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The Blackberry Garden

*登場人物

 

マーサ・ミドルトン・・・8歳女児/23歳女性。できれば同一人物が演じるのが望ましいが、難しい場合分けてもOK。地味で、自分は愛されないと思っているタイプ。エドに対し、どぎまぎしつつも好意を感じている

 

メイ・カーライル・・・8歳女児/23歳女性。マーサの幼馴染。できれば同一人物が演じるのが望ましいが、難しい場合分けてもOK。良くも悪くも大らか。エドもマーサも大事に思っている。

 

エド・スコット・・・27歳の男性。メイのフィアンセ、マーサの架空の夫。人当たりが良い、家族を大切にする普通の人。台詞少な目。

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カリン・エイブル―・・・36歳の主婦。マーサの長女。しっかりしている。カールという夫がいる。妊娠中。

 

パム・ミドルトン・・・34歳独身店員。マーサの次女。ガサツで言葉遣いが投げやり気味。※男性に書き換え可能。

 

ハリー・ミドルトン・・・25歳の会社員男性。マーサの長男。

 

フェブラリー・スコット・・・・25歳の女性。メイの娘。クールで賢そうな、でもところどころドジを踏む感じの口調


 

*演じる上での注意事項

・作品ジャンル→ヒューマンドラマ

・無理に声を作らず、年齢設定に無理のない範囲でナチュラルに。

・とにかく淡々と。

・指定した箇所以外のSE、BGMはお任せで。SE指定されていても音源の都合などでできないところはそのままでOK。


 

*以下、本文


 

 SE:土砂降りの雨音、外に車を停める音、木製のドアのノッカーの音

 可能ならばこのパートは少し音質を落としたり、薄く雑音を入れるなどして、昔の雰囲気を出す

 

メイ「(声を張り上げて、ノッカーを何度も鳴らしながら)こんにちはー! マーサ! マーサ! いるー? 私よー! メイよー、あなたの親友、メイ・カーライルよー!(独り言で)もう、玄関チャイムまだつけてないの? ノッカーなんてまだ使って……(また声を張り上げて)マーサ? いないのー?」

 

マーサ「(家の奥から)はーい!」


 

 SE:近寄ってくる床上の靴音 少し間をおいて木製ドアの開く音

 

マーサ「メイ?!……(いきなり抱き着かれ小さく驚きの声)あっ」

 

メイ「(マーサの台詞にかぶせていきなり抱き着いて)マーサ! 久しぶり! 元気だった?! 私は見ての通りとっても元気よ」

 

マーサ「メイ、いつ帰ってきたのよ!」

 

メイ「ついさっき着いたばっかりよ。実家に帰る前に、マーサんちに寄ったの」

 

マーサ「あいにくの雨で、大変だったでしょう? 道もぬかるんでるし」

 

メイ「クラーデンからずっと車だから、雨はそんなに大変でもないわ。あとで洗車は大変だけど」

 

マーサ「(ちょっと笑って)遠くからの運転、お疲れ様。おじさんもおばさんも、きっと喜ぶわ。あ、座って座って! お茶淹れるわ」

 

メイ「あ、お茶は三人分ね。マーサと私と、あともう一人分」

 

マーサ「え?」

 

メイ「今日ここに来たのは紹介したい人がいるからなのよ」

 

 SE:ノッカーの音、ドアが開閉する音

 

エド「こんにちは、初めまして」

 

メイ「(間をおいて)マーサ? マーサ? どうしたの?」



 

マーサ「(ぼーっとしたあと、はっとして)な、なんでもないわ。(おずおずと)……紹介したい人っていうのはそちらの方?」

 

メイ「そうなの! 彼は、エド・スコット。職場の先輩で、私の彼氏で、今年の10月に結婚予定なの」

 

マーサ「え? 結婚?」

 

エド「そうなんです、やっとプロポーズにOKをもらえて」

 

メイ「(笑って)あの頃はちょっと忙しすぎたのよ。返事は少し待ってって言ったじゃない。エド、この子は私の幼馴染のマーサ・ミドルトン。性格が正反対なのに、馬が合って子どもの頃からの大親友なの」



 

エド「初めまして。メイからいろんなエピソードを聞いてます。どうぞよろしく」

 

マーサ「あっ、よ、よろしくお願いします」

 

エド「ミス・ミドルトンは握手じゃなくて、コーテシーなんですね、古風な作法をしっかり身に着けていらっしゃる」

 

マーサ「……田舎ですから……古臭い因習が残ってて」

 

エド「古臭いなんてことはありませんよ、上品で、僕がジェントルマンにでもなった気分です。メイのお友達なら、今後も僕らとおつきあいいただくことになるでしょうから、エドでもエディでも、好きなように呼んでください」

 

マーサ「は、はい」

 

エド「僕もマーサとお呼びしても?」

 

マーサ「はい」

 

メイ「(ノンデリっぽく)マーサ、これね、お土産……私が勤めてるお店で扱ってるチョコレートなの。 ベルギーのでね、すっごくおいしいのよ? ねえ、マーサ、聞いてる?」



 

マーサ「(ぼーっとしたあと、はっとして)あ、ありがとう、ラッピングもすごく素敵ね。こういう高級なお菓子って、この辺じゃなかなか手に入らないから食べるのがもったいないわ。……(おどおどしながら)あ、あの、お茶、淹れてきますね」

 

メイ「あ、私も手伝おうか。勝手知ったるマーサのキッチンだもん」

 

マーサ「手伝いはいいわ。エドを一人で待たせちゃ気の毒でしょ」

 

エド「あ、僕はお構いなく。積もる話もあるでしょうから(こらえきれずにあくびして)あ、失礼」

 

メイ「エドはずっと運転してきたからちょっと疲れてるのよ……エド、お茶の支度の間、ゆっくり座ってて」

 

エド「うん、そうさせてもらおうかな」

 

 SE:扉の開閉音

 

マーサ「(少し間をおいてダウナー気味に詰って)メイ、ひどいじゃない」

 

メイ「え?」

 

マーサ「連絡の一つもなしでこんな、……こんなお客様を連れてくるなら、服だって着替えたかったし、お迎えの準備だってちゃんとしたかったわ」

 

メイ「怒ってるの?」

 

マーサ「怒ってるっていうより、困ってるの!」

 

メイ「怒ってるじゃない、怒ると右の目を少し細めるの、今も変わってないんだから。久しぶりに会ったのにそんなに怒らなくたって……ちょっとしたサプライズのつもりだったのよ」

 

マーサ「私が人見知りだって知っててこういうことするなんて! 男の人となんか、この10年、親戚やご近所のお年寄り以外と喋ったこともないのよ」

 

メイ「ごめん……(マーサの様子を窺うように間をおいてから)ごめんね、私、無神経だったよね。ただ、びっくりさせたかったの……喜んでくれると思ったのよ」

 

 SE:茶器の音。紙箱を開ける音。

 二人ともしばらく黙々と作業

 

メイ「(沈黙に耐えかねて)ねえ、ごめんってば」


 

マーサ「(ため息をついて少し気疲れしたように)わかってる。はい、これ運んで」

 

メイ「お茶菓子……お持たせのチョコレートだけ? 昔よく作ってくれたブラックベリーのタルトは?」

 

マーサ「あれは、いいの」

 

メイ「たくさん作っていつも冷蔵庫に入れてるって言ってたのに」

 

マーサ「お土産のお菓子しか出さないのは失礼だっていうのはわかってるけど……こんなおしゃれなお菓子をお土産にもらって、田舎の素人くさいお菓子なんか出せないわ、あんな素敵な人に」

 

メイ「(間をおいて)……図々しいこと言ってるのは百も承知だけど、あれは私の思い出の味なの。エドにも食べさせたかったのよ。車の中でさんざんマーサの作ったタルトは最高なんだって話して聞かせたからエドも楽しみにしてるわ」

 

マーサ「(ため息をついた後、間をおいてぼそっと)……チャービルと粉砂糖で飾ったらちょっとはおしゃれになるかしら」

 

メイ「そのままでも素敵よ」

 

マーサ「……そんなわけにはいかないわ。先にそれ運んで。タルトはきれいに飾ってから持ってくるわ」

 

メイ「ありがとう……ね、マーサ」

 

マーサ「何?」

 

メイ「ほら、8歳の頃だったかな、ここの庭でさ、ブラックベリーの花が満開で、散った花びらいっぱい拾って花吹雪にして、無邪気に結婚式の花嫁さんみたいって言って……」

 

マーサ「そんなことあったかしら?……覚えてないけど」

 

メイ「あったわ。花びらがひらひらーって、すごくきれいだったじゃない。あのとき、約束したこと覚えてる?」

 

マーサ「……ごめんなさい、全然思い出せないわ」

 

メイ「……ほんとに忘れちゃったの?」

 

マーサ「……ええ」

 

メイ「(残念そうに)……そう」

 

 SE:雨の音フェイドアウト

 

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 SE:鳥の鳴き声を流す。随時茶を飲んだり、お菓子を食べる音

 このパートから音質はクリアに

 

カリン「というのが、母さんと父さんの馴れ初めなんだって。体が弱くて細々と内職して暮らしてる暗―い日々に太陽の光が差し込んだみたいだったって」

 

ハリー「え、もしかして母さん、親友のフィアンセを略奪したってこと?」

 

パム「知らなかったの? 何回か話したことあったじゃん。マジであんた聞いてなかったんだ」

 

ハリー「俺には母さんやねーちゃんたちの重ーい会話よりはTVのほうがずっと面白かったし……例の母さんの妄想だと思って全部聞き流してたし」

 

カリン「母さんの妄想じゃないとは言い切れないけど……父さんと母さんが出会ったとき、母さんは23歳だったらしいから、まだ普通に暮らしている頃のことだったみたい。でも、それが母さんがおかしくなるスタート地点だったと思うわ。母さんが入院した後、日記読ませてもらったけど、23歳ごろから書いてる内容がちょっとずつおかしくなっていくのよね」

 

パム「あー、あれ読んで、あたし一日うつ状態で寝込んだわ」

 

ハリー「母さんの日記、どんな風におかしかったの?」

 

カリン「夢物語みたいな恋愛話ばっかりなの。事実じゃないわ、全部妄想」

 

ハリー「事実じゃないって、どうしてわかるんだよ」

 

カリン「私とパムとでお金出し合って探偵事務所にエド・スコットのこと調べてもらったのよ」

 

ハリー「ちょっ……待って? なんで俺だけ仲間外れだったわけ?」

 

パム「あんときあんた大学の寮に入ってたじゃん」

 

ハリー「俺が大学生だった時の話?」

 

カリン「そう。ハリーが家を出て、私がカールと結婚を考え始めたころから、どんどん母さんのおかしいところが表面化してきたのよ。それまではおかしいのは几帳面すぎるところとか、極端な人嫌いとか、ふとした会話のちぐはぐさとか程度だったのに」

 

ハリー「外でFワード叫び散らしたり、脱いでご近所をうろうろしたりしてたんだっけ?」

 

カリン「ええ、本当に嫌だった。私もパムも、仕事場に母さんから変な電話を何回もかけられたり、いきなり会議中にやってきて口汚く罵られたり、上司相手に騒いだり……仕事辞めなきゃいけなくなった時は、本当に恨んだわ。でも、母さんの一生を思うと恨み切れなくて……つらいとこよね。やっと病床が空いて入院させられたときには心底ほっとしたわ」

 

パム「あのときは、母さんがいないとこんなに身も心も軽いんだって初めて知って天国みたいだった。そんときに初めて気づいたんだよね。私たちにこんな苦労をかけて、責任も負わずに父さんは何してるんだろうって。それまでそこに考えが行き着かなかったのがほんとに不思議。で、調べようってなって、一番安い探偵事務所に駆け込んだってわけ」

 

ハリー「で、父さんってどこにいるの? 何で母さんと結婚しなかったの?」

 

パム「それがさー、エド・スコットは私たちの父さんじゃなかったの。まあ薄々感づいてはいたけどさ」

 

カリン「エド・スコットは、母さんの親友のメイ・カーライルと結婚した後、オーストラリアに転勤してるわ。そのまま二十年そっちにいて、帰国してからはサザビーに住んで、六年前に病気で亡くなってる。愛妻家で浮気の一つもなかったそうよ。母さんとは最初メイ・カーライルに引き合わされたとき以降、一度もあってないはずだから、日記のことは全部母さんの妄想」

 

パム「母さんにはオーストラリアへの渡航歴なんかないから、あっちで密会して私たちをこさえたってのも絶対ない。ほんとに母さんの妄想、一人芝居ってこと」

 

ハリー「じゃあ……じゃあさ、俺達の父親って誰?」

 

パム「(大きなため息をついて)わかんない。日記にはさ、私たちが仕込まれたくらいの時期に、エド・スコットとの甘ったるいベッドシーンが書いてあるんだけどさ……」

 

カリン「私の父親は、村はずれの道路工事に来てた日雇いの誰かよ」

 

ハリー「何で知ってんの?」

 

カリン「学校でいじめっ子に言われたのよ」

 

ハリー「えっ」

 

カリン「先生が配慮してくれて、いじめ自体はすぐなくなったけど、まわりの気遣う様子を見てたら、かえっていじめっ子が言ってたことは本当なのかもしれないって思うようになったの。母さんの日記でそれが本当かどうか調べようとしたらね、私の生まれた年の前年、七月ごろに五日間、日記をつけてないことがあって……あの、ルーティンをきちっとこなせないと取り乱していた母さんがよ? そして六日目にはページを破った跡があって、七日目に、『スコットさんと初めて結ばれた』って書かれてた。たぶん、大きなショックを受けることがあって……一週間かけて精一杯、思いつく範囲での素敵な妄想にすり替えちゃったんだと思うわ。で約十か月後に私が生まれてるの」

 

ハリー「(カリンの話したことを理解しようとする間のあと、おずおずと)カリン姉ちゃん……それで大丈夫?」

 

カリン「(少し笑って)大丈夫ってなに? 知ったのは何年も前のことだもの、今更どうってことないわ」

 

ハリー「よく笑えるよな」

 

カリン「そりゃ最初は茫然自失だったけど、どういういきさつであれ、私はこの世に生を受けて、これからも生きていかなきゃいけないもの、気にしなければいいだけよ。でも、そういう気持ちに至るまで、カールに随分支えてもらったわ」

 

パム「義兄さんに話したんだ」

 

カリン「ええ、夫婦だもの」

 

パム「ドン引かれなかった?」

 

カリン「親がどうであれ、カリンはカリンだって言ってくれたわ」

 

ハリー「義兄さん、ほんといい人だもんなあ……」

 

カリン「カールったら、こういう肝心な時に、肺炎で寝込むなんてねえ。カールは実家のご両親のところで看病してもらってるけど、(カールらしき人物の口調をまねて)『こんなときに動けなくてごめん、みんなによろしく』って半泣きだったわ」

 

ハリー「え?? 義兄さん、実家にいるの?」

 

カリン「だって、万が一、うつったりしたら大変でしょ? それにお腹に赤ちゃんがいるのに、母さんの看取りとお葬式もやって、カールの看病までっていうのは無理よ」

 

ハリー「(間をおいて、ちょっとビビり気味に)あのさ、話戻していい? パム姉ちゃんと俺も、カリン姉ちゃんと似たようないきさつで生まれたのかな」

 

パム「まさか! その頃には道路工事も終わって、誰もいない田舎に戻ってたよ。(少し改まって)ハリー、クラッグに『ライプン・ピーチ』っていうパブがあったの知ってる? 一昨年なくなっちゃったけど」

 

ハリー「何その露骨な店名。知らないよそんな店」

 

カリン「その店のカードが母さんの日記に挟まってたから、私とパム、二人で行ってみたの。お察しの通りいかがわしい店で、クラッグ一帯じゃ、いわゆるワンナイトラブ目的の男女がたむろすることで有名らしいわ」

 

パム「そこにいたおやじさんに母さんのことを見なかったかって聞いたの。おやじさんはかなり高齢だったけど、母さんのこと覚えてるって。母さん、そこでお酒飲んで男ひっかけてたって……たぶん、カリン姉ちゃんを寝かしつけて、こっそり夜中に抜け出してたんだわ。おやじさんは母さんが場違いに地味なかっこで来てて言動もおかしかったから止めたんだけど、無視されたって」

 

ハリー「うわ、マジで?」

 

パム「うん。目つきが怖かったって。ひっかけた男のことエドって呼んでたって」

 

ハリー「うわぁ……じゃあさ、母さんがその店でひっかけた不特定多数の男のうちの誰かが、パム姉ちゃんと俺の生物学上の父親ってこと?」

 

パム「たぶんね。あたしたちから見るとほんとわけわかんないけど、母さんも女なわけだし、人肌恋しかったのかしらね」

 

ハリー「俺、暴行された女性の一部は自ら性的放縦に陥ることがあるって読んだことある……あれは何でもないことだったんだって自分を無意識に納得させるために」

 

カリン「悲しいことだけど、あれは母さんの中ではエド・スコットとの楽しいデートだったのよ」

 

パム「(暗くなっていく雰囲気を救うように笑って)どうりであたしたち、似てないわけよね。あたしだけみそっかすよ。たぶん種が悪かったのよ」

 

カリン「パムはすごく美人じゃない。私に声かけてきた男の人、みんなパムのほうに行ってしまうの。幸い、物好きなカールが結婚してくれたからいいけど、昔は随分コンプレックスだったのよ?」

 

ハリー「(大きなため息)母さんの葬式直後に、自分の出自についてこんなでっかい爆弾食らうなんてなぁ(再度大きなため息)」

 

カリン「(しみじみと)やっぱりショックだったわよね」

 

ハリー「……うーん、……確かに俺、ショックは受けてるんだけど、でもなんか、ふっと……脳が軽くなった気がした……」

 

パム「脳が軽くなったって……頭が悪くなったってこと?」

 

ハリー「そうじゃなくて、なんか、……なんていったらいいかわからないけど、首輪を外してもらえたっていうか、脳の中に重くたまってたものが一気に消えたっていうか……」

 

カリン「たぶん、私たち三人とも、母さんの理想の親子の姿に縛られてたのよ。子どもは親に愛されたら愛し返すべき、それは父親であるエド・スコットに対しても同じ、みたいな。だからこそ、父親がわからなくて、どこの誰にも義理を返さなくてもいいことに安心しちゃうんだと思う」


 

パム「母さんは、古臭い育て方で育って、あたしたちにもそのまんま押し付けてた。それしか知らなかったから。(ため息をついて)ほんとは母さんも可哀そうな人だったんじゃない? 束縛の強い親に育てられて、その親が死んだらどうやって生きていけばいいかわからなくて、好きな相手とベッドを共にすることもなく、傷を妄想で塗り潰してそのまま精神疾患病棟で死ぬっていう人生だよ? あたしだったら耐えられないよ」

 

ハリー「(しみじみと)母さんも、一人の人間だったんだなあ……しかも、本当に誰かの救いの手が必要な孤独な女性……」

 

カリン「当たり前じゃない。悲しいことに、たぶん、救いの求め方も知らなかったんだと思うわ」

 

パム「そして、あたしたちは、そういう母親と、ろくでなしの父親の血を引いてるっていうね」

 

カリン「(笑って)私なんか父親は犯罪者よ」

 

カリン・パム・ハリー「(大きくため息をつく)」

 

 間。茶器の音、お茶を飲む音が響く。

 

カリン「(気を取り直すように)結局弔問には一人も来なかったし、そろそろ着替えましょうか。喪服にタルトのくずをつけたままだと油じみになっちゃうわ」

 

パム「ハリー、これからブラックベリー少し刈るから手伝いな」

 

ハリー「ええ? 業者入れようよー、とげ痛いし」

 

カリン「(笑って)作業用皮手袋、納屋にあるわよ」

 

パム「あんたが食べたそのタルト、何でできてると思ってんの?」

 

ハリー「(渋々答えて)ブラックベリー……」

 

パム「それはどこで穫れたやつ?」

 

ハリー「ここの庭」

 

パム「まだこの先も食べ続けたいなら手伝えよ。あんたが家を出てからずっと女手だけでやって来たんだからね」

 

ハリー「……はい」

 

 SE:駐車する音、ドアのノッカーの音

 

ハリー「あれ? 誰か来た? 玄関見てくる」

 

パム「誰が来るって言うのよ」

 

 SE:大きめにドアのノッカーの音 玄関へ向かう足音

 

ハリー「(のぞき穴から見て小声で)知らない人だ……(ドアの向こうに呼び掛けて)失礼ですが、どちら様でしょうか」

 

フィービー「(ドアの向こうから)こんにちは、フェブラリー・スコットと申します」

 

ハリー「……スコットさん?」

 

パム「(向こうの部屋から叫んで)フェブラリー・スコット?!」

 

フィービー「はい。あの、マーサ・ミドルトンさんの友人だった、メイ・スコットの娘です……母の旧姓はカーライルなんですけど」

 

 SE:フィービーのセリフにかぶせてどたどたと玄関へラッシュする足音 玄関のを開ける音

 

パム「こんにちは、初めまして! メイさんとエドさんの娘さんね。どうぞあがってって! ほら、ぼんくら、とっととお客さんをご案内して! ごめんねえ、うちの弟、ほんとどんくさくて」

 

ハリー「(割り切れなさそうに)え、えええ?? 客間? リビングでいい?」

 

パム「(被せて)リービーンーグ! (ぶつぶつと)客間はキッチンから遠いじゃん、気が利かないったらありゃしない」

 

ハリー「(ぶつぶつと)……もう! こういうのに慣れてないんだって……(フィービーに向って少し警戒しているように丁寧に)どうぞこちらへ」

 

フィービー「あの、お構いなく……すぐ帰りますので」

 

 SE:椅子を引く音

 

カリン「どうぞご遠慮なく。私はカリン・エイブル―、マーサの長女です。こっちは次女のパム・ミドルトン、この子は末っ子長男のハリー・ミドルトン。もうお茶の葉が開きますから、どうぞ一服なさって。お茶菓子も田舎のものでよければたくさんあるし」

 

フィービー「ありがとうございます。母の代理でお葬式に出ようと思ってたんですけど、渋滞に巻き込まれてしまって。墓地のほうには先ほどうかがって、母のメッセージをつけた花輪をお供えしてきました。あ、こちらは母が好きだったファルーカのチョコレートボンボンです。皆さんで召し上がってください」

 

カリン「あら、パッケージも素敵! お心遣いありがとうございます」

 

 SE:席に着く音 茶器の音



 

カリン「どうぞ」

 

フィービー「あっ……このタルト……ホームメイドですか?」

 

カリン「ブラックベリーのタルトです。他界した母から教わったレシピで作ったんです」

 

パム「庭のブラックベリーを使ってるから完全無農薬。見かけは地味だけど、その辺のお菓子屋さんにも負けないよ」

 

フィービー「これが……。(しみじみと眺めた後)母から聞いています」

 

ハリー「あのー、……今日はお母さんの代理ということは、メイさんはもしかして」

 

フィービー「はい、母はホスピスに入っていて……もうあまり長くはないんです」

 

ハリー「(同情した様子で)そうなんですね」

 

パム「ねえ、なんでうちの母さんが死んだのを知ったの?」

 

フィービー「……お答えする前に、私からも一つ伺ってもいいですか?」

 

パム「あ、うん、どうぞ」

 

フィービー「母の近況はお尋ねになるのに、父のことを質問なさらないのはどうしてですか?」

 

パム「そりゃあ、近況って言ったって、エドさんは六年前に……」

 

カリン「(慌てて小声でパムを制止して)パム! ちょっと黙って!」

 

パム「(ごく小さな声でカリンに向かって)あっ……ごめん」

 

フィービー「父が六年前に他界したことをご存じだったんですね。(詰問調ではなく、ナチュラルに)やっぱり調査なさったんですか?」

 

カリン「ごめんなさい、フェブラリーさん。調べさせていただいたわ。ご家族の身辺を調べられたと知ったら、あまり心穏やかではいられないでしょう? だからあまり大っぴらにしたくなかったんですけど」

 

ハリー「あの、すみません。(噛んで)フャビュラリーさん、あなたは……」

 

フィービー「(被せて)フィービーでいいですよ、フェブラリーって言いにくいので」

 

ハリー「(仕切り直して)フィービー、あなたは知らないだろうけど、俺たち、母さんに『父親はエド・スコットさんだ』って教えられて育ったんです。だから、俺たちを私生児にしてほっぽらかしている父親のことを知りたくなって、探偵に頼んだんです。嫌な気分にさせたなら謝ります」

 

フィービー「いいえ、嫌な気分だなんて全然。私が皆さんだったら、調査だけでなく訴訟準備で弁護士雇ってると思います」

 

ハリー「あ、そうなんですね……」

 

フィービー「では、皆さん全員、私の父が父親ではないことはもうご存じなんですね?」

 

カリン「ええ」

 

フィービー「よかったです、父のためにも、母のためにも。……先ほどのご質問なんですけど、なぜ私がマーサさんのご逝去を知っていたかというと、父が警戒して、探偵にマーサさんの動向を報告してもらってたからなんです。マーサさんが亡くなるまでという契約で」

 

パム「わあ……契約金、高かったろうなあ」

 

フィービー「そうなんです、先払い一括でほんのちょっとお得だったみたいですけど」

 

ハリー「(話が逸れそうになったのを窘める感じで咳払いをした後)エドさんはなんで母さんを警戒してたんですか?」

 

 SE:重そうなバッグから紙の束を取り出す音

 

フィービー「これ、見てみてください。マーサさんから父に送られた手紙です」

 

ハリー「エドさん宛ての手紙……こんなにたくさん」

 

カリン「……確かに母さんの字だわ」

 

フィービー「もちろん読んでくださっても結構です。血液で書かれたものや髪の毛が入っているのもあるのでお気をつけて」

 

ハリー「髪? やばくない?」

 

パム「(呻いて)いやー……読まなくてもだいたい内容がわかっちゃうよね」

 

カリン「私もわかるわ。エドさん怖かったでしょうね」

 

フィービー「こんな手紙が最初に届いたとき、父は母に見せて相談したんです。だけど母は何かの間違いだって言って信じようとしませんでした。でも、手紙が届くのがあまりにも頻繁で、内容も嘘と現実が混じったよう奇妙な感じで……母もうつ状態になってしまったんです。受け取り拒否すればよかったんでしょうけど、父は母の目に触れないよう、私書箱まで契約して受け取り続け、こうして保管していました」

 

ハリー「え、なぜ? もしかしてエドさんも母さんのことを……その、気に掛けてた……とか?」

 

フィービー「気に掛けていたと言えばそうかもしれません、警戒という意味で。父は母を愛していて、浮気なんか考えたこともない人でした。マーサさんの動向を把握したかったのと、万が一のことが起きたときに、この手紙が何らかの証拠になるかもしれないと思って、全部受け取ってたんです」

 

カリン「万が一のことというのは……」

 

フィービー「当時、精神疾患を抱えた人が起こした事件が偶然続いて、父は俄然、母と私を守らなければと強く思ったようです。海外の在任期間をできる限り延長したり、帰国してもここからすごく遠いサザビーに住んだり。母にはマーサさんと関わりを断って、絶対に故郷の街へ戻らないように厳しく言っていました。母は大雑把だけど素直な性格で、約束は必ず守る義理堅いところがあったので、マーサさんとは連絡を取らないと父に約束して、そこはきっちり守っていたんです」

 

カリン「エドさんはとても賢明な方だったんですね」

 

フィービー「父がマーサさんを怖がっていた一方で、母はさびしがってました。鮭料理を見て『鮭はいいな、故郷に帰れて』なんて言うくらい」

 

パム「鮭は洋上漁獲や養殖ものも多いからそんなに羨まなくても……」

 

カリン「(遮って)しっ! 黙って」

 

フィービー「(被せて笑ってから)そんな母を、父は心配して、この手紙の束と、これまでのことを全部私に話して、自分の死後も母を守ることを頼んで他界したんです」

 

カリン「ご苦労なさったんですね。マーサの娘として謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」

 

パム「そうよね。母さんが一方的に迷惑をかけたんだもん。ごめんなさい」

 

フィービー「いえ、こんなことを言っては大変失礼ですが、皆さんは私の何倍も苦労してらっしゃいます。年に一度、報告書でマーサさんの暮らしぶりは把握していたので……皆さん、とてもお辛かったと思います」



 

カリン「私たちの苦労なんて、フィービーさんとご両親への償いには足りませんわ」

 

ハリー「俺は姉二人が庇ってくれて、大学にも行って、そこまで苦労してないんです。今日、自分の父親がフィービーのお父さんじゃなくて、どこの誰だかわからないっていうのを知ったくらいで……申し訳ありません。姉たちにも、フィービーにも」

 

フィービー「もう、過ぎたことにしませんか? ずっと謝っていてももう終わったことですし、私たちみんな、それぞれの未来がありますから」

 

カリン「そう言っていただけたら、救われた気がします」

 

フィービー「……ここへ来て、皆さんとお話しできて、本当に良かった。(間をおいて)……あ、お茶、いただきますね」

 

カリン「もう冷めてしまってるでしょう? 淹れ直しましょうか」

 

フィービー「ありがとうございます。でも私、猫舌なのでこれくらいがちょうどいいんです。タルトもいただきますね」

 

 SE:茶器の音

 

フィービー「(食べて)おいしい……素朴で素直で、ほっとする優しいお味ですね。皆さんは召し上がらないんですか?」

 

パム「フィービーが来たとき、もう私たちは食べ終わったところだったのよ」

 

カリン「よかったら、少しお土産にいかが?」

 

フィービー「ええ、ぜひお願いします。実は、今日ここへ伺った目的の一つがそれなんです」

 

パム「このタルトを持って帰るのが目的?」

 

フィービー「そうです。さっき、私の母はホスピスにいるって言いましたよね? ずっと鎮痛剤でぼんやりしていて、ほとんど何も食べられないんです。でも、ブラックベリーのタルトなら食べたい、マーサさんの作るタルトは本当に美味しかったって。もう一度食べられたらどんなにうれしいかって涙ぐんでました」

 

 SE:立ちあがってキッチンをゴソゴソする音

 

カリン「(キッチンから缶を持って戻って)このクッキーの空き缶に詰めたんだけどこのままでいいかしら? いいラッピングペーパーがなくて……」

 

フィービー「いえ、充分です。ほんとうにありがとうございます、母が喜びます」

 

 SE:ビニール袋に詰めた氷の音

 

パム「ほら、氷。カスタード使ってるから一応冷やしとかないと」

 

ハリー「保冷剤があるとよかったんだけどなあ」

 

フィービー「たぶん大丈夫です。(時計を見て)あ、もう五時! そろそろ、お暇しないと」

 

パム「もう帰るの」

 

フィービー「はい」

 

ハリー「さっき、フィービーが来てよかったって言ったけど、俺たちも会えてよかったと思います。振り返ってみたら、殺伐とした内容しか話してないんだけど、……うーん、なんか、意外と楽しかったというか……」

 

カリン「(穏やかに笑って)うふふ、不謹慎だけど、本当にそうね」

 

フィービー「今朝、お母さんのお葬式だったのに、架空の父親の娘が尋ねてきて楽しく談笑、って考えてみたらシュールですよね。……親御さんを亡くしたばかりの方々に言うことではないのはわかっていますけど、私も不思議と楽しかったです」

 

パム「泣きわめいたり恨んだり怒ったりっていうのが普通かもしんないけどさ、一区切りつけて楽しいと思えたらそれが一番」

 

フィービー「……私は、父が他界したときすごく泣いたので……でもこういう、湿っぽくないのもいいなって思います。とにかく、居心地よくお話しができて、伝えなきゃいけないことを全部伝えられて、ほっとしました。(意味もなく少し後ろめたそうに)……また、ここに来てもいいでしょうか?」

 

カリン「ええ。ここは、今は私が夫と一緒に住んでいるんだけど、ぜひお茶でも飲みにいらして。もうすぐ子どもが生まれるから、私がお相手できないときはパムかハリーに頼むから」

 

パム「あたしは隣の隣のバス停んとこ住んでるから、いつでも来るよ」

 

ハリー「俺はクラーデンに住んでるけど、……時間があったら来るかも」

 

フィービー「ありがとうございます。無理はなさらないでくださいね。あ、そうそう! 最後に一つだけ伺いたいことがあったんです! 忘れるところでした」

 

パム「え? なになに?」

 

フィービー「母が最後にマーサさんと会ったのは、父と結婚が決まったことを報告に来たときだったらしいんですけど、つい最近、母が『あのとき、マーサはあの約束のこと忘れてしまってた』って寂しそうに言ったんです。どんな約束だったのか、気になって……何かご存じありませんか?」

 

パム「約束? ……うーん、知らないなあ。カリン姉ちゃん、知ってる?」

 

カリン「ごめんなさい、わからないわ。ごめんなさい、お役に立てなくて」

 

ハリー「(被せて)俺にも聞いてよ!」

 

パム「あんたが知ってるわけないじゃん」

 

ハリー「……まあ、そうだけどさ……」



 

フィービー「大丈夫です。人には秘密があって当たり前、まして約束事ですから。肉親だからってすべてを知るわけにはいかないものです。では、失礼いたします」

 

SE:ドアの開閉音、鳥の声

 

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 SE:鳥の声 風の音

 可能ならばこのパートは少し音質を落としたり、薄く雑音を入れるなどして、昔の雰囲気を出す。最初のパートよりもさらに昔風に聞こえるように。

 ここからの演者はあくまでも無邪気。マーサは少し暗めに。

 

メイ(8歳)「マーサ、風が吹くと、ブラックベリーの花びらがひらひらーってなってすごくきれい!」

 

マーサ(8歳)「うん、ギルビーさんの結婚式のときに、こんな感じで花びらみんなが散らかしてたよね」

 

メイ「散らかしてたんじゃなくて、投げて雨みたいに降らしてたんだよ」

 

マーサ「教会の前の広場、地面が石でできてるからデコボコしてお掃除がきっと大変よ。(間)メイ、なにしてるの」

 

メイ「(しゃがんで)花びらを集めてるの。きれいなのだけ」

 

マーサ「きれいなのはあんまりないわよ。みんなしわしわになったり茶色くなったりしてるわ」

 

メイ「でもよーく探せばあるわ。ほら、こんなにあった。でももっと欲しいな」

 

マーサ「こっちの花は、きれいな実にはならないから取っちゃってもいいわ」

 

メイ「いいの?! ありがとう。やっぱり、散る前の花びらのほうがきれい! (間。集め終えて)ふぅ、これでいっぱい集まったわ」

 

マーサ「どうするの、これ」

 

メイ「(低く)これはねえ、(溜めてから)こうするのー!(花びらを投げ上げ、自分たちの上に降り注ぐのをうっとり眺めて)ね? きれいでしょ? お花の雨ー!」

 

マーサ「うん、きれいね。ほんとに結婚式みたい」

 

メイ「(はしゃいだ気分で)ねえ、あたしたち、大きくなったら誰かと結婚するでしょう? もし、結婚する人が決まったら、誰よりも先に教えあいっこしない?」

 

マーサ「私は、体が弱くて何もできないって母さんが言うから……きっと結婚もできないわ」

 

メイ「体が弱くても結婚してお母さんになってる人いるよ? パーシーんとこのおばちゃんも体弱いけど、お母さんになってるよ? だからマーサも大丈夫!」

 

マーサ「そうかな」

 

メイ「うん、そう! 絶対そう。マーサならきっと素敵な人と結婚する!」

 

マーサ「(おずおずと)じゃあ、私も約束しちゃおうかな。お母さんに知られたら怒られるから、秘密にしてね?」

 

メイ「わかった! 秘密の約束ね! 絶対守ってね。でね、マーサが結婚する時には、あたし、きれいな花びらを降らせてあげる! いっぱい、いーーーっぱい!!」


 

ーー終劇。

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