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銀の河、鉄の道
―しろがねのかわ、くろがねのみち―

 

*登場人物

私・・・30代の男性。ちょっとくたびれた雰囲気。独白部分が多いため、「孤独のグルメ」をイメージして演じるとよいかも。途中〇〇さんと呼ばれるが名前は任意で入れること。

桜・・・「私」より四つか五つ年下の女性。「私」の妻。可愛らしい。

係員(金魚)・・・年齢/性別任意だが、乗客よりはだいぶ若い。金魚のマスク+水の入った金魚鉢を被っている。ちょっと生意気な雰囲気。台詞はすべて水の音+トランシーバーかマイクを通したような効果をかける。

乗客(金魚)・・・性別任意。熟年世代の範囲で年齢任意。金魚の被り物を被っている。落ち着いた口調。

 

*演技・編集上の注意

・作品ジャンル:文芸寄りの現代ファンタジー。いい話ではなく不思議譚であることを強調すること。聴いてほっこりではなく、なにか生活に入り込んだ違和感のような感じ。

・SEやBGMは任意で。

・ナチュラルであることを大切に。

・ゆったりした時間の流れを重視し、ゆっくり目に演じること。間をとるように指示した部分についてはゆったり間をとること


 

*以下本文



 

SE:作中を通じ、蒸気機関車のぷしゅーという音、駅のざわめき、不明瞭な駅構内アナウンス音をランダムに入れ続ける。

 

SE:駅の音、歩く音、重いスーツケースを引きずる音


 

私「列車で一人旅かぁ。ずっと憧れてたんだよなあ。よいしょっと……しっかし、何でこんなに重いんだ! (間)あれ……なんでこんな重いもん、持っていこうと思ったんだっけ? 持ってかなくたって、全然問題ないんじゃないかな……そもそも、これ、何が入ってたっけ? なんか適当にその辺のもんを詰め込んだ気がする……賢い人間は荷物が少ないっていうけど、私は頭が悪いんだろうな。(きょろきょろして何か探すような間をおいて)あ、クロークだ。プラットホームにクロークがあるとこなんて初めてだなあ。へえ、無料で利用できるのか」

 

SE:スーツケースを立てて置く音

 

私「すみません……これ、預かって……え?」

 

SE:エアポンプの水音+ちゃぽちゃぽした水音

 

係員「(マイクを通したような音声で)どうかしましたか?」

 

私「あの、どうしてそんな金魚の被り物つけて、さらに金魚鉢被ってるんですか? 水入ってるじゃないですか! 苦しくないんですか?」

 

係員「いいでしょうこれ。エアポンプも入ってるんですよ」

 

私「はあ」

 

係員「これがないと息ができないんですよ。私、金魚なんで」

 

私「え? 金魚?」

 

係員「(ちょっと自慢そうに)ええ、さらさ和金《わきん》です。金魚すくいによくいるやつですよ」

 

私「縁日ですくったやつならうちにもいますけど……」

 

係員「(前の台詞に被せて)で、このお荷物をお預かりすればいいんですね? この預かり証に必要事項をご記入下さい」

 

SE:何か書く音

 

私「あ」

 

係員「わからないところでもありました?」

 

私「いや、いつ取りに戻るか、見通しがつかなくて」

 

係員「取りに来ない方の方が普通なんですよ」

 

私「えっ? それで大丈夫なんですか」

 

係員「意外と大丈夫なものですよ。ご心配でしたら、お荷物はどこか安心な場所に置いて、ご出発をまた別の日になさっては? もっともっと後でもいいと思いますけどねえ」

 

私「今日を逃したら、もうこんな機会はないような気がするんです……ここ一年ほどずっと入院していたもんで、こんなに爽やかな気分で外を歩けるなんて、本当に久しぶりで……どこか遠くに行ってみたい気分なんです。体が軽くて、痛みもなくて、本当に夢みたいで」

 

係員「(残念そうに)そうですか……ではお荷物をお預かりいたします。控えはこちらです」

 

私「よろしくお願いします」

 

SE:エアポンプ音とBGMフェイドアウト後、歩く音、不明瞭ではっきり聞こえないが出発を告げているようなアナウンス

 

私「(独白)えーと、どれに乗るんだったかな……切符に書いてあったっけ……えーっと、四番ホームに行けばいいんだな」

 

SE:しばらく歩く音

 

私「(立ち止まって、息をのんで)えっ? これ?! これに乗っていいの?!! この切符で?! (切符を矯めつ眇めつして)うん、間違いない、この車両だ。……うっわあ、ラッキー……蒸気機関車に乗れるなんて!! そうだ、撮らないと」

 

SE:スマホで数枚撮る音

 

私「(うっとりと溜息を吐いて)……こんなとこで乗れるって知らなかったよ……期間限定かな? ……こういうのって乗車予約が殺到するはずなのに……本当に乗っていいのか? このやっすい切符で……。でもちゃんと印字されてるし……うーん……(吹っ切れたように)まあいいや……えっと、自由席の車両は、と……(感心して)へえ、全客車、自由席なんだ。じゃあ、この辺に乗るか」

 

SE:駅のざわめきをフェイドアウト。木の床を歩く音

 

私「(乗って)……あ、思ったよりは空《す》いてるんだな。昔懐かしボックスシートだ……床も壁も座席も木製にビロード張り……背もたれも垂直……昔、鉄道博物館で見たまんまだ……レトロで洒落てるなあ。よし、ここに座ろう」

 

間。

 

乗客「あ、ここ、いいですか」

 

私「あ、どうぞ……あっ」

 

乗客「どうかしましたか」

 

私「いえ、金魚の被り物をつけてらっしゃるのでびっくりして……駅の荷物預りの人なんか被り物の上から、金魚鉢まで被ってましたよ」

 

乗客「ああ、私はもう金魚鉢は着けなくてもいいんです。金魚はお好きですか」

 

私「好きです。今も、金魚すくいの金魚、二匹飼ってます」

 

乗客「ほう、どんなのですか?」

 

私「小さい白赤の和金と、大きいのは鮒が赤くなっただけみたいなやつです。全然珍しくもなんともないんですけどね……二匹とも結構仲良くやってます。意外と小さいほうが生意気だったりして」

 

乗客「(笑って)生意気……」

 

私「大きい方は小学生の時、近所の神社の祭りで、クラスメイトの悪ガキが金魚すくいの金魚、飼うのが面倒だって道ばたに袋ごと捨ててたんですよ。それ拾って飼ったんです」

 

乗客「それはいいことをなさいました」

 

私「飼いだしたのはいいけど、白点病やら尾ぐされやらで、何度も死にかけて……何とか乗り切って、もう20年になるんです。鯉かってくらいでかいんですよ」

 

乗客「緋鮒や和金なら、だいじにすると20年くらい生きるのもいるみたいですね」

 

私「あ、お詳しいんですね」

 

乗客「私も金魚の人生については思うところがありまして……魚だから人生っていうより魚生ぎょせいかな。金魚って、人が思うより頭いいんですよ。魚をその辺の有象無象みたいに思ってる人が多いんですが、世話をしてくれる人の顔はもちろん足音のパターンなんかも覚えていて、近づくと喜んだりするもんなんです」

 

私「私、ちょっと体壊して入院してたんで、顔忘れられてるかもしれませんね」

 

乗客「いいえ、魚を舐めてはいけません。忘れませんよ、絶対に」

 

私「だといいなあ……」

 

乗客「(深い溜息を吐いて、しばらく間をおいて、気を取り直すように)ところで、もうすぐ発車ですね。発車した後すぐ検札ですよ」

 

私「あ、そうなんですね」

 

乗客「よく間違えて別の列車の切符で乗ってくる人がいるんですよ。切符の文面がちょっと紛らわしくて……」

 

私「えっ……私の切符、大丈夫かな」

 

乗客「拝見しましょうか?」

 

私「ありがとうございます」

 

乗客「ここ、ちょっと手元が暗いんで乗降口のところで見せてもらってもいいですか」

 

私「お手数かけます」

 

SE:木の床の上を歩く音、小さめに駅のざわめき。

 

私「あの、これなんですけど」

 

乗客「ああ、これですか。これかぁ……これねぇ……」

 

私「その切符でこの車両に乗ってて大丈夫でしょうか」

 

BGMで、雰囲気をがらっと変える

 

乗客「(呵呵大笑して)あはははははははは」

 

私「え? え?」

 

乗客「あははははは、うん、確かにこの列車のですよ、はははははは」

 

私「(戸惑って)何がおかしいんですか」

 

乗客「この列車がどこ行きか、ちゃんと切符見ました?」

 

私「(ちょっとムッとして)私がどこに行こうと、私の勝手じゃないですか」

 

SE:私が乗客に列車から突き飛ばされ、プラットホームに倒れる音

 

私「痛っ!」

 

乗客「この切符は私がいただきます。あなたはお帰りなさい」

 

私「なっ、何するんですか!!」

 

乗客「私、もう十分生きましたから、この切符は有効活用させていただきますね」

 

私「えっ?」

 

乗客「私ねえ、一度大きな大きな川を泳いでみたかったんです。銀に輝く果てしない河で、自由に泳ぎたかったんです」

 

私「あんた、何言ってんだ!!」

 

乗客「(夢みるように)

北十字から時の鎮まる白鳥の翼

アルビレオから美しき右肩を持つ鷲

ケンタウルが露を降らせ、

南十字のはるか先、幻想四次の天に開く穴」

 

SE:前の台詞に重ねて発車を知らせるジングル。可能なら宮沢賢治作詞作曲の「星めぐりの歌」

 

私「(ジングルに被せて)だから、何言ってんだって! ふざけるのもいい加減にしろ」

 

乗客「(被せて)ありがとう、私はとても幸せでしたよ。どうかあなたもお幸せに、さようなら」


 

SE:手動の引き戸の音、汽笛と発車音、それが消えてから最初に流していた駅のざわめき

 

私「何なんだ、一体……なんか、変な夢でも見てるみたいだ。そうだ、とにかく駅員に通報しよう。改札はあっちだったな」

 

SE:速足で歩きかけて、立ち止まる音

 

私「えっ?! これ、私のスーツケースだ……何でこんなところに投げ出されてるんだ、さっき預けたのに…… まったく、これも苦情言わなきゃだな……え?」

 

SE:4秒ほど、ガタゴトとスーツケースが勝手に揺れ動く音

 

私「え? え? なんか動いてる! 勝手に開こうとしてる!」

 

SE:スーツケースが開く音

BGM:優しく、どこか神秘的な曲

 

私「あ……桜……桜の花びらだ……どうしてスーツケースの中にぎっしり詰まってるんだ……」

 

桜の声「(空から、リバーブ多めの寂しげな声で)……どうして私を置いていくの? 私の思い出すら持っていきたくなかったの?」

 

私「あれ? 今誰かの声が聞こえたような……何だろう……何か大切なことを忘れている気がする」

 

SE:風が一瞬強く吹く音

 

私「(呆けたように)ああ、桜吹雪だ……きれいだなあ……」

 

桜の声「(縋るように)…お願い、戻ってきて……私を一人にしないで……お願い」

 

SE:エコーを利かせたパシャッという水の音、その後にゆっくり間を置いて病院のベッドサイドモニターの音フェイドイン

 

桜「(たっぷり間をおいてから泣き声でフェイドイン)あ、あああ、目が、動いた……○○さん! ○○さん! 目を覚まして! ねえ!! 目を開けて! ○○さん!」(※〇〇さんは任意の名前。○○ちゃんや呼び捨てでもOK)

 

私「……う……う」

 

桜「……○○さん! 私よ! 桜よ! わかる?」

 

私「(ゆっくり間を置いた後、まだ麻酔の抜けきっていないしわがれた声で小さく)……さ……く、ら……」

 

桜「(涙声で)あなた、22時間手術して、その後麻酔で一週間眠ってたのよ。回復用に眠らされてたの(嗚咽。嗚咽を必死で抑え、涙声で、噛んで含めるようにゆっくりと)手術ね、うまくいったの。術中に、血圧が下がってちょっと危なかったけど、もう大丈夫だって……これからは治る一方なんだって……お義父さんと、お義母さんもいるの。今ちょっとナースステーションに行ってるから、すぐ来るわ。きっと喜ぶわ(フェイドアウト)」

 

SE:ベッドサイドモニターの音フェイドアウト、かなり間をおいて

 

私「(ゆっくり独白)そして、私は更なる治療とリハビリの末退院した。体は不自由だし、通院投薬は続いているが、なんとか職場にも戻れた。年末には子どもも生まれる。もちろん幸せだ」

 

BGM:少し不気味で不気味過ぎない曲、スローにフェイドイン

 

「(間をおいて)リビングの水槽に、白と赤のさらさ和金が一匹、寂しそうにしている。(間をおいて)前日まで元気だったという緋鮒ひぶなは、あの日突然死んでしまった。桜は、私の留守中あいつを死なせたことを泣いて詫びていたが、きっとそういうことじゃない……(間をおいて)あの日、私はあの列車に乗ろうとしていた。乗っていたら、私はここにいない。あいつは、私の切符で列車の旅をして、今は銀の河を泳いでいる。きっと得意げに、金の鱗を煌めかせて」

 

――終劇。

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