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​あなたは知らない

 

*登場人物(名前は便宜上付けているだけなので変更可)

 

累(かさね)・・・27歳くらいの女性。貴文の同期の同僚。よくいそうな感じ。台詞・ナレーション最少。

 

貴文(たかふみ)・・・27歳くらいの男性。雄一の友人。いい会社勤め。

 

仁子(にこ)・・・23歳くらいの女性。雄一の血のつながらない妹。貴文と話すときはよそよそしく、雄一と話すときは柔らかい口調で。台詞・ナレーション最多。

 

雄一(ゆういち)・・・27歳くらいの男性。真面目でお人好しのガテン系。ナレーション最長。


 

*演技・編集上の注意

・作品ジャンル:恋愛もの

・登場人物名にNとついているところはその人物による独白風ナレーションです。

・4つの場面は順不同でパフォーマンスいただいてもOKです。

・第一場→約1000字 第二場→約700字 第三場→約900字 第四場→2300字 

・方言可、むしろ大歓迎です。

・指定していない箇所のBGMやSEは任意で。


 

*以下本文


 

場:貴文のマンション。

SE:食卓に食器を並べる音

 

累「おはよう」

 

貴文「……おはよう」

 

累「朝ごはん作ったの。大したものじゃないけど……食べない?」

 

貴文「ありがとう」

 

累N:あなたの部屋で迎えるはじめての朝。どんなに遅くなっても絶対私を帰すあなたがやっと泊めてくれた、そんな特別な朝。私は勝手のわからないキッチンを勝手に使って朝ごはんを作った。コーヒーを淹れて、ワンプレートにトースト、サラダと、目玉焼き。あなたはお皿をじーっと眺めた。ほんとに大したものじゃないから何を言われるかちょっと不安。

 

貴文「君、目玉焼きは固焼き派なんだね」

 

累「あ、もしかして、貴文って半熟派?」

 

貴文「俺は固焼き派だよ」

 

累「よかった!」

 

貴文「累は、目玉焼きには何かける?」

 

累「塩、が多いかな」

 

貴文「俺もなんだ」

 

累N:そのとき、あなたは不思議な微笑みを浮かべた。ほっとしたような、どことなく寂しそうな。

 

貴文「……君といると、なんだかすごく気持ちが楽だ」

 

累「どうしたの、急に」

 

貴文「(少し考えこんでから)……俺のこと、好き?」

 

累「うん、好き」

 

貴文「彼女がいるの知ってるくせに?」

 

累「だから?」

 

貴文「平気なんだ」

 

累「……平気なふりしてるだけ。こんな関係になっても振り向いてくれないんだもん、もうどうしようもないじゃない」

 

貴文「割り切ったんだ」

 

累「都合のいい解釈はしないで。悲しくないわけないよ」

 

貴文「(間。溜め息をついて)俺、つくづくクズだよな」

 

累「貴文がクズなら私もクズだよ。私が、彼女いるのわかってて誘ったんだから」

 

累N:あなたのこと、ずっと前から好きだった。だからあなたの部屋に私の痕跡をほんのちょっと残していく。彼女はきっと気づいているはず。今朝は大胆に、キッチンに二人分の食器を置いて行くつもり。ほら、私だって立派なクズ。

 

貴文「(間をおいて)彼女とはもう終わってるんだ」

 

累「えっ?」

 

累N:あなたは目を細めてから少し泣きそうな顔をした。

 

貴文「俺みたいなクズでよければ、見放さないで欲しい」

 

 

累N:私は彼を抱き締めた。まぶたにキスすると、ちょっと塩辛かった。彼が子供みたいにしがみついてくる。私たちは朝食もそっちのけで、リビングのソファの上、慌ただしく重なった。そして、遅刻しそうになりながらご飯を食べて、一緒に職場へ走った。あなたは、なにか吹っ切れたような顔をしてた。私は改めて、あなたのことを好きだと思った。


 

ーー場面切り替えーー


 

場:こじゃれたカフェ

 

貴文「話があるんだけど。一言で済むからさ」

 

仁子「じゃあさっさと済ませて」

 

貴文「別れて欲しい」

 

仁子「別れて欲しい……って」

 

貴文N:仁子は呟くように俺の言葉を繰り返した。俺はいかにもチャラついたふうに続ける。

 

貴文「俺、本命がいるんだよね。気づいてるんだろ?」

 

仁子「……うん」

 

貴文「あいつ、すごくいいんだ。君とは大違い。今までで最高の女だよ」

 

仁子「ふーん、そうなんだ」

 

貴文「だから悪いけど、今日この場で別れてくれ」

 

SE:氷の入ったグラスを掻き回す音

 

貴文N:仁子は、何を今更とでも言う様子でアイスティを掻き回している。いつもこんな風だ。俺の思いには無関心。心も体も、俺に触れられるのを嫌がる。

 仁子には好きな男がいる。俺がどんなにあがいても太刀打ちできない、ずっと片想いしている男が。

 

仁子「いいよ、別れても。でも、ゆうちゃんには謝って」

 

貴文「え?」

 

仁子「私たち、ゆうちゃんにプッシュされてつきあったんでしょ。ゆうちゃんに別れる理由言って謝って」

 

貴文「うん、後で電話しとく」

 

仁子「今すっぱり別れたいんでしょ! この場で、私の目の前でかけて! この前みたいにゆうちゃんに土下座なんてされたら嫌だから」

 

貴文N:あいつのことになると、仁子はわがままになる。あいつは俺の友人で、仁子の兄。俺に仁子を紹介したのもあいつだった。仁子は、あいつを兄とは呼ばない。

 俺は仁子が好きだった。本気で将来を考えていた。だけど仁子はあいつに言われたから俺とつきあっているだけ。

 だったら、こうするしかないじゃないか。

 俺はあいつに電話をかけた。


 

ーー場面切り替えーー


 

場:商店街の雑踏

SE:パンプスで歩く音

 

仁子N:私、もう十分だと思った。

 あいつに散々彼氏面されてもがまんした。だって、ゆうちゃんの顔潰したくなかったし、ちょっぴり嫉妬してくれないかなって思ったし。そして、キリのいいところで別れればいいやって思ってた。

 でももう無理。好きでもない男に馴れ馴れしくされるのってすごく苦痛。正直なめてた。

 別れる理由が半端だと、ゆうちゃんがあいつに土下座して「仁子を見放さないでくれ」なんてやっちゃう。一回やられた。あんなゆうちゃん見たら、泣いちゃうよね。だから、今度こそうまく切らなきゃってずっと考えてた。

 そしたら最近、あいつの部屋で口紅とかアクセサリーとかを見かけるようになった。これ見よがしな感じ。あいつ、女がいたんだ。

 私にとっては渡りに船。相手の女にありがとうって握手したい気分。さっそく後腐れない切り出し方を考えていたら、あいつから振ってくれた。超ラッキー。

 私はかわいそうな被害者。

 ゆうちゃんは、かわいそうな私にとっても優しくしてくれる。

 

SE:女子っぽい着信音

 

仁子「(しおらしく)もしもし」

 

雄一「仁子……俺だけど」

 

仁子「ゆうちゃん……」

 

雄一「貴文に全部聞いた。……つらかったな」

 

仁子「(泣きそうな雰囲気で)うん」

 

雄一「大丈夫か」

 

仁子「大丈夫じゃない……明日有給取った」

 

雄一「そうか」

 

仁子「今からそっち行ってもいい?」

 

雄一「……じゃあ、気晴らしになんかうまいもんでも食いに行くか」

 

仁子「ううん、私、ゆうちゃんの作るあれが食べたい」

 

雄一「え? あれ? あんなんでいいのか」

 

仁子「うん……あれが食べたい」

 

雄一「迎えに行こうか?」

 

仁子「ううん、もう近くまで来てるから」

 

雄一「わかった。待ってるから気をつけて来いよ」

 

仁子「うん、じゃあ」

 

SE:通話終了音、パンプスで少し歩く音

 

仁子N:ゆうちゃんは私のためにいろんなことを諦めてくれた人。すごく優しくて、かっこいい。あの目も、唇も、声も、それから匂いも、思い出しただけで体が熱くなる。そうだ、デザート買っていこう。ゆうちゃんの好きなのを。

 

仁子「(うきうきと楽しそうに)わらび餅2つください……あ、そっちの茗荷饅頭も」


 

ーー場面切り替えーー


 

場:ボロアパートの一室

 

雄一N:妹は大学を出ていい会社で働いてる。ホテルみたいなきれいな社員寮に住んで、良家のお嬢さんって言っても通用する。こんな兄貴がいるなんて誰も想像できないだろう。 俺はこのボロアパートに残って暮らしてる。女っ気も何もない。中卒だっていうとたいていの女はドン引きするしさ。

 妹の男っ気のなさが心配で、中学の頃から連絡を取り合っている貴文を紹介したら、貴文は妹にべた惚れし、妹もまんざらでもなさそうだった。すぐに付き合いが始まって、俺は自分のことのようにうれしかった。一度仲がこじれたときも、俺が頭を下げてなんとか丸く収めた。

 なのについさっき、貴文がいきなり電話してきた。あいつ、他に女を作って妹を捨てたって。

 お前はそんなことするやつじゃない、何かわけがあったのなら聞く、と言うと、切られて着信拒否された。何なんだ、一体。

 

SE:目玉焼きを焼く音、食卓に丼を置く音

 

雄一「ほら、できたぞ」

 

仁子「ありがと。ずっと食べたかったの。いただきます」

 

雄一「いただきます。こんくらい自分で作れるだろ。飯に目玉焼き乗っけただけだぞ」

 

仁子「ゆうちゃんが作ったのが食べたいの。ほら、ふちのところがぱりぱりってして、中はとろっとろなの」

 

雄一「強火と油の量で誰でもできるっつったろ?」

 

仁子「ゆうちゃんと同じにはできないよ」

 

雄太N:中学3年の夏休み、父とその再婚相手が消えた。正確に言えば、その筋の人に連れていかれた。やばい借金があったらしくて、今も生きてるか死んでるのかすらわからない。 俺は、再婚相手の連れ子だった妹と二人で呆然としていた。まだよそよそしい、家族になり切れてない兄妹二人っきりになったんだ。でも、やっぱり妹に泣かれると兄貴としてはどうにかしないとってなるよな。俺は高校進学を諦めて就職した。まだ思春期に入ったばかりの妹には惨めな思いをさせたくなかった。その頃よく作ってたのがこの目玉焼き丼だ。

 

雄一「あ、鰹節と海苔、いるか?」

 

仁子「そんな贅沢なのじゃなくて、昔みたいなのがいいの。あのころは卵とお醤油だけだったでしょ」

 

雄一「(笑う。間を置いてからしみじみと)でも、よかった」

 

仁子「なにが?」

 

雄一「意外と元気そうだ。泣きまくるかと思った」

 

仁子「……こうなるの、前からわかってたから」

 

雄一「そっか。あんなやつ紹介してすまなかった。ごめん」

 

仁子「ううん、私が悪いの。罰ばちが当たったの」

 

雄一「(気遣いながら)罰ばちって……浮気されるようなこと、なんかやったのか」

 

仁子「今日、泊まっていい? ゆっくり話したいの」

 

SE:キッチンの流しで皿を洗う音

 

雄一N:食事が終わると、妹は話す前に風呂へ引っ込んじまった。

 シャワーの水音を消すように俺が皿を洗っていると、静かに近寄ってきた妹が後ろから抱き着いてきた。俺が使ってる安物のとは違うシャンプーの匂いがした。

 

雄一「(やれやれという様子で)もう子供じゃないんだぞ。(あやすように)やーめーろ」

 

仁子「いいじゃない」

 

雄一「よくない」

 

仁子「いいの」

 

雄一「(間を置いて)……なあ、さっきの話だけど、罰って何なんだ」

 

仁子「(間を置いて)私、好きな人がいるの」

 

雄一「はあ?」

 

SE:キッチンの流しの水道を留める音

 

仁子「その人に振り向いてほしくて、貴文さんとつきあってたの。多分気づかれてた。振られて当然だよ」

 

雄一「……まじか……」

 

仁子「うん」

 

雄一「知らなかった。うわー……知ってたら貴文紹介しなかった……早く言えよ! あああああああ貴文にも謝んないと」

 

仁子「やめてよ。終わったことなんだから」

 

雄一「終わったって言ったって……」

 

仁子「(遮って)ねえ、私が本当に好きなのは誰だか、訊かないの?」

 

雄一「……妻子持ちとかはだめだぞ」

 

仁子「そんなのじゃないよ。ゆうちゃんがよく知ってる人」

 

雄一「誰だよ」

 

仁子「(間を置いて)……私が就職してここ出ていく前の夜、ゆうちゃん、私が寝てるとき、キスしたでしょ」

 

雄一「は?」

 

雄太N:いつの間にか、俺はびっしょり汗を掻いていた。たった一回、よく眠っているときにしたキスを妹は知っていた。

 妹に触れたのはその一回だけ。罪悪感半端なかった。

 血が繋がっていないにせよ、俺を慕ってくれた妹を女として見るのが怖かった。

 だから、誰かが妹を連れて行って幸せにしてくれたら、と思っていた。

 そうすれば、俺は唯一の家族の信頼を裏切らず気持ちを切り離せる。

 

雄一「なんだよいきなり……」

 

仁子「(少し高圧的に)ね、キスしたよね」

 

雄一「夢でも見たんじゃないのか」

 

仁子「絶対夢じゃない。眠ってなかったもん」

 

雄一「ごめん……俺、その、酔っぱらってて……覚えてないんだ」

 

仁子「嘘。ゆうちゃんお酒飲んでなかった。お酒の味しなかった」

 

雄太N:俺の腰に回した妹の腕にきゅっと力が入った。

 

雄一「(間を置いて)すまなかった。魔が差したんだ」

 

仁子「あのとき、すごく嬉しかった。私ずっとずっと前からゆうちゃんが」

 

雄一「(遮って、少し怯えたように)俺たち、兄妹だろ。そういうのはだめだ」

 

仁子「(責めるように)……キスしたくせに」

 

雄太N:妹の白い手が、俺の腹から胸をすうっと撫で上げた。何かが壊れるような気がした。

 

仁子「ねえ、知ってるんでしょ? 私たち、法律上も普通に結婚できるんだよ?」


 

――終劇

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