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水曜日の人々

第1話 小さなボトルにノゲシの花を

*登場人物

 

一戸水比古いちのえ みずひこ・・・30代アラサーの男性。古アパートの一室をリノベーションした喫茶店経営。実は莫大な不労所得があるので働く必要はない。神経質な人が努めてのんきそうに話しているような雰囲気

 

苑田莉奈そのだ りな・・・20代アラサーの女性。母子家庭で育った。自覚なくどこか体調が悪そうな感じで演じること。

 

皆藤慶一かいどう けいいち・・・一戸と同年代の男性。実家も太い上に

高収入。外資系。

 

耳納紅子みのう べにこ・・・就職に失敗した大学出たての女性。アルバイト生活を心地よく思い始めている。

 

 

*演技・編集上の注意

・作品ジャンル:現代ロマンス

・指定箇所以外のSE/BGMはお任せいたします

 

*以下本文

 

 場:一戸が経営する喫茶店

 SE:雨音、傘に雨が当たる音、ボロアパートの金属階段を上がる音、カウベルのついたドアが開閉する音(ドアが開いた間だけ雨音を大きく)

 

一戸「(傘を傘立てに入れながら)ただいまー」

 

耳納「おかえりなさい。また散歩ですか?」

 

一戸「うん」

 

耳納「雨降ってるのに」

 

一戸「雨もなかなかいいもんだよ」

 

耳納「名は体たいを表すって感じですか、水比古さん」

 

一戸「水曜日生まれっていう安直な名づけだけどね。はい、これ、散歩でゲットした戦利品」

 

 SE:買い物のビニール袋の音

 

耳納「道路の端っこにいっぱい咲いてる黄色いやつじゃないですか」

 

一戸「(笑って)ノゲシだよ。テーブルに飾ろうと思って採ってきた。ちなみに食える。結構うまいらしい」

 

耳納「ノハラムラサキ? とか、ノボロギク? とか、しょぼい雑草ばっかり持って帰ってきて」

 

一戸「牧野博士曰く、雑草という植物はないんだよ、紅子くん。さあ、瓶に挿すか」

 

 SE:ノゲシを洗う水音、びんがカチャカチャふれあう音、花バサミの音

 

一戸「(マニアックにうっとりと)思ったとおりだ、ノゲシはすごくクロレラの瓶に合う。キッチュで切なげで健気だ。どう思う、紅子くん」

 

耳納「まあかわいいっちゃあかわいいですけど……雑草の花って地味だし、水の揚がりが悪くてすぐ萎しおれるじゃないですか。いつもフラワーフードとか買ってきて大変なんですから」

 

一戸「カラスノエンドウあたりは持ちがいいよ」

 

耳納「そんなのはどうでもいいです。(ため息をついて)とにかく、今日はジェノワーズをレモンケーキ風にしたやつ作ったんで検食お願いします。 どうぞ」

 

 SE:食器とカトラリーを置く音

 

一戸「いただきます。(食べて)……うん、うまい。ふわふわでさっぱりしている。蜂蜜の匂いもする」

 

耳納「水比古さんってバターのきついのとか生クリームとか苦手でしょう? 蜂蜜入りのレモンアイシングを使ってみました」

 

一戸「一般ピーポーの好むようなこってこてに濃厚なのを作ったらいいのに」

 

耳納「どうせどんなの作っても売れないんだから、検食だったとしても、食べてくれる人の好みに合わせたっていいでしょう?」

 

一戸「(笑って)どうせって言うなよ」

 

耳納「立地が悪いんですよ。こんなぼろっちいアパートの2階で、ふるーい食器使って居抜き営業してるなんて」

 

一戸「リノベはしてるだろう、最低限だけど」

 

耳納「最低限過ぎますよ。前から聞きたかったんですけど、水比古さんは、どうやって私のバイト代捻出してるんですか? 身銭切ってません?」

 

一戸「心配してくれてありがとう。私は実は金持ちだから、この店はシミュレーションゲームみたいな気分でやってるんだ。金銭面は気にしなくても大丈夫」

 

耳納「また嘘ばっかり……」

 

一戸「嘘じゃないって」

 

耳納「嘘じゃないんだったら、そのシャツの袖のほつれは何なんですか」

 

一戸「物を大切にする男の証あかし」

 

耳納「客商売してるんですから身なりは整えてください。水比古さんはコーヒーや紅茶を淹れるのもいい加減だし、調理はへたくそだし、ぶらっと出掛けちゃうし。経営に対する熱意がなさすぎます」

 

一戸「辛辣だなあ」

 

耳納「心配してるだけです」

 

一戸「君みたいに優秀なアルバイトがいてくれて助かるよ」

 

耳納「茶化さないでくださいって……あ(耳をそばだてるような間をおいてから)誰か来るみたいです」

 

 SE:金属階段を上り、近づいてくる複数の足音、傘立てに傘を立てる音、カウベルの付いたドアを開ける音

 

苑田「こんにちは」

 

皆藤「(すこし被せて)こんにちは」

 

耳納「いらっしゃいませ」

 

一戸「(被せて、ゆったりと)ああ、いらっしゃい。久しぶり」

 

苑田「(少し皮肉っぽく)ほんとにお久しぶり。みずっち、最近紅子ちゃんに店任せてぶらぶら出掛けてたじゃない。雨ならおとなしく店にいるだろうと思って来たの」

 

耳納「お席はいつもの窓際ですか」

 

苑田「ええ。(皆藤に向き直って、楽しそうに)慶一さん、この席が私の定位置だったの。ほら、通りが見えるでしょ。ぼーっと眺めてるだけでも居心地がいいの」

 

皆藤「へえ」

 

苑田「仕事で嫌なことがあったりするとね、お茶飲みながらみずっち……(慌てて言い直して)水比古さんに愚痴を聞いてもらってたのよ」

 

皆藤「(少し不快げに)ふーん……」

 

耳納「莉奈さん、今日はお連れ様がいらっしゃるんですね」

 

苑田「(ちょっと笑って)再来週、私、この人と結婚するの。皆藤慶一さんっていうのよ」

 

一戸「……へえ、それはおめでとう」

 

耳納「(少し被せて)ええ? おめでとうございます!」

 

苑田「もうすぐ私、苑田じゃなくて皆藤っていう名字になるの。皆藤莉奈って慣れなくて変な感じ」

 

皆藤「すぐ慣れるさ」

 

耳納「全然そんな話をなさらなかったんでびっくりしました」

 

苑田「みずっちもいるところで発表してびっくりさせようと思ってたのに、最近いつ来てもいないし、こっちも結婚の準備で忙しくて、言うのが今日になっちゃったの。今日、慶一さんが一緒に行こうって言ってくれてほんとにいいタイミングだった」

 

皆藤「もうここに来ることはなくなるんで、挨拶をしていくべきだと思って」

 

耳納「え?」

 

皆藤「(ちょっと刺々しく)ボストンに駐在の辞令が出ているんで、僕たち、明後日には出発するんですよ」

 

耳納「じゃあ、お式は……?」

 

皆藤「向こうで、親兄弟や現地の友人たちとガーデンパーティスタイルの人前式を挙げる予定です」

 

耳納「わあ、すてきですね」

 

皆藤「彼女の和装が楽しみですよ。あっちじゃキモノがウケますからね。早くみんなに見せびらかしたい」

 

一戸「きれいでしょうね。着付けは?」

 

苑田「日本人がやってる美容室があって、着付けもちゃんとできるの。慶一さんが私の分だけじゃなくて、母さんのきものまで誂えてくれたのよ?……慶一さんにはすごく感謝してる」

 

一戸「いい旦那さん捕まえたねえ」

 

耳納「(間をおいて、ハッと気づいたように)そうそう、ご注文は? こちらがメニューです」

 

一戸「お祝いに今日は無料にしようか」

 

苑田「え、いいの? ありがとう」

 

皆藤「(メニュー表を受け取って)ふーん……これがメニュー……」

 

苑田「じゃあ、私はとりあえず、ホットのハニーミルクにするね。慶一さんは?」

 

皆藤「(メニュー表を見ながら)え、コーヒーはブレンド一種だけ?」

 

耳納「……そうなんですけど……おいしいですよ」

 

皆藤「(ちょっと侮る雰囲気で)こんな店もあるんだなあ。紅茶もティーバッグですか?」

 

耳納「一応、ちゃんとティーポットでリーフティをお出しします。アッサムしかありませんけど」

 

皆藤「アッサムか、ふーん……この日替わりの手作り菓子っていうのは?」

 

耳納「私がその日の気分で作ってます」

 

皆藤「(畳み掛けるように)バイトが自分の判断で? じゃあ、今日はなんですか?」

 

耳納「……ジェノワーズのレモンアイシング仕立てです」

 

皆藤「(鼻で笑ったあと苑田に向かい、少し小声で)莉奈は優しいね。こんなごみみたいな雑草飾っている店に通いつめるなんてさ」

 

耳納「(小声で独白)聞こえてるんですけど」

 

苑田「風情があって私は好きよ。野草の花って、可愛らしいじゃない」

 

皆藤「そうかな」

 

苑田「そうよ。私も母子家庭で、いろいろ大変だったから……雑草育ちなのは私も一緒よ」

 

皆藤「(真剣に)莉奈は雑草なんかじゃない、僕の大切な妻だよ」

 

苑田「(だるそうに、悲しそうに)だったら、私の大好きなお店をバカにしないでよ」

 

一戸「(心配そうに)莉奈ちゃん、大丈夫?」

 

皆藤「……どういう意味ですか?」

 

一戸「あらゆる意味で……体調とかマリッジブルーとか」

 

苑田「んー、最近ご飯食べる暇がなかったり寝付きが悪かったりするけど……そういえばちょっとふらつくような気もする」

 

皆藤「ごめん、いろいろ気づかなくて……莉奈、本当に顔色が悪いよ」

 

苑田「大丈夫。何か飲めば落ち着くよ」

 

皆藤「……帰ろう」

 

苑田「さっき来たばっかりじゃない……私の顔色ってそんなにひどいの?」

 

一戸「うん、ひどいよ」

 

苑田「……まだ帰りたくないよ、せっかく久しぶりに会えたのに」

 

耳納「あの、他のお客様もいらっしゃらないし、少し横になりませんか?」

 

皆藤「いえ、もう連れて帰りますから。さっきのオーダー、テイクアウトにできますか」

 

耳納「はい、すぐ支度しますね」

 

 SE:キッチンで作業する音

 

耳納「どうぞ。熱いので気をつけてください」

 

苑田「ありがとう」

 

皆藤「(被せて)ありがとうございました」

 

苑田「また、いつになるかわからないけど絶対来るからね」

 

一戸「そのときまで店が続いていたら、歓待するよ」

 

苑田「(少し泣いて)そんなこと言わないで頑張って続けてよ。みずっちも、紅子ちゃんも元気でいてね。私も頑張るから」

 

耳納「ええ。またのお越しをお待ちしておりますね」

 

皆藤「莉奈、もう行こう」

 

 SE:カウベルのついたドアの開閉音、金属階段を降りる複数の足音

 

耳納「慌ただしかったですね」

 

一戸「そうだねえ」

 

耳納「……莉奈さん、大丈夫なんでしょうか。体調もだけど、あの皆藤って人、なんか嫌な感じだったし」

 

一戸「それを判断するのは彼女自身だよ」

 

SE:金属階段を駆けあがる一人分の足音、カウベルのついたドアの開閉音

 

耳納「あら、皆藤さん?……莉奈さんは?」

 

皆藤「車で休ませてます」

 

一戸「なにかお忘れ物ですか」

 

皆藤「いいえ、あの、一つだけ言いたいことがあって」

 

一戸「莉奈さんのいないところでしか言えないこと、なんですね?」

 

皆藤「はい……」

 

一戸「聞かせてください」

 

皆藤「水比古さん……僕のことを嫌なやつだと思ったでしょう?」

 

一戸「まあ、少しは」

 

皆藤「さっきの態度は、我ながらみっともなかった。謝ります。すみませんでした。ちょっと嫉妬を感じてしまって」

 

一戸「私と莉奈さんとは、茶店のオーナーと常連客の間柄で、それ以外の関係は一切ありませんよ。どうぞお心安らかに」

 

皆藤「……あなたにはそうでも莉奈は違うかもしれない」

 

一戸「どういうことですか」

 

皆藤「……莉奈とベッドにいるとき、その、莉奈が一瞬言ったんです。『みず』って。言った後、莉奈は狼狽えてました」

 

一戸「(曖昧に)……うーん」

 

皆藤「……今日は、僕から莉奈を誘ったんです……みずっちという人がどんな人なのか知りたくて。でも僕がお店にケチをつけている間に、あなたは莉奈の体調不良を見抜いた。僕は莉奈を愛しているのに、気がつかなかった。バカみたいですよね」

 

一戸「人間臭くて、私は嫌いじゃないですよ」

 

皆藤「人間臭い、ですか……」

 

一戸「(にこやかに)ええ」

 

皆藤「(少し笑って和やかに)では、莉奈を待たせているので、失礼します。……申し訳ありませんが、もう二度と来ることはないと思います」

 

一戸「それでいいんです。お幸せに」

 

皆藤「ありがとうございます」

 

 SE:カウベルのついたドアの開閉音、金属階段を降りる足音が遠ざかると、派手にどさっとソファに座る音

 

 間。

 SE:ソファに耳納が腰かける音

 

耳納「大丈夫ですか」

 

一戸「(間を置いて、ため息と共に)あーあ、会いたくなくて逃げ回ってたのにな」

 

耳納「逃げ回ってた?」

 

一戸「彼女が玉の輿に乗ってアメリカに行くって噂は耳にしてた。だから、彼女が来そうな時間帯には店にいないようにしていたのに、やっばり逃げおおせるもんじゃなかった」

 

耳納「……散歩が異常に増えましたよね」

 

一戸「……彼女の口から聞きたくなかったんだ。それくらいならいつの間にかいなくなってくれた方がましだ 」

 

耳納「……女々しい」

 

一戸「……たしかに。(ため息をついて)皆藤氏から追い討ちでプレイ中の睦言むつごと聞かされて後味悪いったらありゃしないよ」

 

耳納「後味が悪いんですか……」

 

一戸「私から一歩踏み出してたらいろいろ変わってたかもしれない」

 

耳納「水比古さん、いつでも踏み出せたんじゃないですか?」

 

一戸「彼女は経済的に苦労して育ったから、皆藤氏みたいなわかりやすくハイスペックな男を探していた。金持ち男をひたすら狙う女ってちょっと嫌だろう?」

 

耳納「水比古さん、自分のこと金持ちだって言ってたくせに。好きだったんなら問題なかったんじゃないですか?」

 

一戸「……そうなんだろうけど、もろ手を挙げてそうだとも言えない」

 

耳納「そのくせにこんなに凹んでるんですね」

 

一戸「まあね。自分でも不思議だ」

 

耳納「女々しい」

 

一戸「その通りだよ」

 

耳納「(寂しそうに)私は、水比古さんが女々しくてよかった」

 

一戸「どういう意味?」

 

耳納「あらゆる意味です」

 

一戸「(間を置いてため息とともに)なにか飲もうか」

 

 SE:ソファから立ち上がって、キッチンでコーヒーをを淹れる音、テーブルに出す音

 

一戸「(優しく)お互い、今日は疲れたな」

 

耳納「(飲んで、呟いて)おいしい」

 

一戸「(飲みながら)さっきは私のコーヒーの淹れ方をいい加減だとかなんとか言ってたくせに」

 

耳納「あのいい加減さでこんなに美味しく淹れられるのがいつも不思議なんです」

 

一戸「(少し笑ってから)あ、ほら、このノゲシ。さっきまで蕾だったのに開いてきた。(しみじみと)人はどうあれ、花は自分のペースで咲くものなんだなあ」


 

 ――終劇。

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