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​暮れる日の庭

*登場人物(睦美以外方言変更可)

晋也《しんや》・・・42歳くらいの男性。線の細い優しい話し方。健一の父。佳世かよという妻がいた。ずっとおろおろしている。あまりオジサンくさくならないように。

盈《みちる》・・・26歳くらいの女性。しっかりもの。

健一《けんいち》・・・24歳くらいの男性。晋也の息子。能天気。

睦美《むつみ》・・・24くらいの女性。健一の彼女。親しみやすい温和な感じ。

 

*演じる上での注意事項

・作品ジャンル→ヒューマンドラマっぽい恋愛もの。ストーリー自体はコメディ風ですが、しみじみと演じてください。

・無理に声を作らず、年齢設定に無理のない範囲で等身大の自分の声で。

・指定した箇所以外のSE、BGMはお任せで。

 

*本文

場:どこかの庭

SE:全編、ヒグラシの声を適宜被せる。時間経過に合わせて、夜の虫の声も加える


 

盈「こんにちは」

 

晋也「(ぎくっとして)やあ、こんにちは」

 

盈「(楽しそうに、歌うように)何してるんですか」

 

晋也「ちょっと草取りをね。(立ち上がって、困ったように)盈ちゃん、今日は来客があるから来ないでって言ったよね」

 

盈「来客って健一でしょう?」

 

晋也「(びくついて)えっ? 何で知ってるの」

 

盈「健一がLINEで連絡してきたんです。やっと夏の休暇が取れるから実家に帰るって」

 

晋也「(深い溜息を吐いて、苦々し気に呟いて)あいつはもう……何やってんだ」

 

盈「健一、います? おうちの中ですか?」

 

晋也「それが……ちょっと今出かけててね……遅くなるみたいだから今日は会うのは無理じゃないかな」

 

盈「え?」

 

晋也「(深い溜息を吐いて、すまなそうに)ごめんね、せっかく健一に会いに来てくれたのに」

 

盈「私、ここで待たせてもらいますね」

 

晋也「は?」

 

盈「健一、もうすぐ帰ってくるはずですよ。今夜、健一が久しぶりにうちで夕食を食べないかって誘ってくれたんです。ご馳走作ってくれるってえらく張り切ってたから」

 

晋也「(あちゃーという雰囲気で)ああああ」

 

盈「私もデザートにと思ってイチジクのムース作ってきました。冷蔵庫に入れさせてもらいますね」

 

晋也「あ、ちょっと! 今家には入らないで! 僕が預かって冷蔵庫に入れておくから」

 

盈「いつも勝手に入ってるのにどうしたんですか?」

 

晋也「(困惑しつつ)どうもしないけど、今日は困るんだ。申し訳ないけど、今日は都合が悪いってことで、また今度にしてくれないか」

 

盈「私、健一に絶対来てくれって言われたんですけど」

 

晋也「ごめんね、ちょっと僕も体調が悪いし、今夜は勘弁してほしいんだ」

 

盈「(間をおいて、疑うように)さっきから、なんか変ですよ、晋也さん」

 

晋也「変?」

 

盈「さっきから、すごくおいしそうな匂いがするんですけど。……唐揚げかな。今誰かキッチン使ってますよね」

 

晋也「いや、これはお隣の料理の匂いだから」

 

盈「(被せて)どこから匂いがするかくらい、わかります。健一、いるんでしょう?」

 

晋也「あの、それはね」

 

盈「(被せて)健一が料理してるんですか? だったら手伝いましょうか?」

 

晋也「ちょっと待って!」

 

盈「……もしかして、健一に会わせたくないんですか?」

 

晋也「それは、その……」

 

盈「どうしたんですか、ほんとに」

 

睦美「(盈の台詞に被せ、家の中から小さく聞こえる声で)ねえ、健一! お庭のパセリ、とってきてくれない?」

 

気まずい間

 

盈「……誰?」

 

晋也「(弱々しく)これは、その……」

 

盈「あの声、女性ですよね。誰なんですか?」

 

晋也「あの、これにはちょっと事情があってね……」

 

盈「どういうことなんですか?」

 

晋也「……ごめん」


 

盈「何で謝るんですか?」

晋也「ごめん」

 

盈「答えになってません」

 

晋也「ごめんね…… 僕は盈ちゃんが心配で……ずっと健一を待ってた盈ちゃんが不憫で」

 

盈「何のことですか?」

 

SE:晋也の台詞に被せ、勝手口、または掃き出し窓が開閉する音、庭をサンダルで歩いてくる音

 

健一「あ、盈? 来てたんだ」

 

盈「あ、健一。(ちょっと不機嫌に)久しぶり。元気そうね」

 

健一「うん、盈は元気だった?」

 

盈「(ちょっと不機嫌に)まあまあよ。今夜はお招きありがとう」

 

健一「どういたしまして。っつか、なんだよ、久しぶりに会うのになんか機嫌悪くない?」

 

盈「ちょっと取り込み中なの」

 

健一「取り込みって?」

 

盈「私、あなたのお父さんから今日は帰れって言われたの。嘘までつかれて」

 

晋也「(焦って)あの、それは」

 

健一「(被せて)え? 父さん、盈になんか言ったの」

 

晋也「……ごめん」

 

健一「(小学生が怒るように)もう、何て言ったんだよ」

 

SE:勝手口、または掃き出し窓が開閉する音、庭をサンダルで歩いてくる音

 

睦美「(近づいてくる様子で)健一! ねえ、健一! パセリとってきてくれたー? …… あ、お客様?」

 

盈「誰?」

 

健一「あ~あ、来ちゃったかあ」

 

睦美「だって健一がパセリとってくるのが遅いから」

 

健一「テーブルについてからサプライズで紹介したかったのに……」

 

睦美「健一、こちらが私に紹介したいって言ってた幼馴染の方?」

 

健一「うん、そうそう。(睦美に盈を紹介して)こいつ、盈。二こ上なのにめちゃくちゃ怖くて、姉貴通り越してオカンみたいなやつ。盈、こいつは睦美。大学んときからつきあってる俺の彼女。可愛いだろ」

 

睦美「初めまして、佐山睦美です」

 

盈「(毒気を抜かれたように)……健一の彼女……?」

 

健一「うん。父さんに紹介しに来た。睦美の実家にももう挨拶に行ってるし、来年には結婚するよ」

 

睦美「ふつつかものですがよろしくお願いいたします」

 

盈「……結婚……」

 

晋也「(気の毒そうな溜め息)はぁ……」

 

健一「びっくりしたろ?」

 

盈「(素で)うん、びっくりした。おめでとう」

 

健一「ありがとう。俺の奥さんいびんなよ?」

 

盈「(徐々に明るさを取り戻して、若干ふざけて)いびったりしないよ!」

 

健一「だって、盈ってウザいくらい世話焼いてきてさあ、毎朝『ハンカチは? 顔ちゃんと洗った? 襟が裏返ってる!』ってうるさかったじゃん。夕方もさあ、小学生のくせに自分で作った惣菜とかタッパーに入れて持って来て『ちゃんと宿題やってるの?!』って怒鳴るし、やることがおばちゃんみたいでさ」

 

盈「昔の話じゃない。でも、健一も助かってたでしょ?」

 

健一「確かに助かったよ、父さんの料理イマイチだったし。あ、これ盈のお持たせ?」

 

盈「うん、ケーキ作ってきた」

 

睦美「わあ、ありがとうございます!」

 

健一「(睦美の台詞に被せて)やった! サンキュー。睦美、盈の作るケーキ、めっちょうまいんだ」

 

睦美「(間をおいて訝し気に)もしかして、健一の初恋の相手って盈さん?」

 

晋也「(おどおどと小声で)睦美さん、そういう話はちょっと……」

 

健一「(晋也の台詞に被せてあくまでも無邪気に)なに言ってんだよ、こんな暴力女に惚れるかって。ちょっとやんちゃしたりしたら、鉄拳制裁してきたんだぞ」

 

盈「あなたが晋也さんを困らせるからいけないのよ」

 

健一「俺は絶対盈には惚れないけど、盈は俺に惚れてたかもしれないけどな」

 

盈「それは絶対ないって。健一っていくつになっても子どもっぽすぎて恋愛とか無理」

 

睦美「(楽しそうに笑ってから)そうだ、急がなきゃ! お夕食に招いたのにお待たせしちゃってすみません、急いで支度しますね」

 

盈「約束の時間までまだ30分もあるから、気にしないでくださいね。私が来るのが早すぎちゃったんです。気を遣わせてごめんなさい」

 

睦美「私、どんくさいんですけど、お料理だけは好きなんです。一生懸命いろいろ作ってますから、もうちょっとだけ待っててください」

 

健一「パセリならとってきたぞー」

 

睦美「じゃあ、ケーキ冷蔵庫に入れときますね。すみません、失礼します」

 

健一「俺も手伝いに戻るよ。できたら呼ぶから」

 

SE:サンダルで歩く複数の足音、勝手口開閉音

 

盈「(二人の後ろ姿を見送りながら、しみじみと)ああ、健一ももう結婚するんですね。もうそんな歳かあ……」

 

晋也「(後ろめたそうに)……最近の若い人に比べると少し早いね」

 

盈「今、健一って二四歳でしょう? 早いっていうほど早くないですよ。晋也さんと佳世さんだって、十七で健一が生まれて十八で結婚したくせに」

 

晋也「ああ、若気の至りで。周りにも大反対されたし、認めてもらうために馬車馬みたいに働いたよ。でも幸せだった」

 

盈「睦美さん、可愛らしい方ですね。ドレスかなあ、白無垢も似合いそう……睦美さんって、佳世さんにすこし似てましたね。目元とか」

 

晋也「そうかな」

 

盈「似てますって。やっぱり、男の子ってお母さんの面影に魅かれるのかな……」

 

晋也「そうかもしれないね」

 

盈「(少し黙ったあと、ちょっと沈んだ声で)晋也さんも、魅かれますか?」

 

晋也「え?」

 

盈「晋也さんも、佳世さんに似た女性には魅力を感じるんですか?」

 

晋也「いやぁ、佳世は佳世だよ。誰も佳世の代わりにはなれないよ」

 

盈「(寂しそうに)そうですか」

 

晋也「(間をおいて、後ろめたそうに)盈ちゃん、ごめんね、こんなことになって。僕も知らなかったんだ。健一がサプライズとか言っていきなり睦美さんを連れてきちゃってね……盈ちゃん、ずっと健一のこと待ってたんだろう?」

 

盈「誰が、誰を待ってたって言いました?」

 

晋也「盈ちゃんが健一を」

 

盈「(溜め息と一緒に)だから晋也さん、様子が変だったんですね」

 

晋也「盈ちゃんが傷つくのが心配だったんだ」

 

盈「(ちょっと笑って)傷ついたりするわけないじゃないですか。私、健一のことを恋愛対象として見たことはありませんよ」

 

晋也「そうだったのか……僕はてっきり……」

 

盈「私、健一のことは男っていうより息子として見てました」

 

晋也「君は子どもの頃からしっかりしてたからね。僕も君に叱られてたなぁ。むさくるしい男所帯で、見ていられなかったろう」

 

盈「見ていられなかったんじゃなくて、見ていたかったんですよ」

 

晋也「佳世が死んだあとここへ引っ越してきて、盈ちゃんが健一の面倒を見てくれてほんとうによかったよ。君が構ってくれるようになってから健一もすごく明るくなった」

 

盈「(笑って)晋也さんが健一連れて引っ越しの挨拶に来たとき、二人ともシャツがよれてたの覚えてます」

 

晋也「(笑って)いろいろ行き届かなくてね」

 

盈「懐かしいなあ。あれから17年かぁ」

 

晋也「(ためらうような間)盈ちゃん、前から言いたかったことがあるんだ」

 

盈「(期待してるような感じで)……なんでしょう」

 

晋也「健一が東京へ行った後もずっと、幼馴染へのよしみで父親の僕まで気にかけてくれて、本当にありがとう。でも、そろそろ君もいい歳ごろなんだし、恋人を作ってデートとかしたりしないのかい?」

 

盈「しませんけど」

 

晋也「余計なお世話だと思うけど、健一にも結婚の話が出てるんだし、盈ちゃんもこんなおじさん構ってないで、いい人を作ったほうが」

 

盈「(被せて、気分を害して)ほんとに余計なお世話」

 

晋也「男っ気がないから心配してるんだよ」

 

盈「(被せて)……晋也さんのバカ」

 

晋也「え?」

 

盈「(普通のトーンから徐々に絶叫して)晋也さんのバカ! 大バカ!! 私はもっとバカ!!!」

 

晋也「(おろおろと)ごめん、プライベートなことに口出しして。でも、こんな独り暮らしのおじさんの家に入り浸ってたら君のご両親も心配するよ」

 

盈「(被せて、ちょっと泣きながら)何なの? もうほんと、何なのよ! 私が何でずっとここに来るか、晋也さん全然わかってない! 私が何年晋也さんのことを好きだと思ってるの」

 

晋也「(しばらく考え込んでから、ゆっくりと言葉を選んで)もしかすると、そうなのかもしれないと感じたこともあったよ。でもそんな風に思うことが恥ずかしかった。おじさんの気持ち悪い勘違いだと思ってた」

 

盈「勘違いじゃありません!」

 

晋也「盈ちゃん、僕はおじさんだし、定年も介護もあっという間にやってくる。若い盈ちゃんにその覚悟をさせるのは残酷だ」

 

盈「そんなことわからないような子どもじゃありません。私のこと、嫌いなんですか? 迷惑なんですか? 」

 

晋也「(困ったように)盈ちゃん……ちょっと落ち着いて」

 

盈「迷惑だっていうなら、明日からもう来ません。晋也さんの言う通り、どこかの誰かひっかけてデートします」

 

晋也「迷惑じゃないって! ただ君の若さを僕なんかに消費するのは……(小さく驚いて)わっ」

 

盈「(いきなり抱き着いて、胸に顔を押しあてたくぐもった声で)僕なんかって言わないでください。好きです。好きなんです。ずっと前から」

 

間。

 

晋也「人生って一度きりで、失敗したと思っても時間は巻き戻せないんだよ?」

 

盈「知ってます」

 

晋也「(溜め息と共にしみじみと)君のご両親にぶっとばされそうだ」

 

盈「晋也さんは私が守ります」

 

晋也「君には敵わないなあ」

 

健一「(家の中からのんびりと明るく呼びかけて)おーい、ご飯できたよー! 早く入ってー!」

 

――終劇

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