top of page

Fait Accompli

*登場人物(Aには適当な名前を入れること。できれば外国の名前で)

 

A・・・12歳くらい。性別不問だが??と同性。こまっしゃくれている。約一時間後に手術を控えていて死にかけっぽく喋るが独白以降は元気に。

??・・・性別不問だがAと同性。36歳。Aと少し声が似ている。口調は重めで冷たい。

麻酔医・・・年齢性別不問。台詞少な目。ほぼモブ。

看護師・・・年齢性別不問。台詞少な目。ほぼモブ。

 

*演技・編集上の注意

・作品ジャンル:現代ファンタジー気味のヒューマンドラマ。全体に暗い雰囲気。

・タイトルは「フェタコンプリ」と読む。フランス語。

・Aと??はデフォルトで男性、麻酔医と看護師は女性の一人称・口調を使っているが、性別によって口調を変更してもOK。

・指定していない箇所のSE・BGMは任意で。

 

*以下、本文

 

場:夜の高度医療機関のICU

SE:心電図など医療機器っぽい音を二つか三つテンポを変えてずらして重ね合わせ、フェインドインして小さめにキープ。感染防止用のビニールカーテンを開ける音(例:https://taira-komori.jpn.org/daily02.html の「傘の水滴を切る」)

 


 

麻酔医「あら、まだ起きてたの?」

 

看護師「(前の台詞に少し重ねて)早く寝ないとだめじゃない」

 

A「(独白が始まるまではとても苦しそうに)眠れないんだ。……何しに来たの」

 

麻酔医「麻酔を効きやすくするおくすりを入れにきたの。体があったかくなって、ちょっとまわりがぼやーんってなってくるかもだけど、大丈夫だからね。眠くなったら寝てていいから」

 

A「ふーん……手術がうまくいかなかったとき、病院のせいじゃなくて、僕が寝不足でコンディションが悪かったからだって言い訳できるよ?」

 

看護師「またそんなこと言って……。私たちみんな、あなたに元気になってほしいのよ」

 

麻酔医「そうよ、ベストの状態で手術を受けてほしいの」

 

A「(間をおいてから気弱そうに)……変なこと言ってごめんね」

 

麻酔医「手術の前は誰でもちょっとは気が立つものよ。気にしないで」

 

A「……ねえ、父さんも母さんもまだ来ないの?」

 

看護師「ううん……でも、きっともうすぐ来てくれるわ。お二人ともAが早く手術できるようにずっと祈ってたでしょう?」

 

A「(疑念を押し殺すように)うん、そうだね」

 

看護師「もし間に合わなかったとしても、電話と承諾書はもらってるから手術に問題はないわ。さあ、もうおやすみなさい。ナースコール鳴らさなくてもこの機械でモニタリングしてるから安心して」

 

A「ありがとう」

 

麻酔医「私もついてるから、おやすみなさい」

 

A「うん……おやすみ」

 

看護師「じゃ、先生、ここお願いします」

 

麻酔医「うん、お疲れ様」

 

SE:ビニールの幕を開閉する音、去っていく足音、次に始まるA独白中にゆっくりとフェイドアウトする医療機器音

 

A/独白「(長めの間をおいてから、弱々しく)手術がこんなに急に決まるなんて、なんだか気味が悪い。昨日までドナーがいなくて手術なんか絶望状態だったのに」

 

A/独白「僕ほんとに治るのかな。もう、痛いのも苦しいのも嫌なんだ。それに父さんと母さんがドナーが早く見つかるように毎日祈る姿を見るのも嫌だった。それって僕のために誰か死んでほしいってことだよね。二人とも、祈ってるとき、他人の不幸を願ってるっていうか、呪ってるみたいな怖い顔してた。僕は父さんも母さんも大好きだけど、……何かちょっと怖いんだ」

 

A/独白「ほんとは僕が死ぬのが一番いいんだと思う。……死ぬのは怖いよ。でも死ぬのが怖いのなんて、ドアの向こうがどうなってるのかわからないっていうだけで、こんなふうに苦しいまま生きていったり、自分のために誰かが死ぬのを待ってるよりはいいんじゃないかな……」

 

??「私もそうだと思う」

 

A「え? 聞こえるの? 声に出して喋ってないのに」

 

??「私だけの特殊技能みたいなものだ」

 

A「ふーん……やっと話しかけてくれたね」

 

??「ああ、やっと話せる時間が来たからな」

 

A「夕方からずっとそこに座ってたよね。看護師さんや先生は見えてないみたいだったけど、僕だけに見えてるの?」

 

??「たぶんな」

 

A「おじさん誰?」

 

??「誰だと思う?」

 

A「死神?」

 

??「違う」

 

A「もしかして幽霊?」

 

??「近いかもしれない」

 

A「……あ!」

 

??「どうした?」

 

A「おじさん、父さんに少し似てるような気がする」

 

??「そうか。でも、もっと似てる人間がいるはずだ」

 

A「(間をおいて)んー(もっと間をおいて、おそるおそる)……もしかして、僕」

 

??「(素っ気なく)正解」

 

A「僕はここにいるけど」

 

??「陳腐なセリフだが、私は未来の君だよ」

 

A「……はぁ?」

 

??「信じても信じなくてもいい。君がどう思おうと私には重要じゃない」

 

A「(少しわくわくしているように)信じようかな」

 

??「あっさりしているな」

 

A「信じたいんだよ。僕は大人になれないと思ってたから」

 

??「死んだほうがましじゃなかったのか」

 

A「だってさ、おじさんは痛そうでも苦しそうでもないもん。僕、治って大人になれるんだったら、今苦しくても我慢できるよ」

 

??「(呟いて)そうか、私は痛そうでも苦しそうでもないのか」

 

A「(遮って)僕ねえ、だめになってる内臓が一つや二つじゃないんだって。何度かに分けるより一度に全部移植しないともたないんだって」

 

??「(遮って)詳しい説明はいらない。私は君のことは何でも知っているから」

 

A「あ、そうだね、おじさんは僕だもんね」

 

??「(溜め息をついて)……君は本当に物おじしないな」

 

A「ねえ、おじさんは何でここに来たの?」

 

??「(少しためらうように)伝えたいことがあったから」

 

A「伝えたいことって? 難しいこと?」

 

??「かなり難しいと思う」

 

A「話したら案外わかるかもしれないよ」

 

??「(間をおいて、ため息交じりに)ああ、何ていえばいいんだろうな……私は、何度も君と会って話をしているんだ」

 

A「僕はおじさんと話すのは初めてだよ?」

 

??「(下線部を強調して)もちろん、君は初めてだろう。私だって初めてだ。でも私は何度も来ているし、思い出そうとすれば何度も君に会った記憶が一応出てくる」

 

A「なに言ってるの? わかんないよ」

 

??「私もどう話せばいいのかわからないんだ」

 

A「じゃあ、ぐちゃぐちゃでもいいから話してみてよ」

 

??「じゃあ、一番わかりやすいところから話そう。君は私に今夜会って話をした。そして40分後に君の多臓器同時移植手術が始まり、何とか成功する。君は細々こまごました合併症と戦い、短期の通院入院を繰り返しつつも何とか社会生活が送れるようになる。そして、36歳の○月×日、君はもう一度ここにいる君に会いに来る」(※○月×日には任意の日付を入れること)

 

A「えっと……僕は大きくなったらおじさんになって、今の僕に会いにここに来るってこと?」

 

??「そう」

 

A「じゃあ僕は36歳の○月×日に、死んで幽霊になって、時間を遡ったってこと?」

 

??「今は死んではいないと思う。きっと寝てるんだろう」

 

A「へえ……」

 

??「君もそうだろう。さっきまで死にそうに喋ってたくせに随分元気だ。 麻酔導入剤を入れられてるのに変だと思わないのか」

 

A「あっ……ほんとだ。しゃべるのも苦しくない」

 

??「私たちは夢の中にいるんだ。現実の君のベッドサイドには麻酔医がついているが、ここにはいないだろう? 夢の中のこの世界には私たちしかいない」

 

A「そっか、夢かあ……あ、夢なら何でもできるんだよね? じゃあ、僕、やってみたいことがある!」

 

SE:病院のベッドから起き上がる音

(例:https://on-jin.com/sound/index.php?kensaku=%E5%B8%83%E5%9B%A3

繋いでいるチューブなどを外す音

(例:https://on-jin.com/sound/meka.php の瓶を入れる音、出す音など)

裸足で床の上を歩いてみる音

(例:https://on-jin.com/sound/index.php?kensaku=%E8%A3%B8%E8%B6%B3

 

A「ほんとだ。夢だ。僕が自分の足で立てるなんて」

 

??「(苦笑)」

 

A「アイスクリームも、チョコレートも自分の口で食べられるんだろうなあ。どんな味がするんだろう」

 

??「試してみるか」

 

A「自分が知らないものは夢でもわからないと思う。歩いてた感覚は少し覚えてるけど、刺激のある食べものって食べたことがないんだ。小さい頃からもう病気だったしさ」

 

SE:話しながらひとしきりはだしで歩いてみる音。

 

A「(立ち止まって)ねえ、おじさん。何度も僕に会いに来て話したいことってそれだけ?」

 

??「いや、まだある」

 

A「どんどん話してよ。未来の自分から話が聞けるなんて奇跡なんだから」

 

??「私が君の立場だったころ、私に会いに来た私は、……ああ、ややこしいな、仮に前任者としておこう。その前任者は私にこう言ったんだ。

『今までさんざん待って、なぜ母の来ていない今日に限って急にドナーが現れて手術が決まったのか。手術が決まったと聞けば飛んできそうなものなのに、なぜ母はここへ来ていないのか、考えてみろ』

だと。どえらく高飛車でいけ好かないやつだった」

 

A「え……」

 

??「前任者は手術した後も両親に会えなかったそうだ」

 

A「え? どうして」

 

??「子どもには子どもの臓器しか移植できないんだが、前任者の体の成長具合からそろそろ大人の臓器を移植できるだろうという話が病院側から出たんだ。その日のうちに前任者の父親は脳死状態になった。あからさますぎていっそ潔いさぎいいだろう?」

 

A「(怯えて)前任者に臓器をあげるために、前任者のお父さんは死のうとしたってこと?」

 

??「臓器移植のガイドラインというのが医師の間にあって、自ら死を選んだ人間は、希望した相手へ臓器提供できないことになっているんだ。もしそれを認めたら自殺者や自殺を装って殺される被害者が増えてしまう。だから彼は自殺ではなく不運な事故の被害者、ということになっている。まあ、車ではねたのは母親で、居眠りしていたと供述したんだがね。息子を中核にして病的に結束が固かった夫婦だったから事情はお察しってわけだ」

 

A「(怯えて)わかりにくいよ! イエスかノーかで答えてよ!」

 

??「類推でしかないが、イエスだろう」

 

A「僕の父さんと母さんがまだ来ないのも、もしかして……」

 

??「君の両親は今のところ元気だよ……でも死んでくれた方がよかったと君は思うようになる」

 

A「そんなこと絶対思わない!」

 

??「そう思うならそれでいい。話を続けさせてもらうぞ。私は前任者からその話を聞いて、不思議に思った。前任者には両親がいてきょうだいはいなかったと言うんだ。私には祖父と母と小さな弟がいた。父はとうの昔に母と離婚して音信不通。……変だろう? 未来から来た自分の話す家族構成と、今の自分の家族構成が違うんだから」

 

A「んー、頭がごちゃごちゃする……」

 

??「手術の後で、私はドナーが誰だったか知った。絶望したよ。死んでいた方がましだと思った」

 

A「(恐る恐る)……誰だったの」

 

??「(苦し気に)弟だ。ベッドに縛られ母の愛情を一身に集めた私を、親にほったらかされながらも兄と慕ってくれた弟だった。事故に見せかけて手を下したのは母で、その母も裁判所のトイレで首を吊ったよ」

 

A「……おじさんは平気なの」

 

??「平気なもんか。私は君なんだぞ。ずっと口もきけず、人形みたいに腑抜けていたよ」

 

A「(溜め息)」

 

??「そしてある日、ふいに経験していないはずの記憶が頭の片隅にぽつんとあるのに気づいた。本当に、モニターの端っこにあるトラッシュボックスみたいなものがあるんだ。開いてみると、私が幾度となく36歳のこの夜を繰り返して、手術前の君に会いに行って、自分へ臓器を移植するために家族が命を落とすことを教えている記録だった」

 

A「(怯えて)ああ……」

 

??「それから、私は次に君に会いに行くときにはどうにかしなければと思った。前任者としての私も、その前に私たちを尋ねてきた私たちも、皆そう思った。そしてそれぞれが何かしらのアクションを起こした。もう起こってしまったことを次で変えるためにね。だから私たちの境遇は違っていたんだ。同じなのは、私たちが多臓器移植を受けなければ二か月を待たず死んでいたことと、私を生かすためだけに誰かが殺されることだ」

 

A「僕は、どうすればいいの」

 

??「……この下のフロアに、君の従弟がいてね。溺水事故による脳死状態で搬送されてきている」

 

A「いとこ? そんなのいないよ?」

 

??「君は面識がないが、一応従弟だ。今度君を死なさないために死ぬのは彼だ。そしてわざわざ血縁の子どもを探し出してこんな目に合わせたのは……」

 

A「(遮って、震え声で)父さんと母さん……?」

 

??「(低く)ご明察。しかも私の弟の時と違って、今回は全くためらっていない。嬉々としてやっている。一応血縁者だということで君へ臓器提供することが決まったが、両親のやったことは近日中に日の目を見る」

 

A「(苦しげに呻いて)うう……う……」

 

??「(怒りを込めて)私の気持ちを教えてやろうか? 私のためとはいえ、何度やり直す機会があっても人に手をかける親は、もう親ではない。バケモノだ。そう思ってしまう私はおかしいだろうか? 私は全身全霊で親の存在を消し去りたくなっているんだ」

 

A「(間をおいて、苦しげに)……ねえ、僕は、どうすべきだと思う?」

 

??「(間をおいて、ためらうように)一つ提案がある」

 

A「うん」

 

??「このまま、私と一緒に行かないか」

 

A「どこへ」

 

??「ステュクス川の向こうへ。意味は分かるな?」

 

A「あの世に流れる川だよね。うん、わかるよ。(かなり間をおいて)……おじさんの提案、悪くないと思う。でも僕が行ったらおじさんは存在すらしなかったことになるんじゃない?」

 

??「それでいいんだ。君は私のことを痛くも苦しくもなさそうと言ったが、それは大間違いだ。術後から今まで、ずっと痛みと闘ってきた。もう限界なんだ。人一人の命を奪って生きようなんて図々しかったんだよ」

 

A「おじさん、ちょっと泣いてる?」

 

??「(ちょっと鼻を啜って)かもしれない」

 

A「おじさんがいなくなって、困る人とかいないの?」

 

??「そんな相手は作らないように生きてきたから大丈夫」

 

A「おじさんの人生は寂しかった?」

 

??「ああ」

 

A「ねえ、おじさん、ハグしてもいい?」

 

??「(間をおいて)うん」

 

A「(以降ずっとハグしたまま)僕もね、おじさんよりは短かったけど、すごく寂しかったし怖かった」

 

??「(以降ずっとハグしたまま、悲しそうに)こういう最期になってすまない。本当にすまない」

 

A「(少し笑って)未来の自分にそう言われるってすごく不思議な感じ。僕は大丈夫だよ。ねえ、僕たち、行きたかったけど行けなかったところって、いっぱいあったよね? 今から旅に出るんだったら、いろんなところに寄っていこうよ」

 

??「(嗚咽)そうだな。神がお許しになるなら」



 

  ――終劇。

bottom of page