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カレイドスコープの劇場

*登場人物

 

アーサー・コードウェル・・・20代前半の男性。聡明ながら気弱。そのへんにいるまじめな人のイメージ。イケボ禁止。

 

ファルカ・ヒッグス・・・20代前半の女性。女性にしては大柄な変わり者。舞台っぽい発声ができ、男声もこなせる女性演者希望。

 

マーカス・ヒッグス・・・20代前半の男性。ファルカの弟。武骨な雰囲気。筋肉質の大男。出番は第一話のみ。

 

アイリー・コードウェル・・・50代後半の女性。主人公の母。劇場の総監督。変わり者で高飛車。出番は第二話のみ。

 

キャラン・ポーレット・・・20代前半の女性。ツンデレで演技は確かな舞台女優。舞台発声ができる女性演者希望。出番は第二話と第三話末尾のみ。どこかお嬢様風に。

 

アレク・ノーラン・・・アラフォーの男性。売れないが演技は確かな舞台俳優。やや太い声希望。出番は第二話のみ。



 

*演技・編集上の注意

・作品ジャンル:19世紀英国風時代ドラマ。あくまでも英国風であり、本物の英国演劇史とはそぐわない箇所があります。

・指定していない箇所のSE・BGMは任意で。

・3話構成ですが、おそらく各部独立して制作しても、それなりに作品としては成立すると思います。

・とにかくナチュラルであることを大切に。アニメっぽさや芝居がかった演技は、指定した箇所以外はご遠慮ください。

 

*以下、本文

Ⅰ. くずもの屋でお茶を飲む

 

 

場:石畳の街路。シャーベット状のぬかるみ

SE:シャリシャリの雪を踏んで馬車が通る音、雑踏音をずっと流す。ブリキの立て看板にぶつかる音

 

アーサー「うわ、わ、わ、わあっ」

 

SE:ぬかるみで転ぶ音

 

アーサー「(間)つっめてーーー!! (間)あー、……ついてないなあ……うわ、泥だらけだよ……」

 

SE:ぬかるみで立ち上がる音 雑踏から通行人のご婦人の冷笑ガヤ

 

アーサー「(歯をカタカタ言わせながら)看板倒しちゃった、直さないと……あー、さっむー!!! 」

 

SE:倒れた看板を直す音、開閉時に鳴るベルのついたドアを開ける音

 

ファルカ「ねえ、あんた大丈夫?」

 

アーサー「(凍えた声で)あんまり、大丈夫じゃないかもです」

 

ファルカ「うちの店の看板にぶつかって転んだんでしょ、見てたわよ」

 

アーサー「(力なく笑ってごまかすように)ははは」

 

ファルカ「ちょっと入んない? 服がぐちゃぐちゃじゃない」

 

アーサー「いや、もう帰りますんで」

 

ファルカ「風邪引くよ? 貴方の家がどこかなんて知らないけど、そんな濡れ鼠じゃ帰りつく前に凍っちゃうわ、ストーブに当たっていってよ」


 

アーサー「す、すみません」

 

SE:店のドアを閉める音

 

ファルカ「ヒッグス商会へようこそ、私はファルカ・ヒッグスっていうの。こっちは弟のマーカス」

 

マーカス「……いらっしゃい(ちょっと笑って)見事にびしょびしょだな、床が泥まみれだ」

 

アーサー「(歯をカタカタ言わせながら)すみません、お邪魔します」

 

ファルカ「私たち見ての通りここでくずもの屋やってるの。他にも、お金もらってよそのお宅の壊れたとこ直したりペンキ塗ったりして暮らしてるわ」

 

アーサー「(歯をカタカタ言わせながら)あ、噂には聞いたことあります」

 

ファルカ「どうせ、ものすごい変わり者きょうだいとかいう噂でしょ?」

 

アーサー「(歯をカタカタ言わせながら、ごまかすように)あー、えーと」

 

ファルカ「否定はしないわ。変わり者なのもほんとだもの。……あ、そのドロドロの靴はそこで脱いで」

 

アーサー「あっ、はい」

 

SE:泥靴を脱ぐ音、次の台詞の内容に合わせて、室内用ドアを開け閉めする音を入れる

 

ファルカ「ほら、バスルームはこっちよ。コートとジャケットも脱いで。はい、ちょっとぬるいけどお風呂に入って。タオルとやかん、ここに置いとくから温度調整してね。お湯使ってからこのガウン着て」

 

アーサー「え……バスタブ?! 豪華ですね! 」

 

ファルカ「バスタブがあるなんてお金持ちみたいでしょ。くずもの屋はいろんな建材も手に入るのよ。さ、早くお湯つかって? 冷めちゃう」

 

アーサー「……ありがとうございます」

 

ファルカ「あ、服は残り湯でざっとすすいで、絞ってよ? 乾かしたげるから」

 

アーサー「ありがとうございます」

 

※19世紀英国は庶民の家には風呂はもちろん入浴習慣もないので、体をお湯で拭いていました。


 

SE:ドアの閉まる音、濡れた服を脱ぐ音、水音やタオルを絞る音、スリッパの足音、ドアの開閉音

 

アーサー「さっぱりしました。ありがとうございました」

 

マーカス「濡れた服はこのストーブの上のロープに干しときゃ乾く。ほら、よこしな」

 

アーサー「すみません……でも、店内に干してもいいんですか?」

 

マーカス「気にすんな。干しても干さなくてもどうってことないくらいとっ散らかってるんだからよ。それより、このストーブ、どう思う?」

 

アーサー「昔の薪ストーブですよね。田舎の台所で使われてた感じの……懐かしいなあ」

 

マーカス「いいだろ。こいつはメイフェアの居酒屋から買い付けたんだ。ガスのストーブに買い換えるんだとさ。でもこいつは俺のお気に入りなんだ」

 

アーサー「これは女王陛下でも気に入りますよ。あー、あったかーい……」

 

SE:お茶を淹れる音

 

ファルカ「うちの店、暇なのよ。ほら、立て看板に、今日はセールでお茶のサービスもつけるって書いてるのに、誰も来やしないでしょ?」

 

アーサー「今日は寒いし道も悪いからじゃないですか?」

 

ファルカ「そうだといいんだけど。はいお茶。ミルクとブランデー勝手に入れちゃったわ」

 

SE:茶器の音

 

アーサー「すみません、いただきます……(飲む音)あ゛ー、おいしい。生き返る思いです」

 

マーカス「そのカップ、ちょっと欠けてるけどロイヤルクラウンダービーなんだぜ」

 

アーサー「えっ、……ほんとだ」

 

マーカス「いいものを売ったり捨てたりする人間って案外いるんだよ」

 

SE:しばらくお茶を飲む音

 

マーカス「そろそろ芋が焼ける頃だな」

 

アーサー「え、芋?」

 

SE:鍋を開閉する音、食器の音


 

ファルカ「こうやって芋をちょっと割ってー、ここのほくほくしたとこにバターをぶち込んだらヒッグス商店のベイクドポテト完成。スコーンやビスケットよりざっかけないけど、がっつり温まるわよ」

 

アーサー「いただきます……(熱がって)あっつ……」

 

ファルカ「あはは、誰もとりゃしないからゆっくりどうぞ。(間)ところであんた、この辺に住んでんの?」

 

アーサー「あ、自己紹介が遅れてすみません。僕はアーサー・コードウェルっていいます。ブリッグス橋の西側に、ウォルターフォードっていう劇場があるの、知りません?」

 

ファルカ「知ってる。いい劇場こやだったけど、おととしオーナーが亡くなってから落ち目だって噂ね」

 

アーサー「その亡くなったオーナーが僕の父で、僕が後を継いでるんです。僕はこの間までただの学生で経営とか演劇については素人ですけど、少ない経営資金とスタッフで何とか頑張ってます」

 

マーカス「あんた、あそこの劇場主こやぬしか!」

 

ファルカ「貴方の名前、アーサー王からとったのね、劇場にぴったりの名前だわ。ごめんなさい、落ち目だなんて言って」

 

アーサー「(笑って)いいですよ、ほんとのことですから。でも、それなりに努力はしてるんです。他の流行ってる劇場にも足を運んで経営のやり方とか、どういう演目が受けるのか、どんな舞台装置があると映えるのかとかを自分なりに分析したり」

 

マーカス「フィナーレでフレンチカンカンでもやってりゃ手っ取り早く大盛況になるだろ」

 

アーサー「そういうのはうちの路線じゃないんで……」

 

ファルカ「で、今日はこの辺で何やってたの?」

 

アーサー「小道具を安く手に入れられたらと思って、こちらのお店を外から覗こうとして転びました」

 

マーカス「そういうのは、コヤ借りる劇団が準備するんじゃねーの?」

 

アーサー「最近はそういうやりかたも増えてますけど、劇場で雇っている役者さんたちをお払い箱にはできませんし、昔ながらの芝居が好きだっていうご贔屓さんもいるんですよ」

 

マーカス「劇場こや主体で役者抱えて興行すんのって時代遅れだろ。あんた若いわりに古風だな」

 

アーサー「古風な親に育てられたものですから……あ、そうだ、ちょっと聞きたいんですけど、演劇に興味のある美男子に心当たりはありませんか」

 

ファルカ「もしかして役者募集中なの?」

 

アーサー「ちょっと困ったことになってて(ため息をついて)……劇の主演俳優が足折っちゃって、代役を探してるんですよ。来月からって新聞広告まで出してるのに……とにかく女受けしそうな二枚目役なんですけど」

 

ファルカ「マーカスはどう?」

 

アーサー「(困ったように)あー……えっと……」

 

マーカス「(笑って)ははは、俺は無理だろ。優男でもねえし、店ほっぽりだせねえし。金出しゃ優男なんてすぐ集まるんじゃねーの?」

 

アーサー「正直、お金はないんです……人を雇う余裕がないから、裏方作業は僕と役者さんたちで手分けしてやってる状態で」

 

ファルカ「劇場主こやぬしさまのコートにもジャケットにも、繕ったところがいっぱいあるくらいだものね……ねえ、それって男じゃないとだめなの?」

 

アーサー「へ?」

 

ファルカ「私、主演俳優の代役なんて大それたことはできないけど、かなり有能だと思うの。大道具とか幕の上げ下げとかやってみたいわ。ミシン踏むのも得意だから衣装の方も手伝えるし。上演中に裏方の手が空いたら通行人のご婦人役くらいはやるし、死体役なんかも面白そう」

 

マーカス「姉ちゃんは人前に出るの好きだもんな」

 

アーサー「あの、面白いと思ってくださるのは嬉しいんですが……、こんなこと言うと何様って思われそうなんですけど、僕らは真剣なんです。いいものが作りたいんです。みんな、これが最後かもしれないからって」

 

マーカス「最後って?」

 

アーサー「(寂しそうに)銀行に借金があるんです。返済が滞って、あと二ヶ月の返済状況では劇場が差し押さえられることになってて……だから、こんな状況で、物見遊山感覚の未経験者は雇えません。ごめんなさい」

 

ファルカ「そうだったの……ごめんなさい、私も無神経だったわ」

 

気まずい間

 

アーサー「あ、劇場がなくなるかもって話は、秘密にしといてくださいね。うまく行けばまだ続けられるかもしれないし、有終の美を飾ったのにまだやってたりするとカッコ悪いじゃないですか」

 

マーカス「うん、わかった。誰にも言わねえよ」

 

SE:立ち上がる音

 

アーサー「……辛気臭い話をしてすみません。そろそろ帰らないと……服も乾いたみたいなので、バスルームで着替えて来ますね」

 

SE:ドアの開閉音

 

マーカス「あいつ、気分悪くしたかな」

 

ファルカ「(少しテンションを落として)……かもしれないわね」

 

SE:ドアの開閉音

 

アーサー「服がよく温まってとても快適です。ありがとうございます。では、僕はこれで」

 

ファルカ「ちょっと待って、コートはまだ生乾きだわ。こっちのコート着てって。ブラックフェィスのスコッチツイードなの、返さなくてもいいから」

 

アーサー「えっ……これ売り物でしょう? すごく高いんじゃ……」

 

ファルカ「高いって言ったってくずもの屋が売ってるレベルよ。虫食いとしみだらけだったのを私が直したの。全然わかんなくない?」

 

アーサー「ええ、すごいですね。(間。おずおずと)あのー、なんで見ず知らずの僕にこんなに親切にしてくださるんですか?」

 

ファルカ「私、小さい頃、ウォルターフォードに『ばらと指輪』を見に連れていってもらったの。すごくキラキラして楽しかった。あんたのお父さんに頭を撫でてもらって花瓶のばらを一輪もらったのよ。だからあのときのお礼っていうか……とにかく私のロマンチシズムよ」

 

マーカス「(笑って)姉ちゃんは人の話にぶわーっと感動しちゃあ店のもんをプレゼントする癖があってさ、言っても聞かないんで、まあもらって行けや」

 

SE:ぽんと肩を叩かれる音

 

アーサー「ありがとうございます。お礼に、今度招待券持ってきます!」

 

SE:店のドアを開ける音

 

ファルカ「招待券じゃなくて優待券でいいわよ。じゃあ、アーサー、気が向いたらまた遊びに来てね。お茶くらいいつでも淹れるわ」

 

マーカス「大変だけど、あんたも頑張れよぉ?」

 

アーサー「はい! ではまた、お二人ともご機嫌麗しゅう」

 

マーカス「(笑って)セリフっぽい言い回しだな」

 

アーサー「(笑って)あっ、つい、身に染み付いちゃって。じゃ、失礼します」

 

SE:ドアを閉める音、雪道を歩いて去っていく音

 

マーカス「みんな、苦労してるんだよな……で、それを見せないように頑張ってる」

 

ファルカ「うちは逆なのよね。みんな、うちのことをぼろ着てゴミの中を這いつくばってる貧乏人だと思ってるけど、そのへんの勤め人より物質的には裕福なのよね」

 

マーカス「裕福は言い過ぎだって」

 

ファルカ「『外商中』ってウソついて、彼女とどこぞのマナーハウスに三日もしけこむような優雅な暮らしをしてるのは誰だったかしら」

 

マーカス「……バレてたか」

 

ファルカ「グラニーって可愛いわよねえ。素直で気も利くし……あんたにはもったいないくらいいい子だわ。いい加減ちゃんとしないと、グラニーが可哀そうよ」

 

マーカス「俺もいい加減につきあってる気はねえよ」

 

ファルカ「あんな可愛くて素敵な子、はやく結婚しないと盗られちゃうから。だから私、アーサーんとこで仕事もらおうと思うの」

 

マーカス「論理が飛躍しすぎだって」

 

ファルカ「だって、あんたが結婚したら、グラニーはここに住むんでしょ? そしたらあんただっていちゃつきたいでしょ? 小姑なんかお呼びじゃないわ」

 

マーカス「(照れて)そりゃあ、まあ。でもあのコヤ、潰れかけだって言ってただろ。大丈夫か?」

 

ファルカ「面白そうだからそれでいいのよ。しばらく食える程度の私名義の貯金はあるから何とかはなるし、どうともならなくなったら日中だけ出戻ってここで店番させてよ」

 

マーカス「それはいいんだけど、劇場こやに迷惑かけんなよ?」

 

ファルカ「わかってるって。明日は商談があるから、あさってが勝負ね。とにかくウォルターフォードに直談判しに行かなきゃ!」

 

. 最後くらい、ぶちかましましょう

場:ウォルターフォード劇場の舞台稽古

BGMは入れない

SE:小さく聞こえてくる、大道具の作業音

 

『』→舞台稽古の劇中劇なので、演劇風発声で

 

キャラン『(間をおいて、真剣に)それは母の首飾り……コンラン卿、なぜあなたがお持ちですの?』

 

アーサー『(舞台向け発声ではあるが下手くそに)これはこれは人聞きの悪い。この首飾りは正当に私のものなのですよ』

 

キャラン『(真剣に)それは間違いなく、父が母に贈ったものですわ』

 

アーサー『(真剣さはわかるが無駄に力んでとても下手くそ)まさか! これは父が凶弾に倒れる前、結婚を考えていたメアリーという女性から贈られたものなのです』

 

キャラン「(被せて)アーサー! 大根にもほどがあるわ! ほんと最悪! こんなんで客に見せられるわけないじゃない! こんなのの相手役なんて、私に恥をかかす気なの? 今からでも他のやつに代えられないの?」

 

アレク「(舞台袖から出てきて)代えられないんだよなあ、それが。ほとんどタダ働きになるのがわかってて手ぇ挙げるやつぁいねえよ」

 

アーサー「ごめんキャラン、一生懸命やってはいるんだけど」

 

キャラン「一生懸命ってだけで人から金がとれるなら、今ごろここは王立劇場とタメ張れてるわよ! あーもう! アレク、あんたがやればよかったのに!」

 

アレク「俺はこの後コンラン卿殴る役だから無理つってるじゃん」

 

SE:女性がどんと足を踏み鳴らす音

 

キャラン「あたしは、こんなこんなクソダサへたへた劇に出るために親と縁切ってきたわけじゃないのよ! ああああ!」

 

アレク「キャラン、落ち着け」

 

SE:劇場のドアを開閉する音、パンパンと手を叩く音

 

アイリー「(貫禄たっぷりに)あなたたち、ちょっと休憩した方が良さそうね」

 

アーサー「あ、母さん」

 

キャラン「マダム、休憩する暇なんかありません! アーサーを人前に出せるレベルに仕上げないと、劇場こやも、役者も、みんな破滅です!」

 

アイリー「そうねえ、このまま上演したらウォルターフォード最後にして最大の駄作になりそうね」

 

アーサー「僕だって、自分が適役なんて全く思ってないよ! 人材がいないから仕方なくやってるんだよ!」

 

アイリー「仕方なくやる人間にやってもらいたくないわ。かわりにいい人材を連れてきたから紹介するわね。ファルカ・ヒッグスよ。仲良くやってちょうだい」

 

アーサー「えっ?! ミス・ヒッグス?」

 

ファルカ「アーサー……舞台で何やってんの?」

 

アーサー「先日話してた代役、結局見つからなくて……僕がやる羽目になったんです」

 

アイリー「あら、知り合いだったの? まあいいわ、ファルカ、ちょっと舞台に上がってくれる? このドアから袖に行けるから」

 

ファルカ「え? はい、マダム」

 

SE:舞台を歩く音

 

アイリー「(客席から呼びかけて)キャランの隣に立って」

 

ファルカ「(声を張って)こうですか、マダム」

 

アイリー「うん、声もいいわね。背もアーサーよりあるし……(客席から呼びかけて)ファルカ、ちょっと声を張ったまま低くできるかしら?」

 

ファルカ「(低く)これでいいですか」

 

アイリー「(客席から呼びかけて)その声でさっきあなたに読ませた台本の10ページ目、最初の台詞を言ってみて。真相を明かす探偵風にね」

 

ファルカ「10ページ目、えっと……『この首飾りの石は、ダイヤモンドではない。水晶だ』」

 

アーサー「え?! 僕よりずっとうまい!」

 

アレク「あれ? なかなかいいな……磨けば光りそうだ」

 

ファルカ「(こそこそと)アーサー、私、裏方やらせてもらえないかって話しに来たのよ。どういうことなの、これ」

 

アーサー「(こそこそと)あの人は僕の母で、実質的にここの総監督。母はあなたが気に入ったみたいです」

 

キャラン「マダム、ちょっと待ってください! また台本の読みあわせからスタートですか? ずぶの素人を主役に仕上げるんですよ? 間に合うんですか?」

 

アイリー「ファルカなら大丈夫」

 

キャラン「根拠は?」

 

アイリー「私の勘よ。アーサーよりもずっと姿勢がよくて見栄えがするわ。とても雰囲気があるわよ、アレク、そう思うでしょう?」

 

アレク「うーん、確かに。大急ぎで詰め込めばなんとかいけるかもしれません」

 

キャラン「正気なの?!」

 

アレク「アーサーが主演するよりひどいことにはならんだろ」

 

アーサー「確かに、誰が演じたって僕がやるより百倍ましだろうよ。でも、女性が男を演じるなんて、倒錯劇になってしまうじゃないか! フレンチカンカンと同列になってしまう。うちは正統派で通したかったのに」

 

アイリー「いい役者に男も女もないわ」

 

アーサー「母さん、マジで言ってんの」

 

アイリー「あなたは黙って、お金の計算と幕の繕いでもしてなさい。ファルカ、ドレス姿じゃ雰囲気が出ないし、キャランとの立ち姿のバランスが見たいから舞台裏でコンラン卿の衣装つけましょうか。私が化粧と髪をやるわ」

 

ファルカ「マジで? えっ、どうしようアーサー、どうしよう」

 

アーサー「ごめんなさい、ミス・ヒッグス。僕にもどうしたらいいかわかりません……」

 

アイリー「早くなさい!」

 

ファルカ「は、はいっ!」


 

SE:床を歩く音、カーテンの開閉音

場:舞台裏の控え室

 

アイリー「あなた背が高いのね。一応アーサーのサイズに直しておいたけど、少し丈を出した方が良さそうね」

 

ファルカ「(困りつつ、物おじせずに自分の意見を言って)……あのう、私、幕の操作とか大道具小道具の仕事がしたかったんですけど」

 

アイリー「だから?」

 

ファルカ「もしかして、私いきなり主演俳優にされかけてますか?」

 

アイリー「その通りよ。髪は下ろして後ろで一括りにしましょうか。長い方がノーブルでロマンチックだわ」

 

ファルカ「無理だと思います」

 

アイリー「一括りが?」

 

ファルカ「いえ、ずぶの素人が主演だなんて……あと二週間しかないんでしょう?」

 

アイリー「デイビー・スコットだって、モーリー・ヘンバートだってもともとずぶの素人で、一週間で主演を務めたのよ」

 

ファルカ「そういうすごい俳優と私を同列に語らないでください」

 

アイリー「彼らは『やってみないとわからない』という精神の持ち主だったわ。(間)……はい、できた。なかなかいいじゃない。あなた、客席から見たときも、近くで見ても華があるわ。歩き方も立ち居振る舞いも舞台向きよ。私の眼は間違ってない」

 

ファルカ「もし間違ってなければこの劇場がこんなに寂れることはありませんでしたよね?」

 

アイリー「(笑って)あなた、言うわねえ。でも、そういうところは嫌いじゃないわ」

 

ファルカ「どうも」

 

アイリー「世間が女優に求めるものは持たないけれど、男性役としてなら大成しそうな女優さんが、どの劇場でも涙を呑んでいる。もちろんその逆、最高の女性を演じきれそうな男優もよ。私ね、この歳になって思うんだけれど、最高のパフォーマンスができれば、性別なんてどうでもいいんじゃないかしら」

 

ファルカ「……ぶっ飛んでますね」

 

アイリー「(笑って)今、この劇場はね、銀行の担保として差し押さえられそうなの。アーサーは頭が固くて、とにかく正統派で通したいみたいだけど、私は最後に冒険がしたいわ。冒険もしながら、正統派も満足させられるって言うことを証明したいの。あなた、手伝ってくれない?」

 

ファルカ「こんなど素人の私が、手伝えるんでしょうか」

 

アイリー「ええ、もちろん。(間)ねえ、ファルカ、さっきの台本、どう思ったか聞いてもいいかしら?」

 

ファルカ「ちょっとサスペンス風だけど心温まる素敵なお話でした。あ、亡くなったコードウェルさんは脚本を手掛けていらしたとか……もしかして、コードウェルさんの遺作ですか?」

 

アイリー「(笑って)表向きには夫が書いたことになってたわね」

 

ファルカ「じゃあ、脚本を書いていたのは?」

 

アイリー「私、アイリー・グロリア・コードウェルよ」

 

ファルカ「マダムが?」

 

アイリー「不思議よねえ、男が書いた脚本じゃないと、新聞や雑誌のレビューが辛辣になるの。他の劇場でも女性が書いたってだけで潰された作品はいくつもあるわ。夫はそういう偏見から庇って、自分の名前で私の脚本を発表してくれたの。でも私は、ずっと胸の奥がつっかえたような気分だったわ。だから、最後くらい、自分の名前で堂々と脚本を出したいのよ」

 

ファルカ「そうなんですか……」

 

アイリー「そりゃあ、芝居を成功させて劇場を続けたいし、役者たちを貧乏生活から抜け出させてあげたいわ。だけど、この劇場が消えるとき、これまで一生懸命やってくれた役者たちに負け犬の謗そしりがいくのは避けたいの。彼らが新天地でうまくやれるようにコードウェル家が泥をかぶるべきなの。私が女の身で出しゃばって脚本なんか書いたからだって、みんな罵ればいい。役者は絶対に悪くないわ」

 

ファルカ「マダム……」

 

アイリー「(笑って)ねえ、ファルカ、いい歳した女がって思うでしょうけど、どうせこんな状況なんだから、ひとつ派手にぶちかましてみたい気分なの。アーサーにはわかってもらえないけれど」

 

ファルカ「わかります、マダム」

 

アイリー「じゃあ、舞台に立ってくれるってことね?」

 

ファルカ「(長めの間)……やってみます」

 

アイリー「ありがとう」

 

ファルカ「私がどこまでお役に立てるかわかりませんが、できるところまでがんばってみます」

 

アイリー「できるところまで、なんて言っていてはだめ。自分が自分であるという範囲を超えるイメージを持って。大事なことは、どれくらいトランスできるか、自分じゃない何かになりきれるかなのよ」

 

ファルカ「……多くの人生を生きるってことですね。なんだか、カレイドスコープを思い出しました」

 

アイリー「カレイドスコープはいい譬えね。王様も兵士も、望み叶う人も夢破れた人も演じられるんだから」

 

ファルカ「……不思議……急に頭の中がすっきりしてきました」

 

アイリー「ふふ、あなた、顔が変わったわ。イメージで顔つきまで変えられるということは、きっと役者に向いてるのね。ほら、そこのカーテンの陰にいるキャランもあなたに見惚れてるわよ」

 

ファルカ「え? キャランさんが?」

 

キャラン「お、遅いからちょっと見に来ただけで……」

 

アイリー「どう、ファルカの殿御とのごぶりは」

 

キャラン「悪くはない、……と思います。でも、私を抱え上げたりするシーンもあるのに、女性で大丈夫なんですか?」

 

ファルカ「ちょっと失礼します」

 

SE:抱え上げる衣擦れの音

 

キャラン「きゃあ!」

 

ファルカ「あ、軽い軽い! うちでしょっちゅう運んでたアイアンのベンチよりずっと楽ですよ。ほら、このままでワルツくらいは踊れそう」

 

アイリー「ああ、このシーンはアーサーじゃあ目も当てられなかったわね」

 

キャラン「(ちょっとぼうっとして)ふえぇ……(正気を取り戻して、若干照れて)お、下ろしてよ! 目が回るじゃない」

 

SE:下ろす衣擦れの音、下りる靴音

 

ファルカ「あ、ごめんなさい、調子に乗ってしまって」

 

アイリー「キャラン、新しいコンラン卿はどう?」

 

キャラン「これは、その、(もじもじと)……一刻も早く仕込まないと……ですね」

 

アイリー「(可笑しそうに)なんですって」

 

キャラン「(ツンデレ風に)マダム、さっき、舞台で立ち姿のチェックをするって言ってましたよね! その後すぐに読み合わせに入りたいんですけど」

 

アイリー「気が早いわね。とはいえ、もう時間もないものね」

 

ファルカ「あのー、役作りとかは」

 

キャラン「(ツンデレ風に)そんなの、マダムと私がついてれば何とでもなるわよ!」

 

ファルカ「お手数かけます」

 

キャラン「(ツンデレ風に)とにかく、早く舞台に来なさいよ! 裏にいた連中もみんな呼んで、あんたが来るの待ち構えてるんだから!」

 

ファルカ「はい!」

 

アイリー「その気後れのなさはいいわねえ。もしこの劇場がなくなったとしても、あなたは役者として、多くの老若男女を魅了するわ、きっと」

 

 

Ⅲ. 猫走りの愚者たち(最終話)

 

 

場:劇場『ウォルターフォード』の猫走り(幕や降らせものの操作をするための、舞台天井にある狭い通路)

SE:ロープを巻き上げたりボルトやナットを締めたりするような作業音、猫走りに上がるための木製の粗末な階段を上る音。

 

ファルカ「アーサー、ここにいたの。みんな休憩してお茶飲んでるわよ」

 

アーサー「あ、ミス・ヒッグス! だめですよ、こんなところに来ちゃ!」

 

ファルカ「え? どうして」

 

アーサー「役者がここから落ちて怪我でもしたら困るんです!」

 

ファルカ「私は大丈夫よ」

 

アーサー「一昨年、実際落ちた役者がいたんですよ。そのときはかすり傷でしたけど、ミス・ヒッグスが落ちて大けがしても、もう代役を立ててる時間はないんですから」

 

ファルカ「あら、前例があるのね」

 

アーサー「そうなんですよ。それに衣装つけたまんまじゃないですか。破ったり汚したりすると大目玉食らいますよ」

 

ファルカ「用が済んだらすぐ降りるわよ。アーサーはここで何やってんの?」

 

アーサー「紗幕しゃまくを下ろしたときちょっと軋む気がしたので、タックルの軸に油差してました。五日前に整備したんですけど油が足りなかったみたいです」

 

ファルカ「へえ……私は気にならなかったけど」

 

アーサー「でも上演中にキイキイ鳴ったら興ざめでしょう?」

 

ファルカ「アドリブで、コウモリが鳴いたとでも言っておくわ」

 

アーサー「(笑って)コウモリが鳴く舞台なんて、貧相もいいところですよ」

 

ファルカ「コウモリって近くでよく見ると可愛いのよ?」

 

アーサー「あんまり近くで見たくないかも……」

 

ファルカ「もしかしてコウモリ嫌いなの?」

 

アーサー「ちょっと苦手かもしれません」

 

ファルカ「(笑ってから)……ここ、舞台が真下に見えるのね。いい眺め」

 

アーサー「こんなちゃんとした猫走りは、この規模の劇場だと珍しいんですよ。小さいとこは、背景幕も舞台袖で操作するのが普通なんです」

 

ファルカ「そう言えば、ここ、大手じゃないのに背景用のバトンが多いわよね」

 

アーサー「うちの舞台美術の持ち味は、紗幕の扱いだったんです。彩色した紗幕をいくつか重ねて奥行きのある森の中とか、霧の街角とか表現してました……でも、手間と費用がかかるから使わなくなって、今や整備不行き届きです」

 

ファルカ「それでタックルがキイキイ鳴ったのね」

 

アーサー「もう調整しましたから大丈夫ですよ。ところで、用ってなんですか?」

 

ファルカ「さっきマーカスが差し入れを持ってきたの。マーカスのフィアンセが作ったクリームパフよ」

 

アーサー「クリームパフ」

 

ファルカ「もしかして苦手だった?」

 

アーサー「いえ、大好物です」

 

ファルカ「よかった! (上機嫌なマシンガントークで)マーカスはね、再来週の日曜に結婚するの、素敵でしょう。結婚相手はグラニーって言うんだけど、母方がフランス系だからかしら、お菓子作りがうまくて何作ってもとにかくおいしいの! それにほんとに気が利くのよ。クリームパフにしたのは、スコーンより屑が出にくくて手も衣装も汚れないからですって。ああ、グラニーが私の義妹いもうとになるのが待ち遠しいわ。(我に返って)……あ、全然興味ないわよね、こんな内輪話」

 

アーサー「(苦笑して)ははは」

 

ファルカ「とにかくみんな楽屋でお茶にしてるから、アーサーも一服したら?」

 

アーサー「いえ、僕はもうちょっと作業してから……」

 

ファルカ「そういうと思ったから、あんたの分かっさらってきたわよ」

 

SE:ファルカの台詞に合わせ、バスケットを置く音、皿の音 カップにポットから注ぐ音

 

アーサー「(被せて)あの、ここ飲食禁止で……」

 

ファルカ「(被せて)あら、そうなの? でもここまで支度しちゃったのに片付けろなんて言わないわよね?」

 

アーサー「困りますよ、ミス・ヒッグス……」

 

ファルカ「(被せて)アーサーにもぜひ食べてほしかったのよ。自分は後で残り物を、なんてだめ。おいしいものほど残らないんだから」

 

アーサー「……おいしいものは皆さんに食べてもらったほうがきっと幸せですよ」

 

ファルカ「そういう諦める言い訳みたいなのはいいから。食べる前にナプキンで手を拭いて! はいどうぞ」

 

アーサー「(おずおずと)……ありがとうございます」

 

ファルカ「私もここでいただいていい?」

 

アーサー「みんなには秘密ですよ」

 

SE:飲食の音

 

アーサー「ん? これ、めちゃくちゃおいしいですね」

 

ファルカ「でしょう?」

 

アーサー「はい。その辺の菓子屋のより美味しいですよ」

 

ファルカ「グラニーに言っとくわね。きっと喜ぶわ」

 

アーサー「ええ、よろしくお伝えください」

 

SE:茶器の音。

間。

 

ファルカ「……あのね、アーサー、ちょっと思ってたことがあるんだけど、聞いてくれる?」

 

アーサー「何でしょう?」

 

ファルカ「ここのところずっと、あなたちょっと元気がないわよね」

 

アーサー「え? 元気ですよ。元気じゃなかったら猫走りで作業なんかできませんって」

 

ファルカ「んー、そういう元気じゃなくてね……アーサー、ここのところずっと、独りでいられる作業をわざわざ探してない?」

 

アーサー「いや、そんなことはないんですけど」

 

ファルカ「役者さんたちと目を合わせないし、なんだか私を避けてるような気がして」

 

アーサー「そんな風に見えます?」

 

ファルカ「見えるわ」

 

アーサー「(ため息をついて)そうなんですか」

 

ファルカ「私、デリカシーがないの自覚してるから、不快な思いしてたら遠慮なく言って」

 

アーサー「いや、ミス・ヒッグス、あなたの言動で嫌な気持ちになったことはありませんよ」

 

ファルカ「じゃあなんで浮かない顔してるのよ」

 

アーサー「(ため息)自己嫌悪ってとこですかね。僕は器が小さい人間なので……」

 

ファルカ「どういうこと?」

 

アーサー「自分でも整理がついてないんで、ぐちゃぐちゃな話になりますけどいいですか?」

 

ファルカ「もちろん」

 

アーサー「(少し考え込んでから)こういうこと言うとみんなに殺されそうだけど、僕は子どもの頃から芝居があんまり好きじゃなかったんですよ……芝居に親をとられた、さびしい子どもでしたから。この劇場を継ぐ気もなかったし、両親も僕には期待していませんでした。僕がのんきに学生やってた頃、父はウォルターフォードの経営難を僕にも世間にもひた隠しにしてたんです。そして金策に奔走するうちに突然倒れて死んでしまって……なんにせよ、死んだ父の名義のままではなにもできないし、母は経営実務をやりたがらないしで、ずぶの素人の僕が引き継いだんです。ノウハウも熱意もないのに」

 

ファルカ「アーサーはここを担保に渡してすぐに自由になることもできたのに、なんでそうしなかったの? 気が変わったの?」

 

アーサー「ここを継いだ後、現場でいろいろやってるうちに、だんだん、僕でもやれることはやりたいと思うようになったんです……でも僕ができることなんかそんなにないし、ついネガティブなことばかり言ってしまうし、結局自分は役立たずなんだと思い知らされることばかりなんです」

 

ファルカ「あんたは役立たずじゃないわ」

 

アーサー「(ちょっと笑って)みんなもそう思っててくれるといいんですけどね」

 

ファルカ「あんたはこの劇場こやには不可欠な人よ。世間一般的に見ると、あんたはまともな感性を持ってる。変人しか乗ってない船は沈んじゃうものだわ。舵を取る人がいないとめちゃめちゃになるから、あんたはやっぱり必要よ」

 

アーサー「(笑って)役者のみんなはたしかに変人ばっかりですけど、……少ない実入りを愚痴りながらも裏方も雑用もしてくれて、生き生きと舞台に立ってる。でも僕は雑用くらいしかできなくて、ふっといたたまれない気分になることがあるんです」

 

ファルカ「そう……」

 

アーサー「(情けなさそうに)この間、僕が主役に起用されたのは正気の沙汰じゃありませんでした。台詞読みの手伝いをすることもあったからアーサーならきっとできる、っておだてられたのもあって、もしかして僕にも眠っている才能があったりしたら、なんて妄想したりして、必死に練習したんです。でも結局はぐだぐだで……あの場にぶらっと現れたミス・ヒッグスがさらっと母に気に入られたときは、本当に惨めでした」

 

ファルカ「(気を遣ったように)何て言ったらいいかわからないんだけど……ごめんね」

 

アーサー「(ちょっと笑って)謝るところじゃありませんよ、ミス・ヒッグス」

 

ファルカ「(間をおいて)……ねえ、そろそろそのミス・ヒッグスって呼ぶのやめてくれない? 私だけお客さん扱いみたいで居心地悪いわ。他の人たちみたいにファルカって呼んでよ」

 

アーサー「……ごめんなさい、身内として受け入れるのに時間がかかってるんです。ミス・ヒッ……(慌てて言い直して)ファルカには感謝してるし、才能も認めていますけど、なんとなく複雑で……あの、大丈夫ですか、こんな話聞いて」

 

ファルカ「(笑って)私はアーサーの思ってることが聞けてよかったと思ってるわよ?」

 

アーサー「不思議だなあ、なんだかスルッと話してしまいました」

 

ファルカ「私、喋りすぎでうっとうしいってよく言われるんだけど、その中に何人か、こう言った人がいたわ。『あんたと話してると、いらんことまで調子に乗ってペラペラ喋ってしまう。だから、話した後で嫌な気分になる』って」

 

アーサー「……わかるような気がする」

 

ファルカ「あんたも嫌な気持ちになった?」

 

アーサー「いいえ、僕はファルカと話して少し気持ちが軽くなった気がします。ありがとう」

 

ファルカ「お礼を言われるようなことはしてないわよ。 あ、クリームパフ、最後の一個だわ。アーサーどうぞ」

 

アーサー「いえいえ、ファルカこそどうぞ」

 

ファルカ「私はマーカスんとこ行けばいつでも食べられるもの。(少し芝居がかって)オーナー様、お召し上がりくださいな」

 

アーサー「(少し芝居がかって)では遠慮なく(食べる)」

 

ファルカ「あー、明日、お客さんどのくらい入るかしらねえ」

 

アーサー「ありがたいことに、前売り券は完売です。このペースなら初日は立ち見も出るかもですよ」

 

ファルカ「へえ! すごいじゃない!」

 

アーサー「……女性が男性役をやると聞いて、笑い者にするために券を買った人が大多数です。口さがない批評が新聞や雑誌に載ることも予想できます。覚悟はできてますか?」

 

ファルカ「できてなかったら今頃逐電ちくでんしてるわよ」

 

アーサー「それはそれでスキャンダラスですね」

 

ファルカ「そしたら話題性で売り上げが伸びないかしら」

 

アーサー「僕の寿命が縮みそうなのでやめてください」

 

ファルカ「冗談よ。逃げたりなんかしないから安心して。さあ、そろそろ休憩は終わりだわ。私、降りなきゃ」

 

SE:カップや皿をバスケットに片付ける音

 

アーサー「あのー、ファルカ、ここで話したことは皆には秘密にしてもらえませんか」

 

ファルカ「ええ、もちろんよ」

 

アーサー「降りるときも気を付けてくださいね。下見て怖くなる人もいますから」

 

ファルカ「私、高いところは平気なのよ。ほら、ことわざで『なんとやらはより高いところにのぼって、より派手に落っこちる』って言うじゃない? 私は多分そのなんとやらだわ」

 

アーサー「『なんとやら』って『猫』、でしたっけ?」

 

ファルカ「(真面目くさって)ばか、じゃなかったかしら?」

 

アーサー「(ぼやくように)……落っこちないでくださいよ、ほんとに」

 

ファルカ「大丈夫だってば。アーサー、あんたと話せてよかったわ」

 

キャラン「(遠くから)ファルカ! ファールカ!! どこーー?」

 

ファルカ「(慌てて)あっ、じゃあ、また後でね」

 

アーサー「ちょっと待って! 散々なことを言っておいてなんですけど、大事なことを言い忘れてます」

 

ファルカ「何?」

 

アーサー「僕は、……そりゃ器が小さくて色々複雑ではありますけど、誰がどんなケチをつけたって、舞台に立っているときのあなたは最高にかっこいいと思ってますよ」

 

ファルカ「(間を置いた後、ちょっとコケティッシュに)うふふ、ありがと。百人力だわ」

 

SE:小さな木の階段を降りていく音

 

  ーー終劇。

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