プリンと蝋燭
*登場人物(名前は便宜上のもの。任意で変更すること。さん付けなども自由)
夫(田中)・・・20代後半の男性。単身赴任中。陽気。
妻(花子)・・・夫と同年代の女性。若干ツンデレ
友人(鈴木)・・・20代後半の男性。夫の高校時代の友人。
*演技・編集上の注意
・作品ジャンル:コメディっぽいヒューマンドラマ。
・方言などの改変は任意
・指定していない箇所のSEやBGMは任意で。
・ややオーバーアクションくらいがよいかも。
*以下本文
SE:街の雑踏の音、パンプスで歩く音
夫「(チャラく)こんばんはー! 君かわいいねえ。仕事帰り? 俺とお茶しない?」
SE:パンプスで歩く音が若干早くなる。追いかける男の靴音とビジネス用キャリーバッグのキャスター音。
夫「無視すんなよー、せっかく花子の顔見たくて帰ってきたのに」
SE:足音が止まる
妻「えっ……あなた??」
夫「◆◆(任意の地名)に単身赴任中のユアハズバンドだよ。もう見忘れた?」
妻「今夜は6時20分の特急で帰るって言ってたじゃない」
夫「午後まるまる有給が取れたんで早いやつに乗ったんだ。ねえ、ナンパかと思った?」
妻「ちょっとだけ。でも今どきこんなダサいナンパをしてくる男なんて、あなたくらいだよね」
夫「ナンパされるとうれしいんじゃないかと思って」
妻「全然」
夫「(笑う)」
妻「早く来るなら、先に連絡してよね。今、駅に迎えに行こうとしてたんだから」
夫「もー、そういうんじゃなくてさあ、一か月ぶりに会えたユアダーリンに、優しい言葉をかけてほしいんだけど」
妻「(照れくささで不愛想になって)……お帰りなさい、……とか?」
夫「(嬉しそうに)た・だ・い・ま。さ、一緒に還ろう」
SE:一緒に歩く足音・キャスター音を適当にしばらく流して
夫「あれ? あんなとこにケーキ屋、あったっけ?」
妻「一週間前にできたばっかりよ」
夫「へえ……(慌てて)あっ」
妻「どうしたの?」
夫「久しぶりに帰ってきたのに、何の手土産も持ってきてなかった」
妻「そんなの、気にしなくていいよ」
夫「この店でなにか買おう」
妻「いらないよ。家にあるから」
夫「でもほら、あの看板のプリン、うまそうだし。とにかく、入ってみよう」
妻「もう! 早く帰ろうよ」
夫「〇〇は先に帰っててもいいよ」
妻「(ぶすっと)……私も行く」
SE:店に入る音(自動・手動・ドアベルなど、編集者任意でOK)
夫「……なあ、どれがいい?」
妻「(ふてくされて)そこのアルファベットキャンドル」
夫「ケーキ屋なんだから食べられるもの買おうよ」
妻「だって……(言い淀んで)」
友人「(驚いたように、おずおずと)あ、……もしかして、田中?」
夫「え?」
友人「××高校でESSの部長やってた田中……じゃないかと。ほら、俺だよ、覚えてない? 会計やってた鈴木!」
夫「あ……す、鈴木?」
友人「そうそう! いやー、懐かしいな!!」
夫「(気乗りしない様子で)えー、奇遇だなあ」
友人「今、俺、不動産屋で物件管理やってんだ。ほら、これ、名刺」
夫「サンキュー」
友人「田中は今、何やってんの?」
夫「俺、工場で技師やってる」
友人「どこの? あー、名刺とかある?」
夫「ごめん、名刺、職場に忘れてきたわー。あ、これ、俺の奥さん。花子、こいつ、高校んとき部活で一緒だった鈴木」
妻「(少し困惑したように)初めまして」
友人「あ、初めまして、鈴木です。高校の時は田中君には本当にお世話になりました」
夫「鈴木、この辺に住んでんの?」
友人「うん、ここから歩いて5分くらいかな」
夫「……一人?」
友人「今は一人だけど、この秋に結婚するんだ」
妻「おめでとうございます」
夫「(妻の台詞に被せて)おめでとう。 お相手って、もしかして〇〇(任意の女性名)?」
友人「(照れたように)うん」
夫「おおー高校んときからだろ、長く続いたな。そのケーキも〇〇と一緒に食うんだ」
友人「これから彼女の実家で映画鑑賞会をやるんだ。その手土産だよ」
夫「へえ……どの映画?」
友人「『バスタブの中の仔猫』」
間
夫「……は?」
友人「『バスタブの中の仔猫』。ちょっと怖めのラブロマンスだって。この間、フリマに二人で行ったとき、200円でブルーレイ買ったんだよね」
夫「確かに怖め……ではあるけど……パッケージは読んだのか?」
友人「純正パッケージが割れちゃったとかで、ディスクだけで売られてたんだ。傷も入ってないし、まあいいかなって。彼女の両親が恋愛映画好きでさ、この作品は知らないからみんなで見ようって話になったんだ。この値段だと多分面白くないんだろうけど、とりあえず見てみたいって」
夫「……あらすじは聞いたのか? 検索したりとか」
友人「ジャンルだけ聞いたけど、ネタバレが嫌なんであらすじはちょっと……」
妻「(夫に小声で)ねえ、その映画ってさ、アレだよね……」
夫「……うん」
友人「あ、この映画、もしかして見たことある? 」
夫「まあ一度は……ある意味、有名な映画だし」
友人「そうなんだ。あ、ネタバレは勘弁してくれよ? 闇鍋みたいなサプライズ感がいいんだから」
夫「うん、……期待以上のサプライズだと思うよ」
妻「(控えめに、気の毒そうに)鈴木さん、その映画は婚約者さんのご家族と見るのはやめたほうがいいと思います」
SE:妻の台詞に、ちょうど外を通ったバイクの爆音を被せる
友人「ごめんなさい、バイクの音で聞こえなくて」
妻「あの、その映画はやめたほうが」
夫「(妻の台詞に被せ、打ち消して)いや、何でもないんだ」
友人「そう? じゃあ、そろそろ約束の時間だから。LINE交換だけ、今、いい?」
夫「ごめん、スマホも忘れてて」
友人「(笑って)相変わらず、何でも忘れるやつだな。じゃあ、あとで名刺のメアドに連絡してくれ」
夫「わかった」
友人「ゆっくり話したかったのに、あわただしくてごめん」
夫「いいって。映画、楽しんで」
友人「ありがとう。じゃあまた」
SE:ケーキ屋を出ていく音
間
妻「ねえ、何で黙ってたのよ。あの映画、ラブロマンスはほんのちょっとだけで、ずーっとグログロでどろっどろのぐっちゃぐちゃじゃない。見たあとご飯食べられなくなったの、忘れたの?」
夫「本人がネタバレ嫌がってたんだから仕方ないだろ」
妻「嫌がったにしても、あの映画はだめでしょ……」
間
夫「(溜め息をついて、ぼそっと)あいつの結婚相手、俺の元カノなんだ」
妻「え」
夫「横からあいつが彼女に手ぇ出してさ。あいつ、全然悪びれてなかった。さっきも普通に話しかけてきて、俺のほうがびっくりしたよ」
妻「そうなんだ……」
夫「彼女、ぐいぐい来るあいつが魅力的に見えたって言ってた。俺みたいな遠慮がちなのは何考えてるかわかんなくて気持ち悪いって」
妻「(なんと言えばいいのか困ったように間を置いて)ねえ、名刺とスマホ忘れたっていうの、嘘だよね」
夫「うん」
妻「連絡先とか交換したくなかったんでしょ」
夫「うん」
妻「(おずおずと)引きずってるの?」
夫「まさか。もう10年前の話だよ。すっかり忘れてた」
妻「じゃあ、なんで仏頂面なの」
夫「あいつの顔見たら思い出してムカついたってだけだよ。(気を取り直すように)まあ、あいつの映画鑑賞会がどうなるか、想像するとかなり面白いから、もういいや。さあ、プリン買って帰ろう」
妻「買わないよ」
夫「何で」
妻「(恥ずかしそうに)……あのね、あなたが帰ってくるっていうから、プリン作っといたの」
夫「え」
妻「あなたが大きなプリン食べたいって言ってたから、今朝早起きして、ちっちゃいバケツで作って、冷蔵庫で冷やしてるの……そりゃ、お店のプリンみたいにきれいでもおいしくもないと思うけど」
夫「え? 俺のために? 花子ってそういうキャラだった?」
妻「(切れ気味に、恥ずかしそうに)たまに会えた時くらい、いいじゃない」
夫「(ぶつぶつ嬉しそうに呟いて)俺のためにプリンを手作り……ふふっ、かーわいーなぁ、もう」
SE:夫の台詞に被せてレジの音、支払う音
妻「ほら、もう買い物終わったからさっさと帰るよ!」
SE:紙袋をがさがさ漁る音
夫「(中を見て)ふーん、『L』とー、『O』とー、『V』と『E』のアルファベットキャンドル買ったんだ……くーっ、ラブラブかよ」
妻「ちょっ……見ないでよ!」
夫「バケツプリンに立ててくれるんだろ? やっぱり、アグレッシブな愛情表現は大事だよなぁ、うん」
妻「ほっといて」
夫「(セクシーに囁いて)奥さん、今夜はお楽しみですね?」
妻「ちょっと黙ってて!」
夫「(セクシーに囁いて)顔真っ赤だよ」
妻「黙ってってば!」
SE:店を出る音
――終劇