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Satin D'or

 

*登場人物(名前は変更可。玲のみ性別不問)

栗果(りっか)・・・20代後半の女性。季弥の婚約者。そこまで可愛くない。

玲(れい)・・・栗果と同い年の女性またはオネエさん。自宅でクチュリエをやっている。玲の友人

季弥(ときや)・・・30代半ばの男性。玲の兄。賢そう。

 

*場

玲の工房(マンションの一室)


 

*注意事項

ゆったりと間をおいて演じて下さい。

 

*以下本文

 

BGM:適当なジャズ

 

玲「うん、ぴったり! 死ぬほど似合ってる! 私が選んだこのデザインと、このシルクサテンのマリアージュ、最っ高」

 

栗果「(自信がなさそうに)ほんとかなあ」

 

玲「ほんとに似合ってるって。鏡見てよ。兄貴が選んだブロンドカラーの生地、映えるわー。兄貴、この色に思い入れがあるみたいよぉ? ちょっとゴールドっぽく見えてすごくゴージャスなのに、なんか、品もいいのよねえ」

 

栗果「(鏡を見て)これ似合ってるっていうのかなあ」

 

玲「『誰、この美女?!』『はい、りっちゃんでーす』って一人芝居してもおかしくないレベルよ? なんか、りっちゃんのまわりからハリウッド臭がするもん」

 

栗果「それ、ハリウッド臭じゃなくて、うちの職場で作ってる柚子胡椒の匂いだと思う」

 

玲「多分ハリウッドは柚子胡椒の匂いなんだよ」

 

栗果「適当なことばっかり言って。……あ~あ、私、本当にレンタルでよかったんだけどな……玲には小物作ってもらうつもりだったのに」

 

玲「もう! 裁って、縫って、仮縫いまで終わってんのに未練がましいこと言わないの! 小物はもちろんサービスで作るって」

 

栗果「式で白無垢も着るのに、オーダードレスもって贅沢過ぎない?」

 

玲「白無垢はうちの母さんも着たし、いつか私も着るし、うちの家代々のものだからさー。それとは別にりっちゃんただ一人のために誂えた新品のドレスも着たらいいじゃない。どうせ兄貴が払うんだからさ、ドーンと構えなよ。私もりっちゃんに私が縫ったドレス着せて、私の腕の宣伝をしてもらいたいのよ」

 

栗果「今更だけど……私、あんまり式にお金かけたくなかったのにな」

 

玲「そのお金は私の懐に入るのに、私の前でそういうこと言わないでよね。(ふざけて怒って見せながら)なによー、兄貴が選んだ生地で私が縫ったドレス、着たくないっていうの?」

 

栗果「(4秒ほど間をおいて)……ううん、すごく素敵だし……着たいよ。だけど怖いんだもん」

 

玲「何が? もしかして嫁姑問題とか? うちの父さんも母さんも絶対嫁いびりとかしないって。りっちゃんのこと気に入ってるし」

 

栗果「(徐々にしょぼくれながら)私を気に入ってくれてるから、怖いの……」

 

玲「あっ待って! ほらタオル! これで顔抑えて! シルクは水染みができるから!」

 

栗果「(ぐしゅぐしゅしながら受け取ったタオルで顔を抑えて)それにね、今日ね……季弥さん、出張から戻ってきてるのに来てくれなかったの。ドレスのデザイン決めにも、フィッティングにも、季弥さん、なんだかんだ言って絶対来ようとしないし……私、美人でもないし、取り立てて何かできるわけでもないから……季弥さんとうまくいかなかったらって……だんだん怖くなってきちゃって」

 

玲「りっちゃん、もしかしてマリッジブルー中?」

 

栗果「うん」

 

玲「(栗果が落ち着くまで少し待って)りっちゃん、夜眠れてる?」

 

栗果「寝ててもしょっちゅう目が覚める」

 

玲「寝不足は花嫁さんの大敵なんだけどなー」

 

栗果「(泣きつつ)だって……こんなにお金もかけてくれて喜んでくれて……それがみんな壊れちゃうと思うと……怖くて」

 

玲「それ、兄貴に言った?」

 

栗果「言えないよ……」

 

玲「言うべきだって。兄貴はりっちゃんのことしっかり好きだから、ちゃんと聞くと思うし、私が聞かせる」

 

栗果「……ありがとう」

 

玲「(軽くハグして子どもをあやすように)よしよし、泣かない泣かない」

 

栗果「(ぐしゅぐしゅする)」

 

玲「これ、ほんとは兄貴の役なんだと思うけどなー」

 

栗果「……季弥さんの前ではちゃんとしていたいの」

 

玲「ところでりっちゃん、そこの鏡んとこで兄貴がこっち睨んでんだけど」

 

栗果「(ばっと玲から離れて)えっ?」

 

季弥「睨んでないって。(どう声をかけようか迷った挙句、もっそりと)……ドレス、よく似合ってる」

 

栗果「(小声で)……ありがとうございます」

 

季弥「いろいろと気が付かなくて、ごめん」

 

栗果「……あの、いつから聞いてたんですか?」

 

季弥「柚子ごしょうの話のあたりから」

 

栗果「(間をおいて、罪悪感たっぷりに)ごめんなさい……」

 

玲「(ふざけて、季弥に向かって)これ、浮気じゃないからねー? 私、女は愛せないのよねー」

 

季弥「(玲にうるせー黙れと言いたいのを我慢しつつ)玲、ちょっと席を外してくれるか。栗果と話がある」

 

玲「(笑いながら)はいはい。私、ちょうど糸買いに行こうと思ってたし、二人でがっつり話して、とっとと不安解消してよね。あ、飲み食いと度を越したイチャコラは禁止ね。ドレス汚したら許さないから。じゃあねー」

 

(靴を履いてマンションのドアが閉まる音のあとに4秒ほどの間)

 

季弥「ドレス、出来上がったのか」

 

栗果「いえ、これはまだ仮縫いで、フィッティングしてたんです」

 

季弥「見ないつもりだったんだ、ごめん。でも声だけ聞きたくて、つい」

 

栗果「どうして見ないんですか」

 

季弥「欧米に、新郎が結婚式の前に新婦の花嫁姿を見ると幸せになれないっていうジンクスがあるんだ」

 

栗果「そんなジンクスのせいで、来てくれなかったんですか」

 

季弥「(気まずそうに)まあ、うん。ジンクスも結局守れなかったし、栗果にも悲しい思いをさせてすまなかった」

 

栗果「……これ仮縫いだから細かいとこの仕上げはこれからだし、式のときはアクセサリーとかヘアメイクとかでだいぶ変わるから……多分大丈夫ですよ」

 

季弥「(2秒ほど間をおいて不機嫌に)……俺の前ではそうやってしっかり者っぽいのに、玲には愚痴言って泣きつくんだな」

 

栗果「(しょんぼりと)……玲は付き合いが長いし、女同士のノリで話しやすくて……だって、季弥さんにマリッジブルーのこと知られたら、めんどくさい女って思われそうな気がして……」

 

季弥「(ため息をついて)ああ、確かにめんどくさい」

 

栗果「ごめんなさい」

 

季弥「これから、俺が一番近い人間になるんだから、不安とか愚痴とかは俺に直接言いなさい。怒ったり嫌ったりしないから」

 

栗果「はい」

 

季弥「じゃあ、ハグの上書き。(栗果をハグして、子供をあやすように)よしよし、リラックス、リラックス」

 

栗果「(弱ったような照れたような溜め息)……」

 

BGM:可能なら『サテンドール』をフェイドイン

 

季弥「(じっとハグしたまま、しばらくしてから耳元で)いいことを教えようか。初めて会ったとき、店で『サテンドール』が流れてたろ? ほら、ジャズの有名なやつ」

 

栗果「あ、女の人が歌ってる曲……でしたよね」

 

季弥「サテンドールは、サテンっていう生地でできた人形のことらしいんだ。でも、俺、ずっとフランス語の『Satin D’or』だと思ってた」(※ナチュラルな範囲でフランス語風に発音してください)

 

栗果「フランス語?」

 

季弥「金のサテンという意味だよ。だから、この間プラートに出張した時に問屋に行って、派手になり過ぎなくて、栗果に似合いそうな金色っぽいサテンを買ってきたんだ」

 

栗果「……それでこの色だったんですね」

 

季弥「……こういうジンクスとかメモリアルなことにこだわる男って相当めんどくさいだろ?」

 

栗果「ん……ちょっとだけ。でも……」

 

季弥「でも?」

 

栗果「私がわからなかった部分で大事にしてもらってるんだっていうのはわかりました」

 

季弥「わかったか」

 

栗果「はい」

 

季弥「俺たち、もっと自分の気持ちを話そう。結婚に胡坐掻かないで、もっともっと、話そう」

 

栗果「はい」

 

BGM:サテンドールを曲の終了まで流す

 

  ――終劇

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