秋のブリンドル
「実は、僕は犬なんだ」
朝食中、ヴィルは突然うめくように告白し、無心に食べていた細君のビッテは驚いて顔を上げた。
「僕の自意識は犬だ。心が犬になってしまった。もう君の愛した男じゃない」
彼は泣きながら震えていた。
「鏡を見ても、自分の顔が犬に見えるんだ。どうしよう、ビッテ」
「どうしようって……そんな」
「君はこんな……犬になった僕を愛せないだろう? でも僕は君を愛していて……だから怖くて言えなかった」
ビッテは幽霊でも見たような面持ちで訊ねた。
「いつからなの」
「収穫祭のディナーで七面鳥の骨が喉に刺さって手術した時……まるで行儀の悪い犬だって笑われてから」
「行儀の悪い犬なんかじゃない。鳥の骨があったら誰だって齧るわ。普通よ」
「何度も自分は普通だって思おうとしたよ。でも犬だっていう意識がどうしても消えなくて」
「私はそれでいいと思うわ」
「え」
「犬でいいじゃないの。何の問題もないわ」
「え」
「私、犬が大好きだもの。愛してるわ、ヴィル」
妻は優しく夫にキスをした。夫婦は何とか落ち着いて朝食を再開した。しかしやはり気がかりなのだろう、ヴィルはちらちらとビッテを見ている。その不安げな眼差しにぶつかる度、ビッテは彼を安心させるように優しく微笑んで見せた。
食後、ヴィルは庭に出て、落ち葉を踏みながら軽く体を動かしている。その間に、ビッテは夫の母、足腰が弱っていつも別室にいるラウラに会いに行った。専用のソファに臥せっている彼女に、ビッテが夫のことを相談すると、ラウラは鼻に皺を寄せた。
「あの子、また言い出したの? 情けないわね。秋になるといつもこうなんだから」
「彼は収穫祭がトラウマになっているのですわ、お義母さま」
ビッテは鼻を鳴らしてつつましやかに夫を庇った。
「トラウマだか何だか知らないけど、こう毎年だとうんざり。あなたは本当にいい奥さんね。あの子にはもったいないくらいだわ」
「ありがとうございます、お義母さま」
息子の妻の前で、老いた母犬はため息をついた。
「誇り高きグレートデーンに生まれておきながら、今、あの子は自分を何だと思ってるのかしら」
――了