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コドモ王国と大富豪

 コドモ王国の現国王、たろうくんⅣ世は段ボールと折り紙で作ったような王宮で、深い満足と共に暮らしていた。

 コドモ王国には子どもしかいない。ケンカしたり泣いたりということもあるが、それなりにみんな仲良く、楽しく、日々を過ごしている。

 

 ある日、謁見の間で、口のまわりにビスケットの粉をつけたまま、たろうくんⅣ世は言った。

 

「ねえ、高橋さん、はなしがあるんだけどね」

 

 その口調にはユーモラスな威厳がある。ちびっ子だが、これでも国王なのだ。

 

「何でございましょうか、陛下?」

 

 恭しく頭を下げていた男は顔を上げた。上流社会の人間の、静かな声だった。

 

「あのねえ、余がきょう高橋さんにきてっていったのはねえ、うーんとね……もうすぐクリスマスだよねえ? だから余はくにじゅうのみんなでふねにのってぱーてぃがしたいとおもったんだよ」

 

「それはよいお考えでございますね」

 

「でも、ふねもおかねもないんだよ。高橋さん、なんとかして?」

 

 なんとかならないか、ではなく、なんとかして、という直球に、高橋さんは肉の削げた頬を綻ばせた。

 高橋さんは成人なので、コドモ王国の民ではない。彼は大富豪で、ここでは秘密にしているが汚いことも星の数ほどやっていた。そのくせ、どの国家元首よりこの小さな国の小さな王を支持していて、インフラ整備、医療や食糧援助、そしてこうした身の丈に合わぬイベントにも巨額の私費を投じている。

 

「条件がふたつございますが、それを陛下がお許し下さるなら喜んで手配申し上げます」

 

「うん。ふたつね。なに?」

 

「MICE(マイス)法案は即刻白紙にお戻しくださいますように」

 

 内政干渉も甚はなはだしく高橋さんは奏上し、王は口を尖らせた。

 

「えー? いいとおもったんだけどなあ。がいこくからおかねがたくさんもらえるんだよ?」

 

「資金のことなら、この高橋がいつでも陛下にご用立て申し上げます」

 

「……じぶんたちでがんばれるようになろうとおもったのに」

 

「陛下、わたくしは、この国の子どもすべてに、健やかに子どもであることを謳歌してほしいのです」

 

「うん……わかった。高橋さんがいうなら、やめる」

 

「重畳でございます」

 

「あともうひとつのじょうけんってなに?」

 

 大富豪が促しに従いそれを口にすると、王は、いつものだね、と笑って王座から降りた。高橋さんは床に膝をつき跪く。その黒いジャケットで覆われた肩に顎をのせ、腕を彼の背に回してぽんぽんと叩きながら国王はこう祈った。

 

「つらいこと、かなしいことから高橋さんがまもられていますように」

 

 高橋さんは、なにかあるたび、このちびっこ国王にいつもこうしてもらう。それが終わると、たろうくんⅣ世は決まってこう言う。

 

「高橋さん、こうするとなんでいつもかなしいかおをするの」

 

「お許しください。陛下にそのように祈っていただくと、切なくなるのですよ」

 

 心が生傷だらけの大人の高橋さんは、子ども時代もあまり幸せではなかった。誰かの無事も、幸せも祈ったことはなかった。

 高橋さんは寂しそうな笑顔で続ける。

 

「そして、なんとしてでもこの国をお守り申し上げたくなるのです」

 

 たろうくんⅣ世はにこにこする。

 

「いつもありがとう!」

 

 高橋さんは、この国を守ることで、自分自身が救われているのだろう。

 

     ――了

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