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Bitty Geeky Birdies!

*登場人物
 

○斎賀佳史《さいがよしふみ》:三十路ちょっと手前の二十代男性。営業部所属。何事もそつなくこなす、俗にいう「できる」タイプ。


○鳥辺和樹《とりべかずき》:斎賀より二つ年下で同所属。女の子大好きで見境なくナンパする男。素直で人懐こい鳥頭。


○三宅《みやけ》:斎賀と同期の女性。第三話以降登場。仕事をバリバリこなす総務部の華。斎賀にふられたことがあり、鳥辺に口説かれたことがある。

 

*以下、本文

Ⅰ. H・P・H ――ホット・ポット・ホーリーナイト

 

 

  SE:雑踏の喧騒と街に流れるクリスマスソングを終劇まで小さく流す。

  SE:革靴の足音がふと立ち止まる

 

鳥辺「あれ、斎賀さん? 直帰じゃなかったんですか? もうオフィス誰もいませんよ」

 

斎賀「あれ……みんな残業してるだろうから差し入れに、クリスマスケーキ、駅前で買ってきたんだけど」

 

鳥辺「今日はイブですよ? みんな帰りましたよ。ケーキだって、みんな家族とか恋人と食べるでしょうし」

 

斎賀「そうか……そうだよなあ」

 

鳥辺「そういえば好きな人がいるって前言ってたじゃないですか。その人と食べたらどうですか?」

 

斎賀「……脈がなさすぎて社会死状態なんだよ」

 

鳥辺「(笑って)社会死ですか……あー、僕もクリぼっちですし、うちで鍋やりません? ケーキも一人で食べるより、いいでしょう?」

 

斎賀「じゃあ、この書類、夜間ポストに入れてくるからここで待っててもらっていいかな」

 

鳥辺「あ、ケーキ持っときましょうか」

 

斎賀「ああ、急いで行ってくる」

 

  SE:革靴で駆け出す音、間をおいて、革靴で駆け寄る音

 

鳥辺「お帰りなさい。めちゃくちゃ早かったですね」

 

斎賀「(息を切らせて)鳥辺くん、薄情だからケーキ持ち逃げして帰りそうだし」

 

鳥辺「待ってますってー」

 

斎賀「オフィスの窓から見えたんだけど、君、今ナンパしてなかった? 髪の長い二人連れ」

 

鳥辺「してました。あわよくば斎賀さんの分も、と思って」

 

斎賀「余計なお世話だよ」

 

鳥辺「だってクリスマスって人肌恋しくなりません? 野郎だけで鍋囲むよりいいでしょう?」

 

斎賀「懲りないねえ……最近も変な女ナンパして貢いで捨てられてなかったっけ?」

 

鳥辺「なんで知ってるんですか?」

 

斎賀「社内でのもっぱらの噂だよ。目、真っ赤に腫らしてたし。自重した方がいいよ」

 

鳥辺「いやー、恥ずかしいな、あはは。(ひとしきり笑って、きりっと)あ、でもご心配なく!僕は鳥頭とりあたまなんで一週間くらいで忘れてしまいますから」

 

斎賀「ほら、やっぱり薄情じゃないか」

 

鳥辺「鳥頭と薄情は違いますって。あ、スーパー寄っていいですか? 今うちにあるの、白菜とねぎだけなんで、鮟鱇《あんこう》買いましょう、鮟鱇! そうだ、焼酎も買おっかな」

 

斎賀「(間をおいてからため息)はあ……」

 

鳥辺「どうしました? 魚より肉の方がいいですか? 斎賀さん、疲れた顔してますよ? しっかり食べて、飲んで、脈無しでいいんで恋バナも聞かせてくださいよ! 相談にのりますよ?」

 

斎賀「(ため息)……俺はいいよ。俺はあんまり喋らない方がいいんだ」

 

鳥辺「え? どうしてですか?」

 

斎賀「それより、今夜は君の声が聞きたい。たわいもないことでいいから、俺に話しかける君の声を、ずっと聞いていたいんだ」

 

  SE:町の雑踏とクリスマスソングが徐々にボリュームアップした後、ゆっくりフェイドアウト

Ⅱ. V・B・V ――ベリー・ベリー・バレンタインデイ

   SE:集合住宅のドアチャイムの音、ドアを開ける音

 

鳥辺「(意外そうに)斎賀さん、どうしたんですか」

 

斎賀「(おろおろと)とっ、鳥辺君が、やけどして休んだって聞いて!」

 

鳥辺「あ……聞いちゃいましたか。いやほんと、大したことないんで」

 

斎賀「目が真っ赤じゃないか! 泣くほど痛かったんだな? どこをやったんだ」

 

鳥辺「いや、それはちょっと」

 

斎賀「(被せ気味に)大丈夫? 病院行った?」

 

鳥辺「(居心地悪そうに)いや、行ってないです」

 

斎賀「じゃあ行こう! 連れて行くから、支度して!」

 

鳥辺「いや、あの……(弱ったように)ここ、ご近所に迷惑なんで、中、入ってください」

 

  SE:ドアの閉まる音

 

鳥辺「玄米茶でいいですか」

  

  SE:ガスの点火音、食器の音

 

斎賀「けが人が何やってんだ! 休めよ! やけどは大ごとなんだぞ」

 

鳥辺「本当に大したことないんで……」

 

斎賀「君がバレンタインデーに休むなんて大ごとじゃないか! 君だったら、這ってでもチョコもらいに来るだろ?!」

 

鳥辺「ちゃんと冷やしましたし、ちょっとひりひりする程度で治まってますから。それよりは業者の人とか来た方が大変で」

 

斎賀「えっ?」

 

鳥辺「排水管詰まらせちゃったんです。総務の社宅管理の人にすごく怒られました」

 

斎賀「まったく何やってたんだよ」

 

鳥辺「……とにかく、お茶どうぞ」

 

   

  SE:湯呑を置く音

 

斎賀「ありがとう」

 

鳥辺「いえいえ、今お茶菓子切らしてて、すみません」

 

  SE:紙袋の音

 

斎賀「ほら、茶菓子ならこれでいいんじゃないか。君のデスクに溜まってた義理チョコ、持ってきたよ」

 

鳥辺「ありがとうございます。(紙袋を開けて)いち、に、さん……五個かあ……あれ? これチロル詰め合わせ?」

 

斎賀「(冷やかに)義理オブ義理だな。……それで、排水管は」

 

鳥辺「直してもらったんで大丈夫です」

 

斎賀「詰まったのは、やけどとなんか関係があるのか」

 

鳥辺「それが……あの、チョコを作ってて」

 

斎賀「え」

 

鳥辺「それでやけどして、蛇口から水を出して冷やしてたら溶けたチョコが全部流れて行って排水管で固まったみたいで」

 

斎賀「何やってんだよ」

 

鳥辺「(しみじみと)僕もそう思います」

 

斎賀「なんでチョコとか作ってたんだ」

 

鳥辺「……彼女用に」

  

   間。

 

斎賀「(動揺を隠すように)……クリぼっちだったのに……か、彼女、いたんだ……へえ」

 

鳥辺「(どんよりと)一月にできたんです。だけど、昨日、やけどしたって電話したら、ふられました。(徐々に涙声)もう着拒されててLINEもブロックされて……あ、じずれいじばず(ティッシュを引っ張り出して鼻を噛み、涙声で)高収入のイケメンとつきあうことにしたからって」

 

斎賀「そんな女のために、君はチョコ作ってやけどしてたのか」

 

鳥辺「はい」

 

斎賀「(少しキレて)そんな女、鳥辺君の方から願い下げだろうが! ぶっ飛ばしてやりたいなそいつ!」

 

鳥辺「初詣でナンパして、神様の巡り合わせだって思ったのに」

 

斎賀「(本格的にキレながら)……鳥辺君も鳥辺君だ! 君はナンパしないと死ぬ病気かなんかにかかってるのか?」

 

鳥辺「(寂しそうに)ナンパナンパって言いますけど、僕はいつでも真剣ですよ」

 

斎賀「はあ?」

 

鳥辺「(寂しそうに)僕の両親は二人とも不倫して離婚して、それぞれ家庭持ってて、僕はいなかったことになってるんです……だから、僕、お盆も正月も、行くとこがないんです」

 

斎賀「……そうか」

 

鳥辺「僕、自分の居場所が欲しいんですよ。何があっても支えてくれる人っていうのが。……だからつい、優しそうに見えたら手当たり次第にいっちゃうんです」

 

斎賀「……(ため息)」

 

鳥辺「でも、なかなかいないんですよ、ずっと僕みたいなののそばにいてくれる人って……すみません、変な話して」

 

斎賀「いや、俺はだいじょうぶだけど」

 

鳥辺「ごめんなさい」

 

斎賀「(間のあと、ため息をついて)んで、やけどしたのはどこなんだ。ちゃんとケアしといた方がいいぞ」

 

鳥辺「いや、それは」

 

斎賀「水ぶくれとかになってないか」

 

鳥辺「いや、膨れたり縮んだりとかはしますけど」

 

斎賀「えっ? それは深刻なんじゃないか? やっぱり病院に行こう! 駅前に夜間診療やってる皮膚科があるから」

 

鳥辺「いや、もう、ほんと、勘弁してください……軽傷ですから」

 

斎賀「軽傷なら軽傷でいいから! なんでそんなに嫌なんだ! 金がないなら出してやるから! 俺だって優しいんだぞ」

 

鳥辺「ちょっと赤いだけですって!」

 

斎賀「じゃあ見せろ」

 

鳥辺「何言ってるんですか! セクハラですよ」

 

斎賀「セクハラ? (きょとんと)なんで? これ、セクハラ?」

 

鳥辺「(しっかり間をおいてから、弱々しく)斎賀さん、あの、これ、誰にも言わないって約束してくれます?」

 

斎賀「え? う、うん、いいけど」

 

鳥辺「僕がやけどしたのは□□□(SE:ピストル音)です」

  

  間。

 

斎賀「……今、□□□(SE:ピストル音)って言った?」

 

鳥辺「はい」

 

斎賀「(心底不思議そうに)なに、やってんの?」

 

鳥辺「(弱々しく)彼女のためにチョコでコーティングしようと思って」

 

斎賀「はあ?!」

 

鳥辺「粗熱は取ったつもりだったんですけど……熱くてボウルひっくり返して、風呂の排水口詰まらせちゃいました」

 

  間。

 

斎賀「君はバカか!!! バカなのか!!!!」

 

鳥辺「(弱々しく)そうみたいです」

 

斎賀「そして、電話でそれ言ったら、さくっとふられたのか」

 

鳥辺「そうです」

 

斎賀「そりゃあ乗り換えられて当然……(言いかけてやめて)ごめん」

 

鳥辺「当然ですよね(ずるずる鼻をかむ)」

 

斎賀「(間を置いた後、気まずそうに)……ちゃんと食事とか、してるのか」

 

鳥辺「ふられた電話の後は何も食べてません」

 

   SE:ガサゴソと包装を開ける音

 

斎賀「これ、よかったら」

 

鳥辺「え? チョコレートケーキ?」

 

斎賀「チョコベークウェルタルトだよ。イギリスの焼き菓子で、中にラズベリーが入ってる……らしい(とってつけたように)」

 

鳥辺「どう見てもこれ、本命の手作りですよね……」

 

斎賀「うん、本命の手作り……っぽいな(とってつけたように)」

 

鳥辺「いいんですか?」

 

斎賀「なにが?」

 

鳥辺「せっかく女子から本命チョコもらったのに、あっさり他人に食べさせて。こういうのは一人で味わって食べて、ちゃんと返事しないと」

 

斎賀「いいんだよ」

 

鳥辺「よくないですよ。こんなにモテモテで恵まれてるのに、斎賀さん、女心を理解してなさすぎ……(途中で斎賀にケーキを口に突っ込まれ、むぐむぐもごもごする)」

 

斎賀「(イラついて)女心どころか男心も一切理解してない君にそういうこと言われたくないな!」

 

鳥辺「(むぐむぐもごもごしながら)あ、おいしい」

 

斎賀「当然だよ!」

Ⅲ. A・Q・A ――アブソリュート・クワック・オータムナイト

 

 

BGM:オーセンティックなカクテルバー風アコースティック曲を最後まで

 

斎賀「お疲れ」

 

三宅「人を呼び出しといて、30分も遅刻するなんて。帰ろうかと思ったわよ」

 

斎賀「悪かった」

 

三宅「で、何の用?」

 

斎賀「オーダーしてからでもいいかな?」

 

三宅「いいけど?」

 

斎賀「(店員に向かって)テコニックお願いします」

 

三宅「ねえ、職場から直で来たんでしょ? フードも頼んだら?」

 

斎賀「(間。フードメニューを見て店員に向かって)すみません、魚介のマリネサラダと夏野菜のブルスケッタお願いします」

 

三宅「小食ねえ。もう一品くらい頼めば?」

 

斎賀「これでいいんだ」

 

三宅「恋の病で喉を通らないとか?」

 

斎賀「(ぎくっとする)……は?」

 

三宅「あなた、今日うちの田中さん、パーティションの陰から覗いてなかった?」

 

斎賀「田中?」

 

三宅「ほら、今年入った新卒の子よ。前髪ぱっつんで、ぽっちゃりして胸の大きい子。あなたんとこの鳥辺くんが来て一生懸命口説いてたのじっと見てたじゃない」

 

斎賀「(やばい、と思っている様子でごく小さく)う……」

 

三宅「あなた、すっごい顔してたわよぉ? 嫉妬丸出しって感じでさあ」

 

斎賀「そんな顔はしてないって」

 

三宅「してたわよ、一瞬だけど。そして、今来ましたー、みたいな顔して入ってきて鳥辺くんを叱りつけて引っ張っていったじゃない?」

 

斎賀「(言い訳するように)だって、ちょっと備品貸し出しの申請に行っただけのくせに30分も帰ってこないから」

 

三宅「鳥辺くんねえ……いい子なんだけど、いつも女子にデレデレしてるのはどうかと思うのよ。うちの部署、女子率高いじゃない? しょっちゅうつまんない用事で来ては女子と話し込んでいくのよねえ」

 

斎賀「うん、俺もそれはいつも注意してるんだ」

 

三宅「私にも声かけてきてたんだから、あの子。『三宅さんのしっかりしてるとこ尊敬します、頼れる女性って好きです』なーんて言ってお食事に誘われたのよ。しっかり断っといたけど」

 

斎賀「(若干不機嫌になって)ふーん」

 

三宅「ほんっとに見境ないのよねえ。底が浅いって言うか、なんか下手な鉄砲数うちゃ当たるって考えてるのが見え見え」

 

斎賀「(不機嫌そうに、歯切れ悪く)……いや、ほら、彼はちょっと不幸な家庭環境だったみたいだし、もうちょっと好意的に見てやってもいいかなとは思う」

 

三宅「あなたもさ、同僚としても迷惑かけられてるんでしょ? ほんと、困った子よね」

 

斎賀「(やや機嫌悪そうに弁護して)いや、困ってないって言うか……ムードメーカーで楽しく仕事させてもらってるって言うか、……鳥辺くんはたまーにとんでもないところから飛び込みで契約とってくるし、うん……彼は悪くないよ、うん、全然。トリッキーだけど優秀社員かもしれない」

 

三宅「何弁護してんの? 恋敵なんでしょ?」

 

斎賀「何の話だ?」

 

三宅「佳史、田中さん狙ってんでしょ?」

 

斎賀「まさか」

 

三宅「あなた、私に魅力を感じないって言って盛大に振ったわよね。私と正反対のあの子ならタイプなんじゃないの?」

 

斎賀「いや、全くタイプじゃない。むしろ巨乳をひけらかして俺の鳥辺くんに愛想振りまくのはやめてほしい。迷惑だ。今日はそれを君に言いたくて呼び出した」

 

三宅「待って? 今、俺のって言った?」

 

斎賀「俺の部署の、って意味だ」

 

三宅「ふーん……うちの田中さんはいい子よ? 胸をひけらかしたりなんかしてないわ」

 

斎賀「鳥辺くんにニコニコしてる時点でよくない。彼には変に期待を持たさない方がいいんだ。言い寄っていく先がなくなれば、たぶん悪癖も治まる……」

 

三宅「浮気されてる依存体質の女子みたいなこと言うわね。目がマジになってるわよ?」

 

斎賀「だって……毎日が不毛なんだ……俺の目の前でさ……鳥辺くんが……」

 

鳥辺「(不審そうに)僕が、どうかしましたか?」

 

斎賀「へっ? (振り向いて慌てた状態で)えっ?! と、鳥辺くん?!」

 

三宅「あら、鳥辺くん、こんばんは」

 

鳥辺「あっ三宅さん、こんばんは! 奇遇ですねー、もしかして斎賀さんとデートですか?」

 

斎賀「違う! 全然違うって!」

 

鳥辺「(意味深ににやにやしながら)大丈夫ですよ、言いふらしたりしませんから! 斎賀さん、やりますねえ! 三宅さんって言ったら総務部の花じゃないですか」

 

斎賀「違うって言ってるだろう!」

 

鳥辺「(完全に斎賀のテンパりを無視して、しみじみと)いやあ、斎賀さんにも春がきたんですねえ。いつも僕を構ってばっかりで浮いた噂一つなかったんで、僕斎賀さんのこと心配してたんですよー」

 

斎賀「(素で怒鳴って)違うって!!」

 

(奇妙な間)

 

三宅「(沈黙を破るように)あ、鳥辺くんはこの店によく来るの?」

 

鳥辺「今日は、こないだ委託契約とったとこの人に連れてきてもらったんですよ。ほら、あそこで手を振ってるおじいちゃん」

 

三宅「あっ……あれ、上岡コーポレーションの会長さんじゃ……」

 

鳥辺「あ、そうです。あの人、おじいちゃんって呼んで肩揉んだり愚痴聞いたりすると喜んでほいほいハンコついてくれるんですよ。時々こうしていろんな店でご馳走してくれるし……本来、うちが接待しなきゃいけないと思うんですけどねえ。ラッキーって感じです」

 

三宅「そうなんだ……私、あなたのこと昼行燈だと思ってたわ」

 

鳥辺「(笑って)実際昼行燈ですよ。あ、おじいちゃんが呼んでるんで、じゃあ!(にやっと笑って)斎賀さんも三宅さんも、楽しい夜を過ごしてくださいね!」

 

三宅「(鳥辺が去ったあと、感心したように)へえ、鳥辺くん、変なとこで営業の才能があるのねえ」

 

斎賀「…………あああ」

 

三宅「どうしたの?」

 

斎賀「誤解……誤解された……絶対来そうにない店選んだのに」

 

三宅「大した誤解でもないでしょ」

 

斎賀「何も知らないくせに適当なこと言うなよ!」

 

三宅「何怒ってるの?」

 

斎賀「ああ、鳥辺くんに何て言ったら信じてもらえるだろう……」

 

三宅「(間。ひらめいた風で)……あなた、もしかして、……あなたが見てたのは田中さんじゃなくて……鳥辺くん?」

 

斎賀「(肯定するでも否定するでもなく、かすかに)……うぅ」

 

三宅「佳史って、そっちの人だったの?!」

 

斎賀「(呟くように)たまたまなんだ。ほんとうにたまたま、それが男だったってだけで……」

 

三宅「ふーん……(ふざけるように)鳥辺くんは女の子大好きっこだしぃ? 片思いってやつぅ? ザマァないわね、おっきのどくぅ!」

 

斎賀「(唇を噛む)」

 

三宅「まあ、私も大人だし、誰かに言おうなんて思わないけどさ。でも、私をあんなふうに大恥かかせて振りとばしたんだから、私がいい気味って思うのは仕方ないと思わない?」

 

斎賀「(自分の過ちを認めるように、消え入るように)それは、……もっともだと思う」

 

三宅「あははははは、すっきりしたわ! ねえ、一つだけ聞いてもいい?」

 

斎賀「何だよ」

 

三宅「佳史って、受け? それとも攻め?」

Ⅳ. M・B・M ――ミラー・バーディ・ミラード

 

 

SE:グラスの氷がカランと鳴る音

 

鳥辺「スマホ届けただけなのに、部屋飲みさせてもらってすみません」

 

斎賀「いいって。明日休みだし、(おずおずと)……鳥辺くんと二人で飲むの、楽しいし」

 

鳥辺「いやあ、ほんとは、斎賀さんのスマホ、三宅さんに届けてもらおうと思ったんですけど、断られちゃって……」

 

斎賀「は? 君のデスクに置き忘れたのに、なんで三宅?」

 

鳥辺「だって仲いいでしょ」

 

斎賀「(遮って)悪かないけど、単なる同期。サシ飲みするほどじゃないって。この間はちょっと仕事の話してただけだし」 

 

鳥辺「お似合いなのになあ」

 

斎賀「似合うかどうかは俺が決めることだろ」

 

鳥辺「そうですけど……あ、このサーモン、美味しい」

 

斎賀「君、魚介系好きだったよね」

 

鳥辺「好きですけど……なんで男の一人暮らしの部屋飲みで、サーモンとかタコのサラダとかムール貝とかがさらっとつまみに出てくるんですか」

 

斎賀「来客用に冷凍のをストックしてるだけだよ。大げさだって」

 

鳥辺「斎賀さんって料理する人でしたっけ」

 

斎賀「料理、少しはできたほうがいいなって思って、最近レシピサイトとか見てるんだ」

 

鳥辺「斎賀さんってそういうの無縁だと思ってました」

 

斎賀「そりゃあ……(尻すぼみに、だんだん自信をなくしていく口調で)料理できる方が……好かれるかな、とか……思って……君、家庭的なタイプ、好きだろ」

 

SE、BGMを突然切って、次の台詞に光芒感のある効果音を被せる

 

鳥辺「あ、好きです」※お好みで、エコー加工

 

斎賀「好き……?」

 

鳥辺「はい、大好きですよ」※お好みでエコー加工

 

SE:光芒感のある効果音をフェイドアウト、無音の間。

 

鳥辺「え? どうかしました? なんで固まってるんですか? 家庭的な人が好きなのっていけませんか?!」

 

斎賀「(遮って、震える声で)ちょっと黙って……余韻が消えちゃうから……」

 

鳥辺「え?  余韻? あれ?! ……え? なんで涙?! なんか目に入ったんですか?」

 

SE、BGMをフェイドインで再開

 

斎賀「(鼻をすんっとやって)何でもない……ちょっと目になんか入って……」

 

鳥辺「そうなんですか」

 

斎賀「うん……」

 

鳥辺「(ため息)僕もなんか、便乗して目にゴミが入った気分です……(ため息)」

 

斎賀「え? なに? どうした?」

 

鳥辺「どうして女子って、クリスマスの話すると冷たくなるんでしょうね」

 

斎賀「え?」

 

鳥辺「社内の女の子と楽しく世間話してても、僕が今年のクリスマスの予定を聞くと、途端によそよそしくなるんですよ……『予定あるから』って冷ややかーに言われちゃうんです」

 

斎賀「(不機嫌に)へえ」

 

鳥辺「それまですっごく楽しく話してたのにですよ? 新しくできたスイーツの店とかの話にはノリッノリだったのに」

 

斎賀「(不機嫌に)で?」

 

鳥辺「……今年も全敗ですよ」

 

斎賀「(機嫌悪く)そうだろうよ。君さあ、仕事場で女漁り過ぎて、悪い意味で女子にマークされてるんだよ。いい加減に気づけって」

 

鳥辺「えー女の子のいいところを褒めて食事に誘ってるだけなのに」

 

斎賀「就業時間中の女子との私語を慎め」

 

鳥辺「男とならいいんですか」

 

斎賀「まあ、業務に影響をきたさない程度なら……俺はつきあってもいいけど?」

 

鳥辺「何で女子だけダメなんですか……」

 

斎賀「すぐ口説くだろうが。君、職場の風紀を乱してるっていうの自覚しろよ。去年のクリスマスだって、俺を誘っておきながらちょっと目を離すとナンパ始めるし」

 

鳥辺「えー、もう一年経つのにまだ言うんですかぁ?」

 

斎賀「誰かれかまわず声かけるって、ビョーキじゃないのか」

 

鳥辺「その辺は大丈夫です、ビョーキは持ってません」

 

斎賀「君が言うと全部下半身のビョーキに聞こえるよ。ビッチに引っ掛かりまくりだったみたいだし」

 

鳥辺「僕の彼女たちをビッチ呼ばわりしないでください」

 

斎賀「元・彼女たちだろ」

 

鳥辺「そりゃあ、ちょっとしたすれ違いでうまくいきませんでしたけど、僕は全員本気だったんですから」

 

斎賀「(ため息)」

 

鳥辺「幸せな家庭を築きたいって思ったっていいじゃないですか。帰ったら明かりがついてたり、ご飯作って待っててくれたり、……あ、もちろん、彼女の帰りが遅いときは僕がご飯作って待ちますよ?」

 

斎賀「それくらい、俺もできるけど」

 

SE:斎賀の台詞に被せて、無神経にポットからお湯を注ぐ音

 

鳥辺「お茶割りどうぞ! 梅干し入れたらおいしいんですけどねー」

 

斎賀「……う……うん、ありがとう。梅干し買っとくよ」

 

間。

BGMやジングルなどで時間経過を表現

 

斎賀「鳥辺くん」

 

鳥辺「(この台詞以降、少々酔っぱらって陽気に)何ですか」

 

斎賀「泊まってく……だろ」

 

鳥辺「え、いいんですか」

 

斎賀「うん。結構飲んだろ? 危なっかしいし」

 

鳥辺「すみません、一晩ご厄介になります」

 

斎賀「厄介じゃないよ、俺が誘ったんだから」

 

鳥辺「斎賀さんって気配りの人ですよねえ」

 

斎賀「誰にでもってわけじゃない」

 

鳥辺「あははは、スパダリって斎賀さんみたいなのを言うんだろうなあ。でも僕のデスクにスマホ忘れたりするし、意外と天然ですよね」

 

斎賀「……う、うっかり置き忘れちゃってさ……ははは」

 

鳥辺「あーあ三宅さん、斎賀さんとお泊まりするチャンス逃しちゃったんだなあ」

 

斎賀「三宅の話はするな」

 

鳥辺「(楽しそうに)三宅さんの名前出すと斎賀さんめちゃくちゃ焦りますよね」

 

斎賀「(少しキレ気味に)三宅の話はするなって! 俺は、他に好きなやつがいるんだよ! 三年間、振り向かせたくてじたばたしてるんだよ!」

 

鳥辺「えっ? 三年っていうと、僕が配属された頃ですよね?」

 

斎賀「(キレ加減に)そうだよ!」

 

鳥辺「あの、前に言ってた片想いの人のことですか?」

 

斎賀「そうだよ!」

 

鳥辺「えー……まだ引きずってたんですかー? 斎賀さんそろそろ他当たった方が……」 

 

斎賀「(遮って)言いたいことはわかるよ。俺だって、自分がおかしくなったのかと思ったし、バカバカしいよ。だけど毎日毎日、相手が目の前をうろうろするから……」

 

鳥辺「(遮って)毎日? 目の前をうろうろ? 最近も?」

 

斎賀「……うん」

 

鳥辺「もしかして、社内の人ですか? 僕、その人と会ったことあります?」

 

斎賀「会ったことはないと思う……これからもたぶん会わない」

 

鳥辺「……斎賀さんでも落とせない人って、どんな人だろうなあ。危なっかしくて目が離せない人って言ってましたよね」

 

斎賀「ずっとそばで見ていたい」

 

鳥辺「あははははははは、斎賀さん可愛いですね! 純情って感じで」

 

斎賀「(しみじみと)可愛い……可愛いかぁ……可愛い、ねえ……」

 

鳥辺「斎賀さんがそこまでベタ惚れする人って誰だろう、会ってみたいなあ……ぶっちゃけ、誰なんですか」

 

斎賀「秘密」

 

鳥辺「えー? 誰にも言いませんから教えてくださいよー。斎賀さんの好きな人だって知らずに口説いちゃうかもしれないじゃないですかー」

 

SE:物入れから何か取り出して置く音

 

斎賀「そんなに会いたきゃこれでも見てろ」

 

鳥辺「え、鏡? なんで? ……あー、あごにソースついてた。ありがとうございます」

 

斎賀「……どういたしまして」

​Ⅴ. R・S・R ――ラッシュ・サマー・ラッシュ

場:総務部のオフィス

SE:オフィスの退勤時のざわめき

 

鳥辺「三宅さーん!」

 

SE:早足で近寄る音

 

三宅「どうしたの鳥辺くん」

 

鳥辺「この間商店街の福引きで、温泉旅館一泊のペアチケット当てたんです!」

 

三宅「(冷ややかに)あらおめでとう。それがどうかした?」

 

鳥辺「使用期限が今月までなんですよ。今週末、よかったら僕と一緒に行きません?」

 

三宅「行かない。なんで私を誘うのよ」

 

鳥辺「だって……いつもお世話になってますし、お礼にって」

 

三宅「(被せて)田中さんは誘わなかったの?」

 

鳥辺「いや、あのー、それはですね」

 

三宅「(被せて笑って)田中さんに断られたから私のとこに話を持ってきたんでしょ」

 

鳥辺「あはは……ばれてました?」

 

三宅「あはは、じゃないわよ。馬鹿にしてるにもほどがあるでしょ?」

 

鳥辺「(神妙に)……すみません」

 

三宅「そういう無神経さ、なんとかしなさいね。そんな風だから女子社員はみーんなあなたのこと相手しなくなったの、まだわかんないの?」

 

鳥辺「え? そんなことになってるんですか?!」

 

三宅「あなた、誰でも構わず口説いてるでしょ。そんな人とつきあいたい娘こなんていないわよ」

 

鳥辺「つきあってくれさえすれば僕は彼女一筋ですよ。金遣いが荒いとか、すぐ殴るとか、浮気したりとか、そういうんじゃなかったら大歓迎です……っていうか、なんか暑くありません? 総務部のエアコン、壊れてるんですか?」

 

三宅「そうなのよ、明日には新しいのに取り換えてもらえるみたいなんだけど。ほら、皆ラフなかっこしてるでしょ」

 

鳥辺「部長も課長も、ネクタイまでとっちゃって販促の団扇ぱたぱたやってますね」

 

三宅「背に腹は代えられないわよ」

 

鳥辺「ですよねえ。僕もちょっとネクタイ緩めていいですか」

 

SE:ネクタイを緩め、襟元を少しくつろげる程度の小さな衣擦れ

 

三宅「あっ!」

 

鳥辺「どうしたんですか?」

 

三宅「(小声で)あなた、襟足!」

 

鳥辺「襟んとこがどうかしました?」

 

三宅「(小声で叱って)赤くなってるわ!」

 

鳥辺「え? ケガでもしたのかな」

 

三宅「いいから、シャツのボタンを一番上まで留めて!」

 

鳥辺「えー、暑いのに」

 

三宅「そんなの公衆の面前に曝さないでよね! 破廉恥でしょう!」

 

鳥辺「(心底不思議そうに)僕、なんかしました?」

 

三宅「心当たりないの?」

 

鳥辺「ごめんなさい、何のことだかさっぱり」

 

三宅「(深いため息、呆れたように)襟足のとこに赤い虫刺されみたいな痕があるのよ……昨晩はお楽しみだったんじゃないの?」

 

鳥辺「昨晩? (楽しそうに)ああ、斎賀さんと宅飲みしました! 斎賀さんがいいポン酒あるからって誘ってくれて、そのまま泊めてもらったんですよ。今朝起きたらパン1で……(笑ってから、首筋をさすって)何かにかぶれたのかな」

 

三宅「(呆れて)ああー……あいつ何やってんだか」

 

鳥辺「あ、それか、このワイシャツ、斎賀さんが着て行けって貸してくれたんで、洗剤が合わなくて発疹が出たとか……」

 

三宅「彼シャツ……べたなことやっとるわー」

 

鳥辺「え?」

 

三宅「ああ、なんでもないの、独り言よ。ところで、その温泉のチケット、なかなか引っ掛かんない女子を追いかけ回すより、もっといいことに使ったら?」

 

鳥辺「いいこと?」

 

三宅「例えば、日頃から迷惑ばっかりかけてるとか、いつもいろいろお世話になってる人とかにプレゼントするとか」

 

鳥辺「だからこうして誘ってるじゃないですか」

 

三宅「あのねぇ、私よりもずーっと鳥辺君を気にかけて大事にしてくれてる人、いるでしょ? 女子とか男子とか関係なく、身近な人に日頃の感謝を伝えるのって大事よ」

 

鳥辺「身近な人……?」

 

三宅「そうね、斎賀さんとかどう? いつも迷惑ばっかりかけてるんじゃないの? たまにはがっつりお礼でもしてみたらいいじゃない」

 

鳥辺「あ、そうか!」

 

三宅「喜ぶわよ、絶対」

 

鳥辺「斎賀さん好きな人がいるって言ってたんでペアチケット渡して、二人で行ってきてくださいって言ったら喜びますね!」

 

三宅「うーん、斎賀さんは鳥辺くんを誘うと思うけど?」

 

鳥辺「え……なんで?」

 

三宅「えーと、仲良しさんだから」

 

鳥辺「いくら仲良しって言っても、斎賀さんは片思いのお相手を優先すると思いますよ?」

 

三宅「あー、そこんとこは深く考えない方がいいわ。とにかく、私は忙しいの、もうこれ以上あなたの相手はしてらんないわ。あっちに行って。仕事の邪魔」

 

鳥辺「いいことを教えてくださってありがとうございました! このお礼は後で必ず」

 

三宅「(ちくっと良心の呵責を滲ませて)お礼なんかいいけど……ただ、あなた、自分を大切にしなさいよ? いやなことはいやだってはっきり言わないとだめよ?」

 

鳥辺「(不思議そうに)どうしたんですか、急に」

 

三宅「……いいの、なんでもないわ。さ、邪魔だっていってるでしょ! とっとと自分の巣に戻んなさい!」

 

鳥辺「(明るく)はいっ」

 

SE:遠ざかるビジネスシューズの足音

 

三宅「(独り言)やれやれだわ。佳史、貸しを作っといたわよ」


 

場:営業部のオフィス

SE:近づいてくるビジネスシューズの足音


 

斎賀「(苦々しげに)鳥辺君、どこ行ってたんだ」

 

鳥辺「総務部です」

 

斎賀「だろうな。暑苦しい顔して」

 

鳥辺「斎賀さん、ちょっといいですか」

 

斎賀「なんだ」

 

鳥辺「今週末、空いてます?」

 

斎賀「事情によっては空けるけど。何か用事?」

 

鳥辺「今月末まで使える温泉宿のペアチケットがあるんですけど、行きませんか」

 

斎賀「温泉? この暑い時期に?」

 

鳥辺「夏の温泉、嫌いですか?」

 

斎賀「いやっ! 失言だった! オールシーズン、温泉は大好きだよ」

 

鳥辺「よかった! これ、日頃お世話になってる斎賀さんへ感謝の気持ちを込めて贈呈しますんで、斎賀さんが好きな人誘ってください」

 

斎賀「(呟いて)温泉……泊まり……旅行……非日常……浴衣姿……大浴場……(間をおいて震える声で)鳥辺くん」

 

鳥辺「はい」

 

斎賀「(はしゃぐ気持ちを抑えて若干高圧的に)俺と一緒に温泉に行こう」

 

鳥辺「昨日も宅飲みしたのに…… 野郎と行って楽しいですか?」

 

斎賀「楽しいよ」

 

鳥辺「僕、斎賀さんと片思いの人が行けばいいと思うんですけど」

 

斎賀「俺は鳥辺くんと行きたい」

 

鳥辺「(呆れたように)斎賀さん、相手の人にまだ告ってないんですよね? 逃げてたらいつまでもいい仲になれませんよ? 誘わなきゃ」

 

斎賀「つべこべ言わず、一緒に来ればいいんだよ!」

 

鳥辺「まあ、斎賀さんがそれでいいなら一緒に行きますけど」

 

 

​Ⅵ. N・O・N ――ノット・オーダリー・ナイトフォール

 

場:温泉旅館の廊下、大浴場から部屋へ戻る途中

SE:全編通じて小川のせせらぎ音と鹿威しの音を流す。ただし、在室のシーンは音量を控えめに。旅館をスリッパまたは草履で歩く音

 

鳥辺「大丈夫ですかー、斎賀さん」

 

斎賀「(鼻を押さえているので、ここからずっと鼻声で)……うん」

 

鳥辺「もうすぐお部屋ですからねー」

 

斎賀「うう……ごめん」

 

鳥辺「肩貸すくらいお安い御用ですよ。よいしょっと」

 

SE:旅館の部屋の扉を開けて入る音

 

鳥辺「あ、もうお布団敷いてありますね。ちょっと横になるといいですよ」

 

SE:どさっと布団に倒れ込む音、その傍らに座る音

 

鳥辺「斎賀さん、顔真っ青ですよ。はい、これで首と脇冷やして、氷握ってください。扇風機もつけますね」

 

斎賀「うん」

 

SE:扇風機の音

 

鳥辺「アイスバッグまで届けてくれて、仲居さんほんと親切ですね。ご飯もおいしかったし、アットホームっていうか、心づかいの宿っていうか」

 

斎賀「……迷惑かけちゃってほんとに情けない……」

 

鳥辺「脱衣場で鼻血出すんでびっくりしましたよ。のぼせたんでしょうね。やっぱり飲んだ後の長風呂はだめですよ」

 

斎賀「君だって同じなのに……なんでけろっとしてるんだ」

 

鳥辺「んー、いろいろと鈍感だからですかね?」

 

斎賀「君の鈍感は度が過ぎてるよ」

 

鳥辺「(屈託なく笑う)」

 

斎賀「鳥辺くんってカラスの行水のイメージだったのに、あんなに長風呂すると思ってなかった。うちでシャワー借りたときはすごく早かっただろ」

 

鳥辺「シャワーって時間かかんないでしょ」

 

斎賀「そうだけど」

 

鳥辺「僕、温泉なんてめったに来ないんで、成分をしっかり吸収しようと思って長風呂してたんですよ。斎賀さんまでつきあわなくてよかったのに」

 

斎賀「……俺がつきあいたかったんだよ」

 

鳥辺「のぼせて寝込んじゃったらこの後のお楽しみがおじゃんになるのに」

 

斎賀「……!」

 

SE:畳の上にぱたたっと血が落ちる音

 

鳥辺「あっ! まだ鼻血止まってなかったんですね。もう、しっかり押さえててくださいよ」

 

斎賀「あ、あのっ、鳥辺くん、お楽しみっていうのは」

 

鳥辺「(照れ笑いして)そりゃ、夜のお楽しみといったらあれしかないじゃないですか」

 

斎賀「(間をおいて、固唾を飲んでから)……俺、その……そのつもりはなかったって言ったら噓になるけど……心とか、体の準備とかもできてないし……(気弱そうに)でも、君が望むなら応えようと思う」

 

鳥辺「(被せて、しれっと)鼻血出してちゃ無理だと思いますよ。安静にしててください」

 

斎賀「鼻血なんてすぐ止まるよ。……だけど、その、やっぱり初めてだし、優しく……」

 

鳥辺「(被せて、すごく得意そうに)ここ、混浴露天風呂があるんです。斎賀さん、知ってました?」

 

斎賀「……は?」

 

鳥辺「混浴ですよ、混浴! 僕、混浴風呂って入ったことないんですよ。なんか、ときめきません? 温泉ならではの最高のお楽しみじゃないですか?」

 

斎賀「は?」

 

鳥辺「(楽しそうに)行きずりの女子と嬉し恥ずかし裸のつきあいですよ? ここの温泉、濁り湯なんで見えないのがちょっと残念ですけど、それでも気分ぶち上りますよね?」

 

斎賀「(トーンダウンして)いや全然」

 

鳥辺「もー、斎賀さん、男に生まれたからにはいっぺんくらい混浴で女子と語らってみたいとか思わないんですか」

 

斎賀「全っ然」

 

鳥辺「斎賀さんは片思いの人に操立ててるから興味ないんでしょうけど、僕は行きますからね!」

 

斎賀「風呂はさっき入ったろ?」

 

鳥辺「僕はこの一泊で最低四回は入るつもりですから」

 

斎賀「混浴風呂なら入ったことあるけどそんな大したもんじゃないって。行かない方がいい」

 

鳥辺「斎賀さん、経験者のくせにそうやって未経験者をブロックするようなこと言うのって狡《こす》くないですか」

 

斎賀「だいたい混浴風呂に入ってくる女は男連れか女捨ててるかとんでもない地雷だよ」

 

鳥辺「いいんです、何事も経験です! 経験さえできればいいんです」

 

斎賀「……俺がこんなに行くなっていうのに行くんだ」

 

鳥辺「ごめんなさい。男には火傷するとわかっていても火遊びしたいときがあるんです」

 

斎賀「なにを言ってるんだ。火傷は痕が残るからやめろ」

 

鳥辺「安静にして待っててくださいね! じゃあ後で!」

 

斎賀「鳥辺くん、待ちなさい! 鳥辺くん!」

 

SE:旅館の部屋の扉を開けて出ていく音

 

斎賀「(しばらく間を置いてから独白)俺、何やってんだろう……(間をおいて、大きくため息をついて)俺、あいつがあんな奴だってよくよくわかってる。これからもあいつは多分変わらない。俺が好かれる日なんて絶対来ない。ああ、でも、さっき鳥辺くんのカラダ見たときはヤバかった……脳のブレーカーが落ちる音、初めて聞いた……鼻血が出てラッキーだったかもしれない、俺の下半身からみんなの視線が逸れたからな……。こうやって思い出しただけでもヤバい。変態か、俺は変態なのか。何なんだろう、俺のこの感情。これが切ないってやつか……でももっと濁ったもののような気もする。ああ、目からゲロが出そう……つか出てる」

 

SE:旅館の部屋の扉を開けて入る音

 

鳥辺「(元気なく)ただいま」

 

斎賀「(ちょっと鼻をすすり、動揺しながら)……お帰り。早かったね」

 

鳥辺「はい……先客がいて」

 

斎賀「先客? 男?」

 

鳥辺「いや、それがすごくきれいなおねえさんで」

 

斎賀「(声が裏返りかけて)よかったじゃないか」

 

鳥辺「先に岩風呂ちょっと確認してから、ラッキーと思って脱ごうとしたところにガタイのいいおじさんが来て……多分おねえさんの連れだと思うんですけど、……僕にガン飛ばしてから、さっと脱いだんです」

 

斎賀「うん、それで」

 

鳥辺「そのおじさんの背中に、すごく鮮やかな唐獅子牡丹が」

 

斎賀「えっ」

 

鳥辺「で、急いで引き返してきました」

 

斎賀「君にしちゃ賢明だ。変に絡まれなくてよかったよ」

 

鳥辺「がっかりですよ、もう……あー、もう寝よっかなー」

 

SE:布団に寝転がる音

 

斎賀「よしよし、ちゃんと状況判断できてえらいえらい。頭ナデナデしてやろう」

 

鳥辺「斎賀さん、僕はいい大人なんですけど」

 

斎賀「混浴に憧れる時点でいい大人とは思わない。嫌だったらやめる」

 

鳥辺「あ、嫌じゃないです。こうやって撫でてもらってると、意外といいなって思って自分でもびっくりです」

 

斎賀「いいなって?」

 

鳥辺「子どもの時のこと思い出して……」

 

斎賀「そうか」

 

鳥辺「斎賀さんって、僕によくしてくれるでしょう? 仕事でもこうやってプライベートでもいろいろつきあってくれるし、よく叱るけど優しいし……こんなに一緒にいて落ち着ける人、他にいませんよ。(間をおいてしみじみと)……斎賀さん、あの、こういうこと言うと気持ち悪いと思われるかもしれませんけど……」

 

斎賀「え、何? 気持ち悪いとか思わないから言ってみ」

 

鳥辺「あのー、斎賀さんとこうしてると、家族っぽいっていうか、安心するっていうか……なんか、兄がいたらこんな感じかなって思うことがあります」

 

斎賀「兄」

 

鳥辺「斎賀さんみたいに仕事ができてシュッとしたイケメンが兄だったら僕すごく自慢してたのになぁ……あれ? どうしました? やっぱり馴れ馴れしすぎました?」

 

斎賀「いや、うーん、えっと……いいことを考え付いた。いや、前から考えてたことなんだけど」

鳥辺「なんですか?」

斎賀「鳥辺くん、一緒に住もう」

鳥辺「は?」

 

斎賀「君は俺を親しく思っているようだし、俺と住めば家賃も浮くだろう? 人妻とつきあったのが旦那にばれて慰謝料で貯金ゼロのくせに」

 

鳥辺「だって既婚者だって最初知らなかったし……って、何で知ってるんですか?!」

 

斎賀「この間、酔っぱらって自分で言ってたじゃないか。社宅の家賃を天引きされるのすらつらいから彼女作って部屋に転がり込みたいって」

 

鳥辺「……他人の口から聞くと、僕って最低ですね」

 

斎賀「うん、そうだな」

鳥辺「こんな最低なやつに、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

斎賀「ほっとけないから」

Ⅶ. T・F・T ――ザ・ファースト・キッチン

SE:調理の音、天ぷらを揚げる音。適宜、食器の音を入れる

 

斎賀「悪いね。引っ越し早々食事作ってもらって」

 

鳥辺「今日から居候としてお世話になるので、せめてこれくらいはと思って。引っ越しの日はそばを食べるものでしょう? だからかき揚げの天ざるです」

 

斎賀「かき揚げって家庭で作れるものなんだ」

 

鳥辺「昔うどん屋でバイトして教えてもらったんです」

 

斎賀「へえ、道理で。この蕎麦もすごいな、化粧箱入りだ」

 

鳥辺「三宅さんにもらったんです」

 

斎賀「えっ」

 

鳥辺「ええ、引っ越し祝いにって」

 

斎賀「(ウザそうに)ええ? 三宅に引っ越しのこと言ったの?」

 

鳥辺「はい。総務部で社宅の解約手続きをしてた時にたまたま会っちゃって。あ、それと三宅さんから伝言預かってました」

 

斎賀「なんて?」

 

鳥辺「『がんばれ』だそうです」

 

斎賀「(ウザそうに)うるさいんだよ」

 

鳥辺「……え?」

 

斎賀「ごめん、君じゃないんだ。 三宅がウザくてさ、つい……(間をおいて)三宅、なんか君に変なこと言ったりしたりしなかった?」

 

鳥辺「特に何も聞いてません」

 

斎賀「ならいいけど」

 

鳥辺「三宅さん、いい人ですけどね? 鶏と玉ねぎのかき揚げ、揚がりました。次はハムとじゃがいもと人参いきますよー。残り物のくず野菜でできるからかき揚げってほんと便利で、これ僕んちの冷蔵庫の野菜室の底から出てきたやつで刻んでぱぱっと……(何かに気づいたように)あ、調子にのりました。ごめんなさい」

 

斎賀「え? 何で謝るの?」

 

鳥辺「くず野菜料理なんかを家主さんに振舞って」

 

斎賀「いやいやいやいや! 俺、そういうの好きだよ」

 

鳥辺「僕が作るのってなんか貧相で……斎賀さんが作って僕に食べさせてくれたのって、なんかすごいのばっかりだったのに」

 

斎賀「あれは君がお客様だったからで、俺が毎日毎日銘柄牛とか車エビとか食ってるわけじゃないって。インスタント麺とかコンビニ飯で済ますことも多いし、普段は普通の家庭料理が食べたいよ」

 

鳥辺「お気遣い痛み入ります」

 

斎賀「気なんか遣ってないよ」

 

鳥辺「斎賀さんって何でもできるから、自分でやったほうがうまくできるって思われてる気がしてたんです」

 

斎賀「考えすぎだよ」

 

鳥辺「今までは客として来てましたけど、こんないい部屋にタダで住ませてもらうからにはできる範囲で料理とか掃除とか担当しますから」

 

斎賀「客から同居人になった途端気を遣いだすって、普通は逆だろう」

 

鳥辺「客だったときは追い出されても帰る部屋がありましたけど、これからはそうもいかないので……」

 

斎賀「今までみたいにリラックスしていいのに」

 

鳥辺「いえ、今日から僕はごく潰しの居候ですから……あ、お皿出してもらってもいいですか」

 

斎賀「これでいい?」

 

鳥辺「斎賀さんちって食器まで洒落てますよね。割らないように気をつけないと」

 

斎賀「……あのさ、あんまり無理しなくていいよ。君、俺と同じ部署だし忙しいのは一緒じゃないか。今までもルームクリーニングサービスとかケータリングとか利用してたし、根は詰めなくていいから」

 

鳥辺「外注してたらお金かかるでしょ」

 

斎賀「毎月のインセンティブで十分賄えるって」

 

鳥辺「仕事ができる人はいいなー」

 

斎賀「君にも多少ついてるはずだけど。貯めても貯めても女性問題で全部溶けるんだろう?」

 

鳥辺「勘弁してください、耳が痛いです」

 

斎賀「君がまともな生活を送れるように俺が見張ってやるから覚悟しろ」

 

鳥辺「えー、見張るんですか?」

 

斎賀「まあ、家主としての権限内でね」

 

鳥辺「じゃあ、家主さんに一つ聞きたいんですけど」

 

斎賀「ん?」

 

鳥辺「女の子連れ込んだらダメですか」

 

斎賀「ダメ」

 

鳥辺「ですよねー……って、そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですかー。冗談ですって」

 

斎賀「君の色恋沙汰の冗談は冗談で済まないときが多々あるから」

 

鳥辺「僕は普通に一生連れ添える人を探してるだけなんですけどね。あ、かき揚げこれで全部なんで、テーブルにお願いします」

 

斎賀「ちょっと味見していい?」

 

鳥辺「はい、あーん」

 

斎賀「……あーん。(サクサク食べて飲み込んで)うん、うまい」

 

鳥辺「斎賀さんがマジであーんすると思わなかった……」

 

斎賀「えっ、だって君があーんって言うから」

 

鳥辺「すみません、まさかこんな冗談につきあってくれると思わなくて」

 

斎賀「俺も君がこういう新婚みたいな冗談をかましてくるとは思わなかったよ」

 

鳥辺「(笑って)新婚……!」

 

斎賀「(間をおいて、ちょっと咳払いして)……鳥辺くん、君さあ、そういうの俺以外にやったり言ったりしちゃダメだからね」

 

鳥辺「わかってますって」

 

斎賀「俺はいいんだけどね、俺は。でもよその人間にはよくない」

 

鳥辺「つい、調子にのってしまって……すみません。(考え込むように)でも、なんか……嬉しかったんですよ」

 

斎賀「嬉しい?」

 

鳥辺「あんだけ仕事ができてシュッとしてる斎賀さんが、ぴよぴよした鳥のヒナみたいで……その落差が、何て言ったらいいのかなあ、なんか、萌えーって感じで」

 

斎賀「萌え」

 

鳥辺「萌えっていうのもちょっと違うかなー。一瞬、ヒナに餌を運ぶ鳥の気持ちになりました。でも父性愛っていうのもなんか違う気もするし……よくわからないけど、なんだか一つ垣根を越えたっていうか、今までより家族っぽくなったっていうか、そんな感じがして」

 

斎賀「垣根を越えた、か……」

 

鳥辺「気分的には犬で言えばへそ天、鳥だったら頭カキカキって感じかなあ」

 

斎賀「(ちょっとためらうように)なんか照れ臭かったけど、俺も楽しいような気はしたよ」

 

鳥辺「でしょ?」

 

斎賀「(間をおいてため息をついて)君はねえ、ほんとに、君は……何て言ったらいいんだろう……人を誑たらし込む才能を持ってるよね」

 

鳥辺「そうですか? そのわりに女性は誑し込まれてくれませんけどねー」

 

斎賀「あれだけ痛い目に遭っといてまだ言うか。ここは寺だと思え。ここに住む以上は雑念を断って清貧に甘んじ、真面目に暮らすんだ」

 

鳥辺「(笑って)寺ですかー……あー、そろそろ蕎麦もゆで上がりますよ」

 

SE:麺の湯切りの音 氷水で麺を締める音

 

鳥辺「はい、出来上がり! 茹でたて揚げたてじゃないとおいしくないので、早く座ってください」

 

SE:椅子に腰かける音

 

鳥辺「あのー、食べる前に、改めてちょっとだけご挨拶させてください。(間をおいて、神妙に)斎賀さん、これから、僕が自活できるようになるまで、よろしくお願いします」

 

斎賀「自活できるようになった後もいていいよ。こちらこそよろしく」

 

鳥辺「(嬉しそうに)では、いただきます」

 

斎賀「いただきます」

 

SE:箸を取り、そばを啜る音

 

斎賀「うまい」

 

鳥辺「よかった」

 

斎賀「こうやって二人で食事っていいもんだなあ」

 

鳥辺「これまでだってよく宅飲みしてたし、社食とか出先の定食屋とかで一緒だったりしたじゃないですか」

 

斎賀「一緒に住んでってとこが違うんだよ」

 

鳥辺「あー、そうだ、三宅さんにも蕎麦のお礼、言っといてくださいね」

 

斎賀「言わない」

 

鳥辺「何でですか」

 

斎賀「ドヤ顔されるから」

 

鳥辺「ドヤ顔なんかするんですか?」

 

斎賀「する。あいつならする」

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