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小さな森

 

*登場人物

耀弥(かがみ)・・・性別年齢任意。弱った土着神。腐っても鯛、弱っても神様、という威厳がある

直(なお)・・・20代の若者。目が見えず勘がよいこと以外、良くも悪くも普通の人。声を作らず、素で演じること。

律子(りつこ)・・・50代後半の女性。直の母親。肝っ玉母さん。

 

*演技・編集上の注意

・この作品は文芸寄りの現代ファンタジーです。

・SEはできる範囲でOK、BGMはご自由に。

・ナチュラルであることを大切に。

・ゆったりした時間の流れを重視し、ゆっくり目に演じ、間をとるように指示した部分についてはゆったり間をとること

 

*以下本文



 

SE:寒風吹く中、ガラスのはまった古い引き戸を開ける音、閉める音

石油ストーブ&やかんの音(例:https://www.youtube.com/watch?v=2RmTT68ERvo

 

直「こんにちは……いやもうこんばんは、かな」

 

耀弥「どちらでもよい。とまれ、今日も寒いのう」

 

直「半纏が手放せませんよね」

 

耀弥「今日も一人で店番かの?」

 

直「ええ、木曜日のこの時間、母は公民館に行ってますから」

 

耀弥「なんぞ異国とつくにの舞をたしなんでおるとかじゃったな?」

 

直「フラですよ。あのハワイのフラダンスのサークルの活動日なんです」

 

耀弥「夏のぼうふらを思い出してしまうのう。あれもふらふら踊る」

 

直「(笑って)一度見てみたかったです。あ、気を付けて、そこ、入荷したばっかりの本を積みっぱなしにしてるので」

 

SE:積んだ本が崩れる音

 

耀弥「申すのが遅いわ」

 

直「すみません」

 

SE:本を丁寧に積み重ねる音

 

耀弥「……目も見えぬのに、其方そなた頑張るのう」

 

直「(笑って)働かざるもの食うべからずですからね。値札シールもバーコード化してから、レジ打ちもすごく簡単になったし」

 

耀弥「ほほう」

 

直「本の扱いも、手触りとか重みとか、あと、なんか気配っていうか……勘みたいなもので何とかやれてます。この店で育ちましたからね。……目が普通に見えていたら、持てなかった感覚かもしれません」

 

耀弥「面白いものよのう……」

 

直「(間をおいて)あ、そうそう、今日も本を読みに来られたんですよね。母が帰ってくる時間までゆっくり読んでいってください」

 

耀弥「(後ろめたそうに)我は今宵も銭を持ち合わせぬが……」

 

直「いまさらでしょう。どうぞ読んでいってください」

 

SE:ストーブ音に、本のページをめくる音がしばらく混じる

 

耀弥「若者よ、なにやら、旨そうな匂いがする……」

 

直「あ、気づきました? ちょっとこっちに来ませんか。ちょうどストーブで焼いてた餅が食べごろですから」

 

耀弥「なんじゃ、餅とな?」

 

直「鏡開きで、死ぬほど餅があるんです。母が田舎ぜんざいの支度していったんで少し食べていきませんか?」

 

耀弥「……其方、給仕はできるのか」

 

直「ちょっと時間はかかりますし、盛り付けは汚いかもですけど……生まれ育ったこの家で、何がどこにあるか、どの鍋やお玉がどんなサイズでどんな重さかくらいは覚えてますからね。どうしてものときには助けてくれる福祉ボランティアさんとかいますし、生きるだけなら一人でもやっていけそうですよ」

 

耀弥「一人で……」

 

直「こういう体だと結婚もなかなか叶いませんから、一人でできることを増やさないと……母もいつまで元気かわかりませんしね。あ、こっちの、レジのカウンターに置きますね」

 

耀弥「うむ」

 

SE;パイプ椅子がガタゴトする音、木のお椀の音 箸の音

 

直「うちのぜんざいは甘さあっさりなんですけど、どうですか」

 

耀弥「うまいのう……(もう一度しみじみと)うまいのう」

 

直「お口にあってよかったです」

 

SE:箸をおく音

 

耀弥「(間をおいて、呟くように)……我がここへ来るようになってもう七十有余年じゃの」

 

直「そうなんですね」

 

耀弥「驚かぬのか」

 

直「人知で推しはかれないものもこの世にはあるんじゃないかと思うので」

 

耀弥「ははははは、其方はそこらの目明きよりも物おじせぬのう」

 

直「子どものころからのお付き合いじゃないですか」

 

耀弥「そうよのう……先代にも其方の母にも知られず本を読んでおったのに、幼い其方には見つかった。話しかけてくるゆえ、怪しまれぬよう、ここへ来るのは母御のおらぬ時のみと定めておった」

 

直「覚えてますよ。初めて会ったとき、しょっぱなから『お金がないけど本が読みたい』って宣言したでしょ? あれで度肝抜かれちゃって。それに、お金がないのは気の毒だなと思って母には黙ってました」

 

耀弥「憐れんだのか」

 

直「憐れむというより、同情……うーんそれもちょっと言葉が悪いかな」

 

耀弥「構わぬ。幼子の憐みはよきものじゃ」

 

直「言葉遣いもユニークだし、来るの楽しみにしてましたよ」

 

耀弥「我も楽しかった……我と口を利ける人間を見つけたのはしばらくぶりであったから……少し昔語りをしてもよいか」

 

直「ぜひ、聞かせてください」

 

耀弥「この辺りには小さな鎮守の森があってのう、あばらやながら社やしろもあって、神楽舞も祭りもあった。しかし先のいくさで社も氏子も燃えてしもうた」

 

直「先のいくさって?」

 

耀弥「七十有余年ほど前に終わったいくさじゃ。何もかも焼けた焦げ土の上、生き残りの民は鎮守の森の燃え残りを伐り、もう一度社を建てた。それはよいのじゃが……」

 

直「あ、もしかして、あの郵便局のかどにあるちっちゃい神社ですか」

 

耀弥「それじゃ……社には国津神の御霊分みたまわけがなされた。もともとおった土地神など門前払いじゃ」

 

直「え? ひどくないですか」

 

耀弥「我と似た名の御社があっての、そこの国津神とまぜこぜにされてしもうたのじゃ」

 

直「(納得したように、気の毒そうに)ああー……」

 

耀弥「我はしばらくさまようたのち、ここを見つけた。我にはここが小さな森に見えたのじゃ。枯れてこそおるが、木々が綾なす、かつての鎮守の森に」

 

直「はあ……本は木でできているから、ですかね?」

 

耀弥「それだけではない。鎮守の木々の気配がするのじゃ」

 

直「そういえば、ここ、戦後すぐ廃材やなんかを手当たり次第に集めて曾祖父が作ったって、祖父が言ってました。その中に端材が紛れ込んでたのかもですよ。もうほんと、風が吹くだけで揺れるようなおんぼろ古本屋ですけど、耀祢さんの拠り所になったならよかった」

 

耀弥「ほんにのう……(しばら外の風の音を味わうようなく間をおいてから、さみしそうに)今宵は、人の世の物語の読み納めにきたのじゃ」

 

直「読み納め?」

 

耀弥「虎に乗りつる童が歳神としがみとしておわし、旧き歳神は牛に乗りて去り行く。年の変わり目は旧きものが去るにはよい節目じゃ」

 

直「え? 去るって、どこかへ行っちゃうんですか?」

 

耀弥「年の終わり年の初めに幾度となく往く折はあったというのに、これまで執拗く人の世にしがみついてきた。しかし、人の世にあらば、いつの日か我は人を恨むであろう」

 

直「……人を恨みそうな気になっているんですか?」

 

耀弥「恨んではおらぬが、おそらく、我はさみしいのであろう。さみしさは恨みへと変わりやすいものじゃ」

 

直「この店に来ることで、少しは心が穏やかになりましたか?」

 

耀弥「(間をおいて、さみしそうにちょっと笑って)すこしばかりはのう」

 

直「(残念そうに)少しですか」

 

耀弥「それもまたよし。……而しこうして、このように新しき世の書に親しみ人の思いを学んだことはよきことであった。其方も、我に何事かを乞いもせず、怖おじもせず、そのまことにやさしき心根には感じ入る」

 

直「いえ、大したことじゃありませんよ」

 

耀弥「いや、いみじきことであった。さても、人と過ぐしたる年月の縁よすがに、片目を遣わす。わが能あたうこと、もはやこれまでじゃ」

 

SE:パイプ椅子から立ち上がる音(フリー音源があればでよい)。

 

直「えっ!!」

 

SE:ふいに本棚の倒れる音や本が大量に崩れてくる音をしばらく流す。

 

直「わあああああ!!!」

 

SE:本の崩れる音がやむ

 

直「えっ??……あれ?? 本が僕の上に崩れてきたのに……え? 夢?(間を開けて、ひどく驚いた様子で)あっ!!」

 

SE:引き戸が開き、寒風が吹き込む音、閉まる音

 

律子「ただいまー。あー寒かったー。あんた誰と喋ってんの? 外まで丸聞こえよ?」

 

直「(呟くように)あ……ああ……目が……右目が」

 

律子「どうしたのよ」

 

直「あっ、母さん! 右目が!」

 

律子「右目がどうしたの? 何か入ったの?」

 

直「見える!」

 

律子「えっ?! 見えるって……ええええ?!」

 

直「ちょっとだけどだけど……本当にほんのちょっとだけど、見える……見えるんだ」

 

律子「(うわずった声で)えっ?! どのくらい? どのくらい見えるの」

 

直「ほんとにぼんやりだけど、そこの柱のつぎはぎとか……かすがいが全部で6本打ってある……よね?」

 

律子「え、ええ、6本……確かに6本よ! 見えるのね?! でも、なんで急に?!」

 

直「多分、……神様のおかげ……?」

 

律子「(うわずった声で)ああああ、とにかく、眼科に行かなきゃ! 田中先生の枠で予約とらなきゃ!!」

 

直「もう夜だから明日にしたら」

 

律子「(うわずった声で)ネット予約ってものがあるのよ! とにかくね、あんた、今ちょっと見える気がしたってだけで調子に乗るとぬか喜びってこともあるんだから、今日は絶対目を使っちゃダメ! 早く寝なさい!」

 

直「母さんテンパってるなあ」

 

律子「テンパらずにいられないでしょ?! ああ、まず連絡しなきゃ……とりあえず浜松の姉さんだけでも……」(※浜松の姉さんでなくてもよい。地名・相手は任意)

 

SE:アドリブで、店の奥に駆け込んで慌てて親類へ電話をかけ出す律子の声を小さく流す

 

直「(ふと我に返ったように)あ……お礼言わなきゃ……(虚空に向かって大声で)耀弥さん、……いえ、耀弥さま! ……いますか? まだいらっしゃいますか?」

 

直「(風の音と律子のどこかへ電話をしている音以外シーンとした中で虚空へ向かい)ありがとうございました!! あなたは、目の見えない僕の大事な友人でした! またいつでも来てください!! 待っています! ずっと待っています!!」

 

律子「(電話機から耳を放して、店の奥から)今電話してんだから、静かにしなさい!!」

 

SE:ストーブとやかんの音・風でサッシが鳴る音フェイドアウト。寒空の風の音

 

耀弥「左目だけの道行きとは、なんとも心細きものじゃの……しかし、惜しゅうはない。(思い切ったように、ゆっくりと、さっぱりと)では、さ、あらばである」

 

SE:寒空の風の音フェイドアウト


 

 ――終劇。

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