
オレンジの香り
*登場人物(名前は任意変更可)
岩崎史子いわさきふみこ・・・アラサーの女性。育ちがよく穏やか、かつ理知的。
三島香奈みしまかな・・・岩崎より3つ年下の女性。岩崎に対しては弱々しく喋る。
関屋秀幸せきやひでゆき・・・三島と同期・同年齢の男性。誠実。
モブ店員・・・性別年齢任意。台詞極少。兼役OK
*演技・編集上の注意
・作品ジャンル:現代ロマンス
・指定箇所以外のSE/BGMはお任せいたします
*以下本文
場:夜のホテルのロビーで営業中のラウンジ(静かめ)
BGM:アンビエントなピアノなど、店内音楽
SE:歩いてきて、椅子(ソファ)に座る音
関谷「(不愛想に)お疲れ」
三島「遅かったね。(媚を含んで)関谷、今夜は来てくれないかと思った」
関谷「休暇前に片付けたいことが山積みなんだよ」
SE:冷たい水の入ったコップを置く音
店員「ご注文をお伺いしてもよろしいでしょうか」
関谷「ホットオレンジひとつ」
三島「じゃあ、私はピニャ・コラーダおかわりで」
店員「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
三島「(店員が去るのを待ってから)ホットオレンジなんか頼むの? 意外」
関谷「夜に酒を飲むと眠りが浅くなる体質なんだよ。明日も朝から会議だからしっかり寝たい」
三島「(笑って)健康志向なんだ。そういえば今日のお昼もお野菜たっぷりのお弁当だったよね。ねえ、岩崎さんの手作り弁当おいしかった?」
関谷「(うるさそうに)ああ、史子さんが作るものは何でもうまいよ」
三島「関谷、お肉や揚げ物が大好きなのに?」
関谷「そんなのどうでもいいだろ。それより何の用だよ」
三島「(ちょっと間をおいて)ねえ、関谷と岩崎さんの結婚式の招待状が届いたんだけど……どうしようか迷ってるの。私は出席したいんだけど……ねぇ?」
関谷「好きなようにすればいいだろ。いちいちそんなことで呼びつけんなよ」
三島「(溜息を吐いて)私のこと好きだったくせに」
関谷「それは何年も前の話。三島が俺のことふったんじゃん」
三島「あの頃は愚図で仕事もできなくて、岩崎さんにすぐ泣きつく最低男だと思ってたから……よく考えればよかったって、今は思ってる」
関谷「惜しかったと思ってんの?」
三島「んー、複雑」
店員「お待たせいたしました。ホットオレンジとピニャコラーダでございます。どうぞごゆっくりお過ごしください」
SE:グラスを置く音 去っていく足音
三島「(少し間をおいて)関谷、結婚したら岩崎さん一筋で生きてくんだよ? わかってる?」
関谷「当たり前だろう」
三島「岩崎さんって美人だし、仕事もできて筋が通った人だよ? ……関谷と結婚するって聞いたときびっくりした。結婚してくれって土下座でもしたの?」
関谷「したよ」
三島「したんだ(笑って)。でもさ、これから関谷は一生、岩崎さんだけを相手にずっと暮らすんだよ?……息苦しくならないの? 最後に羽目外したいとか思わない?」
関谷「は?」
三島「(一呼吸おいて)……部屋、取ってあるんだけど」
関谷「そういう冗談はやめろよ」
三島「本気よ、ほら、カードキー」
関谷「どういうつもりなんだ」
三島「(ちょっと笑って)関谷が岩崎さんのおかげでどんどん垢抜けてかっこよくなっていくのを見てて思ったの。私もちょっと踏み出してたら、未来が変わったかなって。……あ、安心してね、結婚の邪魔をするつもりじゃなくて、今夜は後腐れなしにするから」
関谷「(少し間をおいて)……無理」
三島「無理?」
関谷「俺、そういうの無理」
三島「そう? 結婚前に遊び収めする人、多いわよ」
関谷「俺も史子さんも、そんな人間は嫌いだ。帰る」
三島「えー、帰るの? 女から誘ってんのよ?」
関谷「こういうのに男も女もない」
三島「(立ち上がって背を向ける関谷に)ねえ、一口くらい、飲んでったら?」
SE:関谷の去る足音
三島「行っちゃった……つまんない男。まあいいや」
SE:カクテルを飲む音
三島「(ゆっくりと独白)はー、ここのカクテルおいしー……ちょっと高かったけど、このホテルいっぺん泊まってみたかったのよね。口コミでアメニティとモーニングがすごいっていってたし。じゃあ、そろそろ部屋に……」
SE:ゆっくりと近づいてくるパンプスの足音、近づいて止まる
岩崎「(ゆっくりと、親しみや怒りなどの感情は込めずに、ただ穏やかに)こんばんは、三島さん」
三島「(動揺して)え? 岩崎さん」
岩崎「ねえ、ここ、座ってもいい?」
三島「(少しきまり悪そうに)……どうぞ」
SE:ソファに座る音。
岩崎「ごめんなさい、秀幸さん、お代を払わずに帰っちゃったわね。私が払うわ」
SE:グラスの中で氷が動く音
三島「話、聞いてたんですか」
岩崎「ええ。ごめんなさい」
三島「(呟いて)気づきませんでした」
岩崎「(ゆっくり、落ち着いて)……秀幸さんがね、三島さんが変に絡んでくるって言ってたの。今夜も相談があるとかで呼び出されてるから、同席してくれないかって言われて……私、笑って取り合わなかったのよ。でも、待ち合わせの場所がホテルだっていうのがちょっと引っかかって」
三島「ですよね」
岩崎「……秀幸さんはもともと三島さんのこと好きだったし、誘われたら靡くかもしれないと思ったの。信じてたのに、ちょっと揺らいじゃった」
三島「(小さくため息)」
岩崎「ホットオレンジ、いただくわね」
SE:両者がしばらく静かにグラスを傾ける音
岩崎「……三島さん、秀幸さんのこと、本当は好きなんでしょう」
三島「……いいえ」
岩崎「じゃあ、どうして今になって秀幸さんを誘ったの?」
三島「……ぐちゃぐちゃにしてやりたくなったんです……」
岩崎「……どうして? (相手の返事を待ってから、三島が話し始めないので自分から切り出して)ねえ、話してみない? 責めたり怒ったりしないから」
三島「(ためらう間をおいて、とつとつと)私、本当に関谷さんには恋愛感情はひとかけらもないんです……だから、一度も気を持たせるようなことはしなかったし、交際を申し込まれたときもすぐに断りました。だけど、私に振られて落ち込んでた関谷さんを岩崎さんが慰めて、食事に連れて行くようになって……」
岩崎「私、秀幸さんの教育担当だったから、元気づけたかったのよ」
三島「ええ、わかってます、自然な成り行きだったってことは……。でも、岩崎さんが関谷さんを好きになって、付き合うようになって……私が関谷さんとのお付き合いを断ったことがきっかけでこんなことになるなんて……(泣きそうになったあと、洟をすすって、気丈に)だから、壊したくなったんです」
岩崎「どうして? 秀幸さんには興味がないんでしょう?」
三島「ええ、関谷さんには」
岩崎「……もしかして、私にうらみがあるの? 私、何かした?」
三島「岩崎さんも、私も、何もしなさ過ぎたんです。……関谷さんから、私が交際を断ったときなんて言ったか、聞いてませんか」
岩崎「たしか、他に好きな人がいるって……」
三島「(半泣きで)……私、まだその人のことが好きなんです。好きで好きでたまらないんです。……その、関谷さんをみると変な気分になって……なんだか、憎いような、羨ましいような……でもちょっと違ってて、……そう、苦しめたい。それが一番近い気がします。(叫ぶように)私だって、好きな人と手を繋いで、キスして、肌を重ねたかった」
岩崎「……三島さん、酔ってるの?」
三島「(必死さを滲ませて)……岩崎さん、私が誰を好きなのか、聞かないんですか?」
岩崎「(少し怯んで)……それは貴女の胸の奥にしまっておいて」
三島「(被せて、哀願口調で)聞いてください」
岩崎「……言わない方がお互いのためだと思うの」
三島「(被せて、哀願口調で泣いて)お願いです、聞いてください。……私が……私がずっと好きだったのは……」
SE:嗚咽、フェイドアウト。
BGM:フェイドアウト。
――終劇。