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星月夜の木霊

 

 

<登場人物>
日読(こよみ)→植物的で「柳に風」な感じ
爽太(そうた)→普通にその辺にいそうな感じ
たぬ→甲高い作り声でマスコットキャラっぽい。たぬき。

 

※最終ページの「あめつちの詞」バリエーション部分は、明るくも暗くも、アクターさんにお任せいたします。
 

※がついている箇所は、可能ならばSEでお願いします。SEが無理な場合は※付箇所は音読せず、少し間をおいてください。

※バイクを駐車する音
※カラカラカラカラ(引き戸を開ける音)

 

爽太「おーい、日読(こよみ)いるー?」

 

日読「あれ? 爽太(そうた)?」(奥から出てきた雰囲気で)

 

爽太「うっす。久しぶり。元気そうでよかった」

 

日読「そっちもな」

爽太「髪伸びたなー」

 

日読「それはいいから、どうしたんだよ突然。なんかあったのか?」

 

爽太「……父さんの葬式の時、日読ろくに口も利かずに相続放棄の書類に印鑑押して帰ったじゃん。いろいろ話があったのに」

 

日読「前妻の子なんて、完全アウェイだろ。迷惑かけないようにさくっと退散したつもりだったんだよ。で、それ言いにはるばる来たってわけ?」

 

爽太「いや、届けるもんがあって、仕事帰りに寄った」

 

日読「ちょっと立ち寄るって距離じゃないだろ?! よくここまで辿り着けたもんだ」

 

爽太「死ぬほど迷った。電波悪くてスマホの地図使えないしさ」

 

日読「爽太はここ、来たことなかったしな」

 

爽太「後妻の連れ子は前妻サイドのばあちゃんちにゃあ普通来ないって」

 

日読「来るなら来るって電話くらいよこしてくれりゃいいのに」

 

爽太「何回もかけたけど電波が悪かったんだよ」

 

日読「この辺は天気とか湿度とかで不安定なんだ」

 

爽太「んでさあ、鍵、開けっ放しじゃん。不用心だな」

 

日読「田舎じゃこれが普通だって。ずかずか入ってくる方も入ってくる方だよまったく。んで、はるばるやって来て手渡ししたい届け物って何だよ」

 

爽太「ああ、ちょっと待って」

 

※がさごそ

 

爽太「これ、父さんの形見っていうか、母さんが持ってけって」

 

日読「……なんだこれ? 紙くず?」

 

爽太「父さんの書斎の抽斗にあったんだけどさ、日読のお母さんが描いた絵……らしい」

 

日読「へえ? あいつ、前妻の走り書きなんかとっといてたんだ。それにしちゃ、いっぺん握りつぶしたあとがある」(笑)

 

爽太「俺たちがやったんじゃないって。見つけたときからそんなんだよ」

 

日読「わかってるよ」

 

爽太「そんで、母さんが実の息子さんの手に渡るのが一番だろうって」

 

日読「香奈枝さんも気遣いの人だね。ありがとう。……ところでこれ、読めた?」

 

爽太「……え? これ、字? 絵じゃないんだ」

 

日読「一部は字だよ。神代文字」

 

爽太「なにそれ、読めるわけないじゃん」

 

日読「だよなあ」

 

爽太「……あの……これ言ったら怒るかもだけどさ」

 

日読「……何?」

 

爽太「気味が悪い」

 

日読「あー……そうだろうなあ」

 

爽太「なあ、これ何なんだ?」

 

日読「これ、ここの集落に伝わるお札でさ、この辺の家じゃどこでも毛筆で手書きして玄関に貼ってるよ」

 

爽太「お札?」

 

日読「ここいらで生まれ育った人は迷信深いんだよ」

 

爽太「え……じゃあこれ、もしかして呪いのお札とか……母さんもこれ見てからちょっと頭痛がするって言い出して」

 

日読「俺の母親はそんなことする人じゃないって。ただの家内安全のお守り」

 

爽太「……へえ」

 

日読「俺の母親ってちょっと変わってて、最期まであんなDVおやじのこと好きだったし、香奈枝さんとの不倫を知っても、かえって好意的だったんだ。変だろ」

 

爽太「うん」

日読「周りは大変だったよ。植物みたいに、マイナスの感情を理解しない人だったからね」

 

爽太「ふーん……」

 

日読「じゃあ、せっかく持ってきてもらったんだし、額に入れて飾っとくか」

 

爽太「あのさ……母さんがさ、これ見つけてから夢見が悪いんだってさ」

 

日読「疲れが溜まってんじゃない?」

 

爽太「父さんが日読を殴ってたとことか、日読を引き取りに来たばあちゃんが泣いてたのとか、何度も何度も夢に出てくるんだって」

 

日読「あれは、香奈枝さんがこぶ付き同士で再婚して、息子が二人に増えて張り切ってた矢先だったもんなあ。『私、がんばってあなたのお母さんになるからね』って言ってくれてたとこだったしショックだったろう」

 

爽太「俺、学校から帰ったら日読がいなくなってて、自分の意思でばあちゃんとこに行ったって聞かされてたし」

 

日読「それでいいんだよ。俺としては、あいつと離れられて結果オーライ。ばあちゃんにはよくしてもらったし、かえって香奈枝さんと爽太があいつのサンドバッグになってないか心配だった」

 

爽太「葬式の時に初めていろいろ聞かされて、でもまだ俺信じられなくてさ……母さんや俺には優しい、いい父さんだったんだ。俺とは血がつながってないのに」

 

日読「俺も、葬式の時、それ聞いてびっくりしたよ。酒飲んで、鬼みたいな顔して俺の母親と俺を殴ってたの、爽太は聞かされてなかったんだなって」

 

爽太「……なんか、ごめん」

 

日読「何で謝るんだよ」

 

爽太「……俺たちがいなかったら、そういうことにならなかったんじゃないかって」

 

日読「それは明らかに違う」

 

爽太「なんでわかんだよ」

 

日読「お兄様はクレバーだからだよ」

 

爽太「二か月しか違わないだろうが。俺は真剣に聞いてんだよ」

 

日読「もう、うちは破綻してたんだ。夫婦関係も親子関係も」

 

爽太「親子関係が破綻って、あのとき、俺たちまだ10歳だったじゃん。親と修復不能になる歳かよ」

 

日読「こればっかりは説明しようがないんだ。肉親間にはいろいろあるのさ」
 

爽太「うーん……」

日読「まだこの話、続けなきゃダメ? もうこの辺でやめたいんだけど」

 

爽太「あ、ごめん」

 

日読「謝るほどのことでもないけど」

爽太「……ん? あれ? 日読、髪染めた?」(話題を逸らすように)

 

日読「いいや?」

 

爽太「今ちょっと濃い緑に見えた」

 

日読「このお兄様が、そんな色に染めるDQN(ドキュン)に見える?」

 

爽太「だよな、ははは……あ、お茶かなんかある? ずっと山道迷ってたんで喉乾いたわ」

 

日読「ジャスミンティでいいなら」

 

爽太「シャレオツなの飲んでんな」

 

日読「お隣さんの横浜中華街土産だよ。水出ししていつも冷蔵庫に入れてんだ」

 

爽太「隣に家とかなかっただろ?」

 

日読「お隣さんくらいいるよ。400mくらい先に」

 

爽太「それって隣っていうのか?」

 

※コポコポ(コップに茶を注ぐ音)

 

爽太「あ、うまい」

 

日読「ジャスミンティも水出しするとうまいんだよ。あー、そうだ夕飯食ってく? 鯉の甘露煮、一日がかりの自信作だから」

 

爽太「……いま、鯉っつった?」

 

日読「うん、鯉。近所の人が田んぼの脇でとったやつをくれたんだよ。昨日までそこのたらいで生きてたよ」

 

爽太「鯉って食えんの?」

 

日読「普通に食えるよ。泥は吐かせてある」

 

爽太「……まさか自分で捌いたとか……?」

 

日読「当然。ばあちゃんに仕込まれてるよ。鯉はコツがあるんだ」

 

爽太「二十代の野郎の作るメニューじゃないし……」

 

日読「鯉は骨も硬いし力も強いから、男の方が料理しやすいと思うよ。俺は普通に出刃包丁だけど、ばあちゃんはミニ鉈使ってた」

 

爽太「鉈?!」

 

日読「引くなよ……」

 

爽太「いやワイルドなお年寄りだなって」

 

日読「田舎じゃわりと普通だって。鯉は精がつくんだ。ほれ、味見」

 

爽太「えー?? ちょっと俺、川魚は……」

 

日読「つべこべ言わずに食ってみろ」

 

爽太「……泥くさそうだし……」

 

日読「だまって食え。ほら口開けろ」

 

爽太「やめろ、自分で食えるって! やめろってほんと! あっ……」

 

日読「ははははははは」(無理やり箸で突っ込む)

 

爽太「……んー? ……んんんー?? これ、ほんとに鯉?」(もくもぐしながら)

 

日読「鯉だってさっきから言ってるだろうが。小骨に気を付けて」

 

爽太「マジで、自分で捌いて煮たって?」

 

日読「だから、さっきから言って……」

 

爽太「ああ、わかった、鯉は捌いたとしても、アレだ、……最近煮魚の素って売ってるよな、スーパーの醤油売り場んとこに……アレで煮たんだろ?」(前の台詞に被せ気味に)

 

日読「そんなしゃれたもん使わないよ」

 

爽太「まじかよ……|鯛《たい》と|鰤《ぶり》を足して二で割った感じだ……旨い」

 

日読「そうだろうそうだろう。鯉を馬鹿にするな」

 

爽太「だってどうしてもニシキゴイ想像するじゃん」

 

日読「俺はニシキゴイ見たら食えるか考えるけど」

 

爽太「そういや、子供の頃も言ってなかったっけ? 庭に来た小鳥がおいしそうとかなんとか……サイコかと思った」

 

日読「ヒヨドリもツグミもちょっと前まで普通に皆食ってたんだから。ほら、よそったからテーブルに持ってけ」

 

ここからしばらくところどころに食器の音を入れられたら入れる。また台詞は、何か食べているような感じで。

爽太「うわ、漬物まで漬けてんの?」

 

日読「買うより安いからね」

 

爽太「母さんに日読の爪の垢飲ませたいな」

 

日読「香奈枝さんに? なんで?」

 

爽太「母さん、魚捌けないんだ。そもそも料理しないんだよ」

 

日読「え? 香奈枝さん料理上手じゃなかったっけ?」

 

爽太「あれ、冷凍食品とレトルトとデパ地下のやつ」

 

日読「は?」

 

爽太「わからないように、手作りっぽいやつ探して買ってくんだよ。そんで、うちの皿に盛り直すんだ。母さん、隠す才能は凄かったんだよ。まじ詐欺師」

 

日読「そうだったんだ」

 

爽太「でも料理の才能の方はゼロ。やっぱセンスってあるじゃん? 母さんのほんとの手料理って食えたもんじゃないって」

 

日読「香奈枝さんもそこんとこで苦労したんだ……」

 

爽太「呆れるだろ? ここ笑うとこだぞ」

 

日読「俺は気の毒な話だと思った。香奈枝さんは香奈枝さんなりにコンプレックスだったんだろうな」

 

爽太「そりゃまあそうだけど」

日読「親は大事にしろよ、ほんとに」

爽太「うー……あ、そう言えばさ、仕事ちゃんと探してんの?」

 

日読「いや、ばあちゃんが遺してくれた家もあるし、貯金もあるし、しばらくはこのままで……」

 

爽太「老後とかどうすんだよ」(前の日読の台詞に被せ気味に)

 

日読「うーん……そんなことより、おかわり、どう?」(間合いをのんびりとって)

 

爽太「……老後困りそうなのに人に飯振舞ってる場合じゃないだろ?」

 

日読「いや、それはさ……米とか野菜とか、もらいもんでやっていけるし」

 

爽太「施しもんをあてにしててもダメだって」

 

日読「そうだなあ、宗教家とか詩人とかやろうかと」

 

爽太「マジで言ってんの? もしかして、だから髪伸ばしてんの? キモいんだけど」

 

日読「キモい、かぁ」

爽太「いやわりと似合ってはいるけど、前みたいにスッキリ切っちゃえよ。俺の実体験上、髪の長い男にろくなのはいないぞ」

 

日読「あー、それわかる。反論できない」

 

爽太「髪長い男って、たいてい変な主義主張持っててクセが強くて付き合いにくいのばっかりじゃん」

 

日読「滅相もございません……いやあ、切ってもいいんだけどまたすぐ伸びてくるし、切り口から菌が入るし」

 

爽太「菌?! 髪から?!」

 

日読「冗談だよ。おかわり、いる?」(ちょっと笑った風に)

 

爽太「おかわり」(納得いかない風に)

 

日読「あっははははは……はい、どうぞ」

 

爽太「笑い事じゃないんだけどな」

 

日読「俺、入会地の管理をここの町内会から請け負ってんだ。それでちょっとは収入はあるし、家賃も払わなくていいし、水道は山水だし、一人で生きる分には何とかなる」

 

爽太「結婚とか考えたりしねーの?」

 

日読「ここいらにタゲれる女子がいるように見える?」

 

爽太「いやまあそうだけど、いずれは年取るんだし、真面目に人生設計したほうがいいぞ」

 

日読「大丈夫だって」

 

爽太「……現状だと、どう見ても孤独死まっしぐらなんだけど」

 

日読「大丈夫って言ったら大丈夫だって。俺と兄弟づきあいを続けるつもりなら、そういう話はNGで」

 

爽太「一応兄弟だから心配してんじゃん」

 

日読「香奈枝さんにも爽太にも絶対迷惑かけないように考えてるって。大丈夫、信じていいよ」

 

爽太「信じにくいよ」

 

日読「常識的に見れば、そうだろうな」

 

爽太「信じろって言ったくせに」

 

日読「あははははは」

 

※箸を置く音

 

爽太「ごちそうさま」

 

日読「おそまつさまでした。ごちそうさま」

 

※食器を洗う音

 

日読「んで、爽太、今夜はどうすんだ? 泊ってってもいいけど」(食器洗いの音と重ねて)

 

爽太「いや、そろそろ帰るわ。明日も仕事だし」

 

日読「明日も仕事だってのにこんな遠いとこに来たのかよ」

 

爽太「思い立ったが吉日っていうし、仕事でストレスたまっててさ、バイクで高速とばしたい気分だったんだ」

 

日読「かえって疲れない?」

 

爽太「俺は若いですからね、お兄様」

 

日読「たった二か月遅生まれなだけのくせに」

 

爽太「同い年なのに、日読が年寄り臭いんだよ。そうだ、今度職場の親睦イベントでさ、家族同伴OKのBBQイベントがあるから一緒に行こうぜ。女子もたくさんいるし」

 

日読「やだよ。香奈枝さん連れてけよ」

 

爽太「そっちがやだよ! 母親同伴ってマザコンみたいじゃん。日読、ちゃんとした服着りゃ女子受けしそうな感じだし、喜ばれるって」

 

日読「えー……やだ」

 

爽太「詳しいことは、LINEで……って、電波悪いんだったな。明日アナログぅ~に封書で送るわ」

 

日読「人の話聞けよ」

 

爽太「聞いてるって。とにかく検討しといて」

 

※このあたりで食器洗いの音終了

 

爽太「じゃあまた来るわ」

 

日読「あ、これ香奈枝さんに渡して。糠漬けと、魔除けのお守り」

 

爽太「うわ……あの、日読のお母さんのお札そっくり……」(気味悪そうに)

 

日読「これもお守り。俺が書いたんだぞ。ここいらの人間は自作してるって言ったろ?」

 

爽太「そういや、これ、何て書いてあるんだよ」

 

日読「あめつちの詞(ことば)のバリエーションだよ」

 

爽太「あめつち?」

 

日読「意味のない言葉の羅列。詳しくは帰ってからググれ」

 

爽太「なんか、やっぱり気味悪いんだけど」

 

日読「落書きしようが、この紙でゴキブリ潰そうが別に何も起こらないから、ご遠慮なくいろいろやっていいよ」

 

爽太「何で知ってんの」

 

日読「やったから」

 

爽太「うわぁ……」

 

日読「……とにかくさ、気休めに香奈枝さんに渡して」

 

爽太「うん、わかった」

 

※カラカラカラ(引き戸を開ける音、また閉める音)

 

爽太「え? なにこれ!!」(夜空を見上げて呆然と)

 

日読「なにこれって言われても……」

 

爽太「星がすげえ! 天の川見える!」

 

日読「ここじゃ普通だよ」

 

爽太「迷ってるときはなんか真っ暗闇で気付かなかったけど、すげえな! ほんとにミルキーウェイだ! 黒い水に牛乳こぼしてぶわっと滲んだみたいだ!」

 

日読「爽太、結構ポエミーなことも言うんだな」

 

爽太「うるせーよ。ああ……いい風だな。空気もうまい……」

 

日読「風向きによっちゃ堆肥集積所から熟成中のアロマが届くこともあるけどね」

 

爽太「さっきから人が浸ってるとこにそういうこと言うなよ……あ、さっきからカタカタいってる音、あれ何だ?」

 

日読「竹が風で揺れてぶつかり合う音だよ」

 

爽太「うおお! ワビサビじゃね?!」

 

日読「毎日聞いてるとわびもさびもないって。竹の根域制限大変なんだぞ。家の基礎とか割るし、床とか持ち上げてあいつら生えてくるんだからな」

 

爽太「ワビサビは近くにいすぎるとわからなくなってしまうものなんだな」(ぼそっ)

 

日読「今度は時間のあるときに来いよ」

 

爽太「おう!」

 

※バイクのエンジン音

 

爽太「じゃあ、おやすみ。飯ごちそうさん」

 

日読「おやすみ。星に見蕩れてんじゃないぞ。危ないから」

 

爽太「わかってるって。身体に気を付けてな」

 

日読「爽太もな」

 

※遠ざかるバイク音

 

日読「……確かに、いい星月夜だ」

 

日読「はぁ……いきなり来るんだもんなあ……」


※少しして藪がガサガサ鳴る
※ぴょこん(ユーモラスな登場音)

 

たぬ「若、夜分推参仕りまする」

 

日読「……はいはい、こんばんは、たぬ。今夜はひとりかい?」

 

たぬ「みな星見に出もうしたが、たぬは先ほどの人間が気がかりなればの居残りにござりまする。あやつは、なにやつにござりまするか」

 

日読「やっぱり見てたんだな……あいつは俺と一滴も血が繋がっていない弟だよ」

 

たぬ「道理で若の匂いとは全く違うてござりますな。弟君は如何様にここへ参られました」

 

日読「たぶん、母さんの守り札を持ってたから、引き寄せられたんだ。目くらましが効かなかった」(苦々しげに)

 

たぬ「若にはご機嫌が芳しゅうなくあらせられまするか」

 

日読「……会いたくなかったんだ。俺、もう人間やめたし」

 

たぬ「兄弟仲おん睦まじゅうお見受けもうしたが」

 

日読「まあ仲は悪くはないけどさ、やっぱり俺みたいなのが、人のそばにいるとあまり良くない」

 

たぬ「若やおひいさまは、我らよりはるかに人とは遠くあるものにて、人には必ずや障りがござりましょう。約定の昔から、守り木はおみなにござりましたが、若はおのこにあらせられますれば、陽の気は格別」

 

日読「そうだね。守り木は代々、女だったから陰陽のバランスがとれてたみたいだし」

 

たぬ「若と初めてまみえもうした日、守り木が半ば人間のおのことて魂消(たまぎ)れたものでござりまする」

 

日読「半分人間って言っても、人間から見れば十分バケモノだよ。俺の父はね、本当は普通の優しい男だったんだ。なのに、妻も、血を分けた息子も人間じゃないのに気づいて、だんだんおかしくなっていった。父が俺たちを受け容れようともがいているのは子どもながらにわかってたのに、もうどうしようもなかった」

 

たぬ「おひいさまが人間のおのこに御心を奪われなんだら、かようなことにはならざりしものを……」

 

日読「耳にタコだよ。それがあったから俺が木の股から生まれてんだよ」

 

たぬ「御意にござりまする」

 

日読「とにかく、父は俺たちを遠ざけて、あの親子と家族のきずなを持つことでもう一度本来の自分に戻れたんだ。そういう意味ではあいつらは俺の父親の恩人たちだ。俺があまり親しくして、あいつらまで父みたいに壊してしまってはダメなんだ」

 

たぬ 「うむむぅ」

 

日読「それにさ、あいつと会うと、俺にも里心があるんだなって気付くんだ。里心っていうか、人との繋がりを求める心っていうか……だからもう会うべきじゃない。人は人といるべきだ」

 

たぬ「しかしながらわからぬことが」

 

日読「何?」

 

たぬ「若が、弟君にまたゆるりと参られるよう仰せられたのは何ゆえかと」

 

日読「ああ、どうせここへはもうたどりつけないだろうから。もうどんなに探しても、ここへの道は開かないよ」

 

たぬ「なんと……ならばなぜ弟君にかようなことを仰せられたので?」

 

日読「社交辞令ってやつさ」

 

たぬ「シャコウジレイ? とは?」

 

日読「人間の処世術。自分も相手も居心地良いように、好意に溢れた感じを取り繕って、本当はそう思っていないことを口にすることだよ」

 

たぬ「世辞とは違いまするか?」

 

日読「お世辞は、褒めるという行為が伴うけど、社交辞令は褒めるっていうより、友好的な態度を装うんだよ……ああ、説明してたら虚しくなってきた」

 

たぬ「人のなすことは不思議にござりまする」

 

日読「だろうなあ。人間から見ても奇奇怪怪だもん。俺は半分人間だからぎりぎりわかるけど、お前たちにはわからなくていいよ」

 

たぬ「あい」

 

日読「人間も、俺たちのことがわからないんだから、それでちょうどいい。人と、人でないものの間に立ち入り禁止の線引きはあるべきなんだ」

 

たぬ「若はどちらもお心得があり誠に頼もしくあらせられまする」

 

日読「どっちもわかるし、どっちもわからない半端者だよ。そしてどっちにもわかってもらえない」

 

たぬ「おさびしゅうござりまするか」

 

日読「まあね。完全に木霊だった母や祖母よりは、人の世界に未練があるよ」

 

たぬ「人にはござりませぬが、われらがここに仕りますによって、おさびしゅうはござりませぬよ」

 

日読「……何度も、俺と馴れあってもいいことはないって言ってるだろ? お前たちにとっちゃ俺が早く死んだ方がいいんだろうし」

 

たぬ「またそのようなことを」

 

日読「俺は後継ぎを作らない。俺が枯れて封じの契約が解けるころには、この集落は人間がいなくなっているだろうからそのときにはお前たちは自由だ。妖怪大戦争でも何でもやらかせ」

 

たぬ「さようなことはどうか仰せなきよう……我らは若も、おひいさまも、おおひいさまも、その前のおひいさまも、枝葉の糧となるべき我らを憐れみ給うてお目こぼし給うた。お慕い申し上げるのは当然にござりまする」

 

日読「そんなこと言うなって言いたいのはこっちだよ。人間と俺たちとお前たちは怖がりあって避け合ってるのが健全だっての」

 

たぬ「人間はさておき、封じるものと封じられたもの、仲良きことは美しきことなのではござりませぬか?」

 

日読「いやそれはストックホルムシンドロームといってな……」

 

たぬ「……人間にあらざれば、わかりませぬ」(犬がクーンと鳴くようなしょぼくれた感じで)

 

日読「はぁ……また要らんことを言ってしまった」(溜め息)

 

※風が木々を揺らす音

 

日読「いつ見ても、きれいな星だよな」(しばらく風の音を聞いた後、寂しそうに)

 

たぬ「あい……」

日読「……そうそう、まだひと切れ、鯉の煮付けが残ってた。持ってくか?」

たぬ「あい!」(俄然明るく)


※カラカラカラ(引き戸を開ける音)


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 あめ つち ほし そら かは(かわ) みね くも 

 むかしむかし、とある村は呪われていると言われていました。

 見渡す限りの田居の稲が枯れ果てたり、子どもたちが神隠しに遭ったり、はやりやまいに見舞われたり、墓場で死人が狐火の中で舞い踊っていたり、ひどい有様でした。

 周りの村からは呪われるには呪われるなりの業を背負っているのだろうと行き来を断たれ、村を捨てようとすると役人たちからの厳しい沙汰が待っていました。
 しかし村の誰にも呪われるような心当たりはなく、皆、暗い気持ちで暮らしていました。

 そんなある日のことです。
 どこからか、とても美しい娘がこの村へやってきました。
 娘は抜けるように色白で、髪の毛は山の木々のような緑色でした。
 娘は村をぐるりと歩き回ると、鈴を振るような声で言いました。
「ここを守れば、あなた方は私を守ってくれますか」
 村人たちには娘が何を言っているのかわかりませんでした。
「私はここへ住もうと思います。私と約束してくだされば、私は子々孫々に至るまでこの地を守りましょう」
 こんな娘の言うことなど誰も信じませんでしたが、疲れ切っていた村人たちは、娘と約束を交わしました。
 娘と交わした約束は二つです。

 自分が棲みかと定めた、村はずれにある打ち捨てられた家の草木(そうもく)には一切手を触れぬこと。
 余りあるときに余りあるものでよいので、娘とその子孫に食べるものを捧げること。

 村人たちは余りあるときも、余りあるものも今はない、きっとこの先もないだろうと言いました。しかし娘が笑って、それならそれでよいというので、不思議な気持ちのまま村人たちはこの娘と約束をしました。


 むろ こけ いぬ うへ(うえ) すゑ(すえ) ゆわ さる 

 翌日、娘が住むと言っていた一族死に絶えて住むものもない家の裏に、村人たちは行ってみました。すると、今までなかった大きな柳の木が家を支えるように生え、根元にあの娘が立っていました。
「よくこのような場所へ村を構えたものです。ここは様々な穢れの吹き溜まりなのですよ」
 娘はそういうとすうっと幹へ吸い込まれるように消え、さらさらと柳の枝が揺れました。
 不思議と、この山を覆っていた、何となく総毛立つような重く暗い空気が消え、澄んだ風が吹いています。
 その清らかな風は村全体に広がり、不吉なことはぱたりと起こらなくなりました。やっと穏やかな日々が村に訪れたのです。
 村人はあの娘はこの柳の木霊だったのだろうと悟り、その家は祠として扱われるようになりました。

 この話には、もう語るものが途絶えてしまった続きがあります。
 

 ある日、川で魚を取った帰りの若者が、ふとあの祠へ立ち寄りました。
 取れた魚を柳の木霊へおすそ分けしようと思ったのです。
 そこには髪が緑色の美しい娘がいて、若者が小さな鮠を一匹手渡すと娘はそのまま一飲みにしてしまいました。
 その若者は、それからも娘に魚を振舞い続け、その家で過ごすうちに恋に落ちたとか、子を成したとか、狂って柳に斧を入れて死んだとか。

 もう定かな結びは誰にもわかりません。
 

 たゐにを(お)りて まれびとのやなぎ えおふせよ  

 

 

 

            <了>
 

​ほしづくよ  こだま

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