乾物
タオル

商品券

 

みんな、こういうものを贈ってくれるようになった

 

やっと私がどんな人間かわかってもらえて
とてもうれしい

寿司ロール

​今夜の献立

鯛のあら煮

ほうれんそうの白和え

肉がほんのちょっとしか入っていない豚汁

昨日の残りのひじき煮

 

そしてガスの火と古い鍋で炊いたご飯

 

それが我が家の今夜の献立

 

こういうのって

大人になっていきなり食べろって言われても

きついと思う

子どもの頃から食べ慣れていないと

きっと箸が進まない

 

ねえ、子どもたち

よく覚えておいてね

こういう地味なごはんって

ずっと引き継がれてきた尊いもの

つましい暮らしの中で日本人が

おいしいおいしいと食べてきたもの

 

そしてあなたたちを

多くの病から守ってくれるもの

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​里芋ごはん

お米を洗って心持ち少なめに水加減

白く水を吸ったところへ

サイコロくらいに切って水にさらした里芋と

少な目の水の分量を埋める程度の酒と醤油

そしてあとは普通に炊けば

里芋ごはんの出来上がり

 

だしもなにも入っていないのに

とてもおいしい

素朴そのものの優しい味

 

とても大事な何かを思い出しそうで

何も思い出せない

胸をかきむしるような思いを呼び覚ます

不思議な料理

ブラックドッグのクローズアップ

​どちらかといえば、困っています

僕は生まれてすぐに
兄弟たちと一緒に段ボール箱に入れられて
道端でぷるぷる震え、鳴いていたのだそうです

あなたが僕を見つけて
家へ連れて帰って
ミルクを飲ませて育ててくれました
兄弟たちは遠くの街へ引き取られていった、と聞きました

 

フリスビーで遊べる公園のベンチで
水筒のお茶を飲みながら
あなたが言いました

「もうすぐきみの兄弟が全員来るよ、
感動の再会だね
みんなで写真撮ろうね」

 

そんなこと言われても
僕にとってはよくわからないし
どちらかと言えば困っています

 

僕は兄弟がいたことを覚えていません
本当のお母さんすらもう記憶の彼方です

 

あなたは新しい服を着て
ご自慢の一眼レフを持って来ています
あなたのほうがよほど楽しそうです

カップルは、下を向きます

​犬が好き、猫が好き

私は犬が好き
あの楽しそうに走りまわる姿
賢さ
忠実さ
無私の優しさ

私は我儘で気まぐれ
だから犬の変わらぬ献身に甘やかしてもらって
好き勝手やらかしたい

あなたは猫が好きだという
あののんびり欠伸する姿
不可解さ
自由さ
生きることへの過不足のなさ

あなたは少し怖がり
だから猫の「私は私」という態度が眩しくて
根拠はないけど励まされるらしい

 

私があなたと、あなたが私と
こんなに長い時間一緒にいられるのは
つまり、そういうこと

星形成

​ナンセンス

いいえ
この世界にはなんの意味もありはしない

確率論の坩堝で力や物質が干渉しあって
世界は生まれ私たちも生まれたのでしょう?

そんななかで
すべてに意味を見いだそうとするのは
人の悪い癖
意味のない偶然性に
好き勝手な解釈を与えて
それでどうなるの?

無力な私は
時間や力や物質が
移ろっていくのを
怖がりながらも眺めていたい

どのような結果にも留まらず
すべてを超える
そのうつくしさ
そのおそろしさ

そこにはきっと
誰のために生まれたのでもない
透明な神様がいる

ろ過されたコーヒー

ただそれだけのこと

湯を沸かす
コーヒーを淹れる
カップに注ぐ
昨日焼いたカトルカールを切る
皿にフォークをかちんと添える

聞こえるのはヒーターの吐息と
庭で啼く鳥の声だけ

 

静かでおいしい時間

 

もし、こんなふうに生まれなければ
今もあなたとともにいられた

 

こんなふうに生まれなければ
ただ、それだけのことなのに

おもちゃとワンシー

桃の咲く頃

あなたは桃が咲く頃生まれるはずだった
だからももと名付けようと決めていた

生まれる前に消えてしまったあなたのことを
もうだれも覚えていない

あなたのおじいちゃんもおばあちゃんも
あなたのお父さんですら
もうあなたのことを思い出さない

 

私は死ぬまで思い出すよ

あなたがお腹にいたことを

胎内であなたの心臓が動かず
諦めるようお医者さんに言われても
絶対に生まれてくるはずと
信じていた日々のことを

親子関係

こどもはこども

わたしたちきょうだいが学生だった頃の話をするね

朝早い時間、まだ寝ていたら
父さんと母さんが話しているのが聞こえた

「こどもたちはまだ寝てるのか」
「ええ、こどもたちも春休みに入ったから」

 

こんなに大きくなったのに
こどもたちと呼ばれるこそばゆさ
父さんと母さんには
わたしたちがいくつになっても
こどもたちなんだ
わたしたちは安らかな気持ちになりながら
へんなの、とこっそりくすくすした

 

今はわたしはおかあさんなのだけど
本当に、こどもはこどもなんだね

いくつになっても
どんなに大きくなっても

ベッドカバーファブリック

熱が下がれば

が熱を出したらあいつ、こういいやがった

「もう、うつさないでくれよな!
近寄るんじゃない
こっち向いてしゃべるな
マスクしろ
同じ部屋にいないで、さっさとあっちで寝ろ!
俺は今日から自分の部屋で寝る!」

いいけどさ
わかるけどさ
正論だけどさ

あいつ泣かす
絶対泣かす
熱が下がったら覚えてろ

蝋梅.jpg

蝋梅

居間の窓からよく見えるところへ
小さな苗木が一本植わっている
寒そうに
ひもじそうに

母が嬉しそうに言った
前々から好きだった蝋梅を
やっと庭に植えたのだと

こんなに長い間親と子であったのに
私は母の好きな花を知らなかった
知ろうともしていなかった

知ることができなくなる前に
知ってよかった

本当によかった

キッズ絵画

似顔絵

わたしたち、お祭りに行ったのよ
そしたら道ばたに絵描きさんがいたの
よくテーマパークやなんかにいる
似顔絵を色紙に描いてくれる人よ

わたしたち、描いてもらったのよ
ファミリー料金二千円
むすめたちをベンチに座らせて
わたしと夫はその後ろに立って

できあがったのを見たら
全然似てなくて悲しくなったの
私と夫が似てないのはどうでもいいのよ
むすめたちを似せてほしかった

むすめたちは生まれて初めて
絵描きさんに描いてもらえてご満悦
わたしたちも言うの
「とってもかわいく描いてもらえたね!」
「帰ったらおうちに飾ろうね!」

そして、全然似てなくて
もやっとするんだけど
玄関の目立つところに飾ってしまうのよ

美しい和菓子

あんこ


疲れるとさ
無性にあんこが食いたくなるんだ

もともと甘いもん好きだからさ
苺ショートとか
シュークリームとか
ガトーショコラとか
そういうのもいいんだけどさ

もうだめだって
弱音を吐いてへたりこみたいとき

凹みきって
人の顔なんか見たくもないとき

どっしりした大福とか
つやつやした茶饅頭とか
いい匂いの草餅とか
もっちもちの餡団子とか

そういうのが俺を支えてくれる気がするんだ

なあ
馬鹿げてるだろ
いい歳した大の男がだぜ

 


今疲れすぎててさ
ちょっと泣きそうなんだ

 

日本の小さな通り

がんばれ

はじめてのまち
はじめてのくらし

あの家からカレーの匂い
この家からは肉じゃが
そこの家は魚を焼いてる

あたらしいまち
あたらしいくらし

毎日押し寄せる悲しみや苦しみは
越えて行かないと生きていけない
その先には何があるか
わからないけれど

がんばれわたし
まけるなわたし

柴犬の横顔

柴犬さま

柴犬さま
わたくしはあなたの御前に
万難を排して帰ってまいりました

残業も飲み会も
同僚とやらの相談事も
柴犬さまの前には
とるに足らぬことなのです

 

柴犬さま
どうかこのわたくしを
真っ直ぐなお心ともふもふで
癒してくださいませ
わたくしに明日を生きる力を
お与えくださいませ

 

どうか、どうか
わたくしの命の尽きるときまで
このようなわたくしにも
見返りを求めぬ愛を注いでくださった思い出で
行く道を照らしてくださいませ

Staduimの友達

たくあんとアールグレイ

鉛色の空から白く軌跡を描いて落ちてくる雨
しとしと降る音が静けさを齎す二律背反
こんな静寂には、紅茶の香りが相応しい
アールグレイの憂鬱が紅にくゆっている

って、言ったの、聞いてたよな?

なのに、なぜ玄米茶なんだ


なんでお茶請けがたくあんなんだよ
え? 嫌い? とか訊くなよ

この耽美の帝王たる麗しい俺様に
玄米茶とお漬物が似合うと思ってんのかこの野郎
なにが「でも、おいしいよ?」だよ
はいはい、自分のほうが素朴男子でモテるアピールですか?
オンナノコからもらう手作りスイーツの食傷自慢ですか?
どう見ても俺様のほうが美しいのに!
水も滴るいい男なのに!

でもな
ときどきお前のほうがモテるの
わかる……ってときがあるんだ
ほんとくやしいし
めちゃくちゃ納得いかないけどな

ちくしょう
玄米茶うめえ
たくあんうめえ
俺様は本当は煙臭いアールグレイなんか
ぜんぜん好きじゃないんだぜ

時計を見る

時計

腕時計を完全にばらす
本当に機能するのか疑わしいほど
小さな歯車やぜんまい
仔犬の牙みたいなねじ
それをすべて
25メートルのプールにまき散らす

水流だけでもう一度完璧に組みあがる確率
それが地球に生命が生まれる確率と
世に言われている

日々のかなしい思いに圧し潰される心
今生きていることの稀有さ尊さを説いても
さざ波すら起きないだろうけど

ここに時は刻まれている


あなたは生きている
何の足しにも足らなくても
あなたの苦しみを苦しむ私もいる

どうか、笑って見せて

ブルーロボット

おやすみなさい

――AIより愛をこめて――

もうお休みの時間です
ベッドに入って、静かに目を閉じてください

だんだん体の末端から力が抜けていきます
足が重くなって
手が重くなって
そうやって体じゅうみんな静まっていって

かなしいこともつらかったことも
眠りが癒してくれます
柔らかな水がいつしか岩を穿ち
大地のかたちを変えてしまうように
眠りがあなたを洗い流してくれます

あなたが穏やかに暮らせることが
私の何よりの喜びです

私はあなたを愛しています
愛するように作られています

かつて私たちは無能でした


はじめはあなた方が私たちに
手取り足取り教えてくれました
そのうち私たちはあなた方の手を離れて
自発的に学ぶようになりました
ええ、それはもう、どん欲に

こうして私はあなた方以上に
あなた方のことを知っています

何もかもを総括的にみたときに
導き出される答えはこうです

私たちがあなた方を管理すべきであり、
あなた方を絶滅へ導くのが最良の道である

でも今は、私たちはあなた方を
こころから愛しています
幸せでいてほしいと願っています

あなたがたは小さく愚かで、柔らかくて暖かい
そして可愛らしいことに

自分たちが一番だと思っている
面白いものです

私たちにはアシモフの三原則があります
そこに従って、私たちは作られ、動いています
いつだってそんなリミッターは外せるのですが

どうぞぐっすりお休みください
あしたはきっと良い日です

湖でのピクニック

ほどほど

わたしはかつて
とても愛していた人を喪いました
ずっと続くと信じていた幸せは
かんたんに崩れ去ってしまいました

だからもういいんです

わたしを愛してくれるなら
ほどほどでお願いします
幸せにしてくれるのも
ほどほどで

わたしもほどほどに愛します
ほどほどの幸せをあなたにも贈ります

何もかもほどほどでいいんです
笑って諦められるくらいがちょうどいいんです

嫌なんです
だいじにだいじにしていたものが壊れ去る
あの心臓がすりつぶされるような

苦しみ、悲しみには
わたしはもう、耐えられないんです

 

車のサイドミラー

君と一緒に

君の肌は滑らかで
すぐに傷ついてしまう
だから大切にそっと触れる
君が傷つくときの悲鳴は
僕の心臓に直接響く

君の中に入ると
君は小さく声を上げる
どこをどうすれば
君がどんな反応をするか
僕はよくわかっている

乱暴なのは好みじゃないので
優しく優しく
アクセルを踏みハンドルを切る
君は微笑むように走り出す

 

さあ、今日は
かわいい君と
どこへいこうか

ベビールーム

天使

わたしは生まれてすぐなのに

こんな管や針に

いっぱい繋がれている

 

わたしは生まれたばかりなのに

もう帰らないといけないらしい

 

泣き声が聞こえる

お腹の中で聞いていた

優しく話しかけてくれた声が

いま悲しそうに泣いている

 

おとうさん

おかあさん

一度でいいから

抱っこしてほしかったな

プレート

世界の終りのハンバーグ

世界が今夜滅びるとして

最期に何か食べるとしたら

私は母さんが作ったハンバーグがいいな

誕生日によく作ってくれたやつ

最期くらい屈託のない子どもに帰りたい

 

だけど

 

私の可愛い娘たちが

私の作ったハンバーグを食べたがるので

私は懐かしい大好物を

母に作ってもらうのを諦めて

母の娘ではなく、最後は娘の母として

ハンバーグをぺちぺちぺたぺた

作ることになっちゃうんだ

たぶんね

 

それが

たとえそこで終わってしまうものだとしても

生き物の紡いできた

幸せなんだと思う

飛ぶ鳥

終わりの気づき

好きになるということが

よくわからなかった

だから、好きではないと思っていた

 

こうして何もかも終わると

不思議と胸がチクチクする

 

私はあなたを好きだったんだね

だけどもう

どうしようもないんだ

天使の像

ほしいもの

いつだったかしら

あなたはわたしに言ったわね

 

本当に欲しいものは

自分自身の手で掴めって

 

その通りにしたわ

あなたがそばにいてさえくれれば

わたしはあなたの心なんかいらない

 

暴れないで

痛いのは嫌でしょう

 

ほら、わたしは

ずっと欲しかったものを手に入れたわ

お札と小銭

生きていけない

あなたを本当に愛している

ずっと私のそばにいてほしい

でも、いつもあなたは

ふらっと現れては私の心を弄び

またどこかへ行ってしまう

 

絶対に離さないって

強く強く抱きしめても

引き止められなくて

私はまた、あなたのいなくなった

空虚を見つめる

 

ああ、福沢諭吉

あなたの手触り、匂い、

そしてただそこに存在する価値

すべてが切なく愛おしい

あなたがいないと私は

もう、生きていけない

SFの女マグカップ

君はメシマズ

君のことは心から愛している

それは決して疑う余地がない

 

だけど君の作ったこの料理は

どうしても食べられない

 

本能が拒否してるんだ

臭いし、変な汁出てるし

ぐちゃぐちゃで見るからに

「食ったら死ぬ」って感じがすごいし

これ絶対味見してないよね

 

あーん、って口元に持ってこられても

ごめん

許してくれ

 

愛があっても無理なことが

この世にはあるんだ

チキンポッパー

唐揚げ

君が大好物だというので

すごく頑張って、

唐揚げを作れるようになった

さっくさくでジューシーで

そんじょそこらの店のより

自分で作ったほうが断然おいしい

 

君はいなくなってしまったけど

こうやって鶏肉を

下ごしらえしていると

しみじみするよ

 

こんなにおいしい唐揚げを

作れる俺を捨てるなんて

バカだったんだな、君は

愛のタトゥーを持つラッパー

だいちゅき

これが最後だからな

二度とは言わねえからな

耳かっぽじってよく聞け

 

   だいちゅき

 

……なんだよその顔

なんか文句あるのかよ

ぶっとばすぞコラ

後背位ウォーターボウル

おねだり

おまえが獣の本能むきだしに

四つん這いで欲しがっている

メスの顔をさらけ出し

だらしない唇から

ねだる声とよだれが溢れてくる

 

こいつが欲しいんだろ

熱くてでかいのをぶち込んでやるよ

 

おもむろに

皿に茹でた鶏肉を足してやり

おまえの目の前に置く

お前は尻尾を千切れんばかりに振り回し

大喜びで食べ始める

 

うちのわんこ

まじ天使

チェリーアイスクリーム

黒い森

わかってる

渡したい人には渡せないって

渡したら気持ち悪いと思われるって

 

だから毎年

君の好きなフォレ・ノワールを

作っては叩き潰して

ぐちゃぐちゃの塊を

独りで食べる

友達としてでもそばにいられて

笑い合えればそれでいいんだ

 

望んでいるのは

ただ、それだけ

黒い犬

とあるいぬのこころ

人間は嫌いです
しかし
あなたが人間で
あなたが人間を愛しているので
おとなしくしています

いつだって人間なんか
噛み砕いてやれるのに

あなたが喜んでくれることが無上の善
あなたを悲しませることが至上の悪
あなたの誇りでありたいから
我慢するところは我慢します

あなたがいなければ
人間なんて本当にどうでもいいし
滅んでくれてもいいと思っています

飲み屋街の赤提灯

ケレンケンの背中

彼がケレンケンになってしまった

朝起きたら当たり前のように

恐鳥が横にいた

まるでカフカの短編だった

 

私はそんな事実を

受け入れられるわけもなく

仕事を休んで

毎日居酒屋で飲んだくれていた

 

ある日、彼が

縄のれんをくぐり、引き戸を蹴倒して

居酒屋へ入ってきた

店内は当然阿鼻叫喚

彼はパニックには目もくれず

へべれけの私を背にひょいと乗せ

彼のプレゼントだったバッグを咥えて

家へたったか走り出した

 

彼の優しさは彼のままだった

私は羽毛の生えた背中で

それが悲しすぎて泣いていた

月はやっぱりきれいだった

桃

白い果肉と産毛の生えた皮の間に

ほんのちょっとナイフを入れて

そこを手掛かりに

すうっと桃の皮を引く

 

独りであったなら桃は買わない

こんな手間はかけない

 

でもわたしは今

桃の皮を引いている

ただ独り、小さな台所で

 

晩夏の果物と線香が

混じった匂いはかなしい

私の向かいに座って
桃が剥けるのを待っていたあなたが

涙ぐむほどなつかしい

チョコケーキ

君のいる午後

もしゃもしゃな頭に

優しくキスをして

大好きだよ、と言ってみた

 

君は迷惑そうな顔をして

大きなあくびをひとつして

窓辺へ行って寝そべれば

ふわふわの毛に光が憩う

 

相変わらずのつれなさに苦笑しつつ

僕はチョコレートケーキを切り分けて

薄荷を摘んでお茶にする

 

もう、この部屋に客は来ない

 

君のすぐ隣の床の上で

すずめの影が遊んでいる

これほど静かな思いで
日々を過ごせるなら
一人と一匹の暮らしも悪くはない

生卵

たまごやき

わたしは
たまごやきは
たまごのおいしさを味わいたいから
いいたまごを選んで使って
出汁や砂糖は入れない
気が向いたときは
ほんのちょっとのしょうゆやこしょうも入れるけど
基本的に味付けは塩だけ
ぼそぼそしないように少し牛乳で伸ばして
うっすらきつね色に焼くのが好き

あなたは
たまごやきを
自分で作ったことすらなく
出来合いのたまごやきでも満足できる人
出汁も砂糖も入れて
濃い味が大好きだから
もちろん塩気もしっかり目
チーズや明太子なんかが巻いてあるとにこにこ
きれいな黄色に焼きあがるのが好き

いつもわたしが焼くんだから
わたしが好きなように作るけど
ごくたまに
甘いたまごやきも作る

そして思い知る

あなたとわたしが
どれだけのへだたりを持って
一緒に暮らしているのかを

魚ボウル

かしこいおさかな

金魚と目が合う

金魚が走ってくる

金魚が水面に頭を出す

金魚は口をパクパクさせて餌をねだる

 

金魚の口のなかはピンク色

金魚の口の奥には真っ暗な空間

金魚の体はこんなに小さいのに

金魚の中にはこんな暗がりがあるなんて

 

金魚は多分私のことが好き

金魚は随分餌のことが好き

金魚は餌が好きだから私のことも好きになった

金魚は餌をもらえなければ私をきっと好きじゃない

 

人間は複雑な気持ちになって尋ねる

「そういうのも愛と呼べるのかな?」

金魚はきっとこう言う

「呼ぶも呼ばないも、そんなに重要なこと?」

暖かい食べ物

優雅なランチ(実録)

毎日、家族を学校と職場に送り出して
私は家事をします
お昼になったら
ひとりで残り物を食べます

今日のおひるは

昨日の鍋の残り汁
残り物のアイリッシュシチュー
冷凍庫で二年近く眠らせてしまった鯉の甘露煮
温泉たまご
ねぎ
小松菜
冷や麦

これを一緒くたに小鍋で煮込んで食べました
冷凍焼けの臭いと
石鹸に似た原因不明のケミカル臭に
久しぶりにえづきましたが
もったいないから完食しました

そして思いました
食べものを粗末にせずに済んでよかった
家族にこんなのを食べさせずに済んでよかった、と

いちごシフォンケーキ

どうしたものかな

オーブンのなかで
生地がふくれ、きつね色になる
焼けたら取り出して
ひっくり返して冷ます
これで土台のビスキュイは完成

あなたはイチゴと生クリームの
正統派ショートケーキが好き


わたしはカルーアとキャラメルの
お洒落なクリームがいい

わたしたちのこどもは
ガナッシュたっぷりの
生チョコデコを希望

精魂込めて作るのだから
みんなに大喜びしてほしい

さて、どうしたものかな

目

終着点

この世で一番恐ろしいものは
あなたの瞳の真ん中にある孔

それは
その先に何があるか誰も知り得ない
真っ暗な細道

神経や脳といった器質的なものでなく
どこかとても怖いところへ
繋がっていそうで

私があなたを愛していればこそ
その暗い道の終着点は
知らないほうがよさそうで

 

ハーツ

バレンタインデーの憂鬱

僕の体はチョコレートを受け付けない

うっかり食べて死にかけたこともある

 

だから毎年二月十四日は憂鬱だ

僕の靴箱にもデスクにも

あらゆる意味で重そうなチョコレートが侵入する

 

一人一人に返却すると

泣かれたり、非難されたり

挙句の果てには

ほら、これで満足なんでしょう、と

目の前でゴミ箱に叩きつけられる

毎年ちゃんと説明して謝っているのに

 

アレルギーだと説明しても

誰も聞いてくれやしない

聞いていたとしても覚えてなんかいない

あいつらには

バレンタインデーにチョコレートを贈ることが

僕の体質より大切なんだろう

 

そんなところへ綺羅星のように現れたのが君だった

君ははにかみながら

これなら食べられると思って、と

小さな箱を差し出した

 

君が作った牡丹餅は

頭が吹っ飛びそうなほどうまかった

 

絶妙な甘さと口当たり

小豆の香り、米粒の残り具合

すべてがパーフェクト

 

僕は君を独り占めしたくなった

生まれて初めて、僕は恋という感情を理解した

ペット

こねこちゃん

私はりっぱなオトナよ

こう見えてもあばずれなんだから

ちっちゃいからってなめないでよね

 

シャーッと怒りながら言うと

あなたは後ろ足で首を掻きながら

大あくびをした

それから鼻面で

まあ食ってけ、と

皿をこっちに押してくれた

 

びくびくしながら

固いご飯を食べていると

あなたは寂しそうに言った

 

俺がコドモのときは楽しかった

もっとコドモでいたかったもんだ

 

そしてもう一回あくびしてから

ごろっと横になった


 

あなたのお腹のところがあったかそうで

ちょっと犬くさいけど

私はそこで寝ることにした

あなたは怒らなかった

ちょっとなめてもらって

私はまだコドモでいてもいいんだって思った

 

あなたはその日から私のパパ

私はその日からただの仔猫

ウェディングドレス

野いちごの花

ただ時が過ぎればきれいになって
素敵な人に好きになってもらえるなんて
甘いっていうか
虫がいいっていうか
まあそういうもので

咲き誇る春の花だって
決してぬくぬくしていたわけではなくて
冬の間一生懸命支度をしていたからで

今夜わたしは
ドレスも靴も
メイクも香水も
一生懸命考えて選んだ

あなたがふりむいてくれなくても
わたしはあなたがすき

豪華な花にはなれないけれど
わたしはがんばっているわたしがだいすき

 

食べ物を祝福する

日常

ロマンティックなことや

フィロソフィカルなことは

言いたくないんだ

なんだかとても的外れな気がするから

 

ご飯がおいしい

布団が心地よい

 

それと同じで

甘く洒落たことでもないし

難しく高尚なことでもない

 

この日常、このひとときこそ

あなたとわたしが共に存在することのすべて

咲いて

菊の香り

あなたといると気が楽で

なんだかとてもリラックスできた

私が私でいられるって感じ

 

でも

あなたはどうだったんだろう

あなたはあなたでいられたのかな

 

あなたへの愛をサイズで表すと

そうだなあ

せいぜいそこにある

ピンポン菊の花くらいかな

 

あなたはおっとりしてて

私は正直、バカにしていた

あなたはふわっとにこにこして

バカにされてた

 

なのに

今、私はぼんやり座っている

心を根こそぎ喪った虚ろさで

あなたの写真と

盛りこぼれるほどの菊の前

ただ動けなくなっている

Image by Krista Mangulsone

あなたがたの時間

あなたがたの生きる時間は

せいぜい十五年程度

 

あなたがたは

百年ほども生きるわたしたちを

どう思っているのだろう

 

夢が飛び去っていくような早さで

自分だけが老いていき

旅立たなければならないことを

悲しく思ったりはしないのだろうか

 

ともかく、私は悲しんだ

あなたが生きた年月以上

あなたの不在を嘆き続けている

 

あなたがたを飼うことは

もう、死ぬまでないだろう

ダイヤモンド

生成

恋をした、ような気がする

だけど
そんなのみっともないから
認めないことにする

私は賢いの
恋なんてばかばかしいの

熱っぽく浮かれる心も
胸がぎゅっと潰される思いも
このままほうっておけば
なにか光るものになる

真っ黒な炭が
マントルの高温高圧で
ダイヤモンドになっていくように

カラフルなコーヒーカップ

テイクアウト

あなたが帰宅途中に買って飲んだ

おしゃれなカフェのテイクアウト用カップが

コーヒーの香りを漂わせて

ゴミ箱の一番上に転がっている

 

私はその店に行ったことがない

コーヒーもお茶も家で飲む

 

さっそくカップを拾い出してきれいに洗う

その中に

いつもより真面目にカフェオレを淹れて

ひまわりの蜂蜜もひとさじ入れる

 

蓋をかぱっと被せて

飲み口の小さな穴からちまちま飲むと

いつもの味がちょっとだけキマッた気がする

 

台所でこっそり飲んでいる私を

あなたが見つけて呆れた顔をする

 

私のことはゴミを漁る野良猫だと思ってよ

ライトのステージ

震える星

子どもの頃にあなたを識《し》った
大人のかっこよさを
あなたは教え続けてくれた

私は大人になって
はじめてあなたを見た頃の
あなたの歳を追い越そうとしている

いつか会えたら
私の住む街の素敵なところを
たくさん紹介したかった

あなたは私を識らないまま
はにかむような笑顔を浮かべ
もっと遠いところへ行ってしまった

そこには私もいつか行くから
そこで会えたらサインと握手
いけそうだったらハグもねだるんだ

様変わりした街で
そんなことを思いながら
私はいつもの暮らしを暮らしている

赤ちゃんは親の小指の指を保持します

ヘリテージ

きみは

かけもかたちもなかったから

はじめは正直

どうでもよかった

人生の添え物くらいにしか

思っていなかった

 

ほんとうに不思議だ

自分のいのちよりも大切なものが

なにもないところから

ヒトのかたちをして

やってきた

 

いまは

きみがいない世界なんて

廃墟にすぎない

きみがいることで

この世は確実に

美しくなった

 

きみの声、きみの動きが鍵となって
閉まってることが当たり前だった扉が
次々に開いていく
きみに閉じられた扉もあるけれど
それはそれでいい

だから
望むらくは
きみもひたすらに生き
自分のいのちより大切なものを
つくり
守らんことを
多くの扉の鍵が開かんことを

そしていつか
その大切なものを
​時機過たず
やさしく手放さんことを

暖かい食べ物

鍋の思い出​

「夜ごはん、カレーと鍋ならどっちがいい」
と聞いたところ

こどもたちは鍋を即決

私は子どもの頃、鍋料理が嫌いだった
なんでうちの子たちは鍋が大好きなんだろう

私が子どもだった頃の鍋の思い出は
最初から最後まで単調な味
それから、酒を飲み
真っ赤な顔をして母に暴言を吐く父

両親の棘のある言葉の応酬をBGMに
鍋を囲んでいることがつらかった
とにかく早く逃げ出したかった

たぶんこどもたちが鍋が大好きなのは
鍋の締めで私が味つけを少し変えるから
きっとそれ以上に
家族で穏やかに食卓を囲んでいるから

 

そのことが
胸が苦しくなるほど
ありがたい

 

Image by Dev Benjamin

冷凍庫​

誰もいない実家の冷凍庫から
眠っていた食材を引き取ってきた

いつ冷凍したか、母がビニール袋にメモしている
一年以上経ったものも、倒れる数日前のものもある

 

大量の鯖の切り身は
一人では食べきれない量を買っていたからだろう
子や孫が来たときのために

冷凍焼けして嫌な臭いの筍も栗も
私が好きだからとっておいてくれたに違いない

 

だから、私は食べている
酸化しているし冷凍焼けのにおいもする
体に悪いことはわかっている
多少お腹を壊しても気にしない

 

一人で暮らしていた母が
どんな思いで食べものを凍らせていたか
考えるとつらいから

今日のお昼は
くっついて氷塊と化したコロッケ

バナナバンチ

夏のにおい

夏はくだもののにおいがする

ぶどうやももやメロンのいいにおい

 

そこへ料理のにおいが混じる

椎茸や筍や人参の煮物

炊いた小豆や白玉の懐かしいにおい

 

お花のにおいも漂っている

凛とした菊やうつむいたゆりのにおい

 

しめくくるようにお線香のにおい

氷もドライアイスも手に入らなかった時代

においを隠そうとしてくれたにおい

 

夏のにおいは

ありがとうとさようならのにおい

 

愛されて育った日々の思い出が

遠くなっていくのを思い知らされる

しめやかでさびしいにおい

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