間の悪い客
*登場人物(A~Eは、任意の名前を入れること)
A・・・60歳くらいの女性。話が進むにつれ少しずつ声が若くなりアラサーくらいへ。リアル60代の女性は若々しい人も多いので、あまりお祖母ちゃんっぽく演じず、普通のその辺にいる年配の女性らしさを大切に。
B・・・アラサーの男性。少し甘ったれで温厚な性格。Aの夫。
C・・・40代半ばの女性。AとBの娘。しっかりしている。台詞少な目。
D・・・40代半ばの男性。Cの夫。おとなしいがやるときはやる。台詞少な目。
E・・・高校生、性別不問。CとDの娘/息子。やさしい。台詞少な目。
*演技・編集上の注意
・作品ジャンル:家族愛中心のヒューマンドラマ。
・芝居がかった演技ではなく、普通にこういうことが起きたら、という生身の気持ちで演じて下さい。
・お涙頂戴調は控えめに、「いつかこういうことが自分の身にも起こりうる」というのを念頭に置き、旅立つ側と見送る側の気持ちを淡々と演じていただければ。
・指定していない箇所のSE・BGMは任意で。
*以下、本文
場:アパートの一室
B「(ちょっと遠慮がちに)おーい、A、起きろー」
A「んー」
B「起きろー……ほら、起きないと、この唐揚げ、食っちゃうぞー」
A「(眠そうに)もう……うるさい」
B「この大鉢のやつ、昔も時々作ってたよね。吹き寄せごはんっていうんだっけ? 栗も銀杏もゴロゴロ入ってうまそう」
A「(被せぎみに、寝ぼけ声で)栗剥くの、ほんと大変だったんだから……って……えっ?! あ、あなた?!」
B「(ばつが悪そうに)うん、俺」
A「(キレ気味に)何で? なんでここにいるの?! 今更なに?」
B「いや、その……あのね」
A「(被せて)今までどこほっつきあるいてたの? ひどいじゃない、私たちをほっといて」
B「ほっときたくてほっといたんじゃないよ……これでも家族は大事に思ってて」
A「(被せて)どの口が言うの? 守るーとか大事にする―とか、私、そのつもりで人生設計してたのに」
B「ほんと不可抗力でさ、勘弁してよ。これでもずっと様子を見に来て心配してたんだよ?」
A「見てるだけなら楽でいいよね! 私、大変だったんだから」
B「ごめん」
A「私がどんなに苦労したかわかってる? 全然わかってないよね! 私があれからどんな気持ちで生きてきたと思ってんの?」
B「だからごめんって。俺だって、なにか出来るならしたかったけど出来なかったんだよ。今日はせっかく会いに来たんだし、そこはひとつ穏便に」
A「まさか喜んで迎えられると思ってたの」
B「(ぽつりと)喜んでっていうか、もっと優しくしてくれると思ってた」
A「あなたがいなくなって悲しくてたまらなくて、怒らないとやってられなかったのよ。それが染みついてんの!」
B「久しぶりにこうやって真正面から会えたのに。もうちょっと歓迎してくれても罰は当たらないんじゃない?」
A「(3秒ほどおいて、溜め息をつき)ま……まぁ、このくらいにしといてあげるわよ。これから用事もあるし」
B「用事? ご馳走並べて、お客さんでも呼んでたの?」
A「CがDさんとEちゃん連れて遊びに来るの」(※Eちゃんは呼び捨ても可)
B「ああ、それで」
A「あんまりお金はかけられないけど、手はかけたわ。みんな、美味しいって言って沢山食べてくれるのよ」
B「君、料理うまいからなあ。会社でも昼の弁当が楽しみでしょうがなかった。みんなから散々羨ましがられたよ。そう言えば、あのときの俺の弁当箱、どうなったんだろう?」
A「(ちょっと口ごもるように)……冷凍庫の奥にあるわ。ランチバッグに入ったまま」
B「そっか」
A「中身もそのままよ。鯖の竜田揚げ入れたら、あなた大喜びしてたじゃない」
B「そうだったそうだった。食べたかったなあ」
A「(間。言葉に詰まるような呼吸音一回のあと、もう一度間)何日か経ってあなたの荷物が帰ってきて……もうランチバッグ開けるのも怖くて、だけど捨てられなくて……ほんとにそのまま冷凍庫に入れちゃったの。あの日の朝、台所に立って作ってた時も、あなたが覗き込んでおいしそうって言ったときも、間違いなく幸せだった。何も考えずにそんな暮らしが続くって思ってた」
B「ごめん」
A「(少し長めの間を置き大きなため息をついて、つらそうに)これからCもEちゃんも、私みたいな思いをするんだわ。今日一緒にご飯食べるのをすごく楽しみにしてたのに」
B「……」
A「私、一生懸命ご馳走作ったのよ。かぽちゃのクッキーもたくさん焼いてラッピングしてたの。ほら、可愛いでしょ。ハロウィンも近いし」
B「俺も好きだったな、君の作ったかぼちゃクッキー。かぼちゃは嫌いなのにあのクッキーはいくらでも食べられたよ」
A「CもEちゃんも同じこと言ってた。どうしよう、私見てトラウマになっちゃわないかしら。ああ、ほんとに間が悪いわ」
B「でも、何日も経ってからってよりは、今の君を見つけてもらった方が救いがあると思うよ」
A「そりゃそうだけど……(間。ため息をついて)……ねえ、どうしても、今じゃないとだめ?」
B「どうしようもないんだ。俺も往生際悪くじたばたやってみたけど、どうやっても戻れなかった」
A「やっぱりだめなの?」
B「ごめん。人間がどうこうできるものじゃないから」
A「(大きくため息をついて、諦めたように)……こうして見ると、私、つくづく老けたわね。あら、こんなとこにお迎えぼくろがある! いやだわぁ」
B「(苦笑)」
A「ねえ、せめて目と口、閉じさせてもらえない? こんな顔、見せられないわ」
B「俺がやるよ」
A「ありがと」
B「これでよし。うん、いい顔してるよ」
A「そう?」
B「俺には最期、君に合わせる顔がなかったから羨ましい」
A「冗談でもそういうこと言わないで。みんなが上半身を見ないように気を遣ってくれたわ。思い出させないで」
B「ごめん」
A「今のあなたは、朝、行ってきますって言った顔そのままなのね」
B「君の顔もあの朝行ってらっしゃいって言ったときのまんまだよ。なぜだか知ってる?」
A「一番幸せだった頃の姿になるって聞いたことがあるけど……」
B「なーんだ、知ってたのか」
A「ほんとだったんだ」
B「さあ、そろそろ時間だよ。行かなきゃ」
A「(しんみりと)最期にCとEちゃんに会いたかったな。Dさんにもよろしくって言いたかった」
B「それは」
A「(被せて)わかってるわよ、もう時間なんでしょ。グズグズしててもしょうがないわ。行きましょ」
B「……旅の間、手つないでいい?」
A「どうしたの、急に」
B「仲良し夫婦みたいなことがしたくなって……」
A「(ツンデレ風に)い、いいけど」
B「愛してるよ。昔も今も」
A「(照れて)私もよ」
SE:Aの台詞に被せて、アパートの廊下を近づいてくるCDEのガヤ(内容はたわいない内容ならなんでもOK)がうっすらフェイドイン。アパートの玄関チャイムの音、鍵を使って解錠する音。
C「ただいまー!」
D「(Cに自然な感じで被せて)こんにちは、お邪魔します」
E「(C・Eに自然な感じで被せて)こんにちはー!」
SE:靴を脱ぎ、安アパートのフロアを踏む数人の足音
C「母さーん? 出かけてるのかな」
E「わあ、今日もすごいご馳走!」
D「(少し離れたところから)お義母さんへのお土産、どこに置こうか」
C「あ、そこの冷蔵庫の脇にでも置いといて……あっ!」
D「(近寄ってきて)どうしたんだ、大声出して」
SE:駆け寄る足音
C「(Dを無視して、被せて叫んで)母さん! 母さん!! あなた、救急車呼んで!」
D「あ、ああ、わかった!」
E「おばあちゃん!! おばあちゃん! 息……息してない!!」
C「頭ゆすっちゃダメ! 心臓マッサージしなきゃ! 市民センターの救命講習で、ああ、どうだったかな……とにかく、まだあったかいから助かるかもしれない!」
D「俺がやる!」
C「救急車は?」
D「すぐ来る。Cはお義母さんに声をかけろ。Eはあのコンビニの角に立って救急車を誘導してくるんだ!」
E「わかった!」
SE:アパートのドアの開閉音、走り出ていく音
C「母さん! 母さん! 聞こえてる? 目を開けてよ!」
SE:少し間を置いた後、救急車の近づく音、慌ただしい足音、アパートのドアが開く音
C「(慌ただしく)あなた、私、付き添いで乗っていくから。(じゃらっと鍵を渡す音)ここの鍵と車のキー、よろしくね」
D「俺も行こうか」
E「私/俺も行く」
C「姉も呼ぶから大丈夫。搬送先決まったらすぐ電話するから、あとで来て」
SE:ドアの閉まる音、ストレッチャーで運ばれる音、救急車のドアが閉まる音、救急車のサイレンが鳴り始め、遠ざかる音
D「(気遣うように)おばあちゃん、一生懸命ご馳走作って待っててくれたんだな」
E「(すすり泣く)」
D「じゃあ、母さんから電話があったらすぐ行けるように、車で待とうか」
E「ちょっと待って。これ……」
SE:キッチンのほうへ行って、ものを探す音。食卓へ戻ってきて、保存容器を開け閉めする音、食器から料理を移す音、ラップを切る音を適当に
E「(作業しつつ泣きながら)おばあちゃん……みんなと一緒にご飯食べてるときが一番幸せって言ってた……おいしいって言ったら本当にうれしそうで……」
D「ああ、いつもにこにこして幸せそうだった」
E「今はちょっと入らないけど、後で大事に食べようって思って……ぜんぶ冷蔵庫に入れるから、お父さんも手伝って」
D「……うん」
SE:作業音中にスマホの着信音、フェイドアウト
――終劇