
腸詰めと煮凝り
むかしむかし、ある村におじいさんとおばあさんが住んでいました。
おばあさんは腸詰め作りの名人で、ケガをして死んでしまったり、秋のお祭りのときにしめられたりしたぶたから立派な腸詰めをこしらえるのでした。その腕前は、村の人々がおばあさんの腸詰めの味を思い出すだけでよだれが出てしまうほどです。
おばあさんはひつじやぶたの腸にひき肉や粗くきざんだ肉を、食べたときの舌ざわりを考えながらきつめに詰めていくのですが、固いすじ肉やこりこりとした軟骨、ぷりっとした腸の切れっぱしを入れています。だから食べたとき、ちょっと堅めで噛むごとに楽しくて、特におかみさんたちに大人気です。
おじいさんはと言えば、腸詰めはあまり好きではなく、柔らかくてぷるんとした煮凝りを作るのがとても上手でした。豚の皮や骨、食べられない固いところを煮詰めて、すこし伸びのある、でもたゆんたゆんと揺れるきれいな煮凝りで、それをぶよぶよと触るのがおじいさんの最高の楽しみだったのです。だからおじいさんはおばあさんの横で、自分の好きなやり方で煮凝りを作ります。それはそれでこってりとおいしく、こちらは特に村の男たちに人気がありました。
そしてある日のことです。
とうとう、おじいさんとおばあさんに腸詰めと煮凝りのどちらがおいしいか取っ組み合いの喧嘩が起きました。ちょっとした咎め合いから、コップや皿までが飛び交う大喧嘩になっています。一晩たっても、おじいさんもおばあさんも一歩も譲らず、へとへとに疲れてしまいました。でも、二人は決着をつけずにはいられません。
とうとう二人は神父さまに腸詰めと煮凝りのどちらがおいしいか聞きに行くことにしました。それぞれが自分が作った中で一番おいしそうに出来たものを皿にのせていそいそと教会へ向かいます。神父さまに食べさせて、その場で勝ち負けを決めていただくつもりなのです。
神父さまはちょうど祭壇に垂れて固まったろうそくの滴りを掃除しているところでした。
そこへおじいさんとおばあさんがただならぬ様子でやってきたので。神父さまは何事かと掃除をやめて二人を迎え、落ち着いて話をするよう促しました。腸詰めと煮凝りの皿を礼拝の場に持ち込んでやいのやいのと騒ぎ立てるおじいさんとおばあさんに神父さまは優しげに尋ねました。
「では、あなた方はこの二つを食べてどちらがおいしいか決めてほしいと言うのですね」
おじいさんとおばあさんはそうですそうです、と口々に言い、持ってきた皿とフォークに腸詰めと煮凝りをのせて神父さまに差し出しました。
神父さまは礼拝の場で食べていいのは聖餐式のパンとぶどう酒だけだと思っている人だったので、教会の前の庭に出てそこにある岩に腰掛けて腸詰めを食べてみることにしました。
おじいさんとおばあさんが見守る中、神父さまはゆっくりと食べはじめました。まずはおばあさんの腸詰めからです。
「ほほう、これは塩けも練り具合もちょうどいい。肉のクセも丁寧に処理されている。食感が固めで最高ですね。口の中でしばらく楽しめる固さが、計算され尽くした心地よさです。噛むごとに肉の旨味を感じる……これは素晴らしい」
それを聞いておばあさんは顔を輝かせ、得意げにおじいさんの肩を軽くどやしつけました。
次はおじいさんの煮凝りの番です。
「おお、これは……揺れ加減が絶妙です。むっちりとした手応えがある……これはいい。おお、このぶりんとした舌ざわり、弾き返してくる瑞々しさ……これもまた塩加減がいい按配だ。こちらも絶品です」
おじいさんもぱっと笑顔を浮かべ、面白くなさそうなおばあさんの脇腹へ肘をぐいっと押しつけました。
「さて、どちらがおいしかったか、ですが」
おじいさんとおばあさんは固唾をのんで神父さまの次の言葉を待っています。神父さまはあっさりとこういいました。
「どちらも素晴らしく美味しくて、優劣はつけられません」
おじいさんとおばあさんはがっかりし、なんとしても優劣をつけてほしいと食い下がります。すると、神父様はおばあさんに変なことを尋ねました。
「おばあさん、あなたはおじいさんと夫婦になっていますね。やはり夫婦としてやっていくなら男性と、とお考えなのでしょう?」
「……ええ? ええ、まあ、女と夫婦になるなんて聖書に背くことでしょう?」
神父さまは今度はおじいさんに向き直ります。
「おじいさん、おじいさんも男と夫婦になろうと思ったことはありませんね?」
「はぁ……まぁ、男とは夫婦になろうなんて考えたこともありませんです」
「おばあさんの腸詰はどちらかと言えばおかみさんたちに人気、おじいさんの煮凝りは働き盛りの男たちに人気、そうでしたね?」
二人は強くうなずきました。神父さまはしたり顔です。
「女性が逞しく固い腸詰を好むのも、男性が弾力があってぷりんぷりんとした煮凝りを好むのも当然ではありませんか?」
その言葉に老夫婦は呆気にとられました。この神父様がなんだかすごいことを言ったような気がしたのです。神父さまは笑いを噛み殺して続けます。
「人の好みがそれぞれ違うからこそ物事は均衡がとれて、神は天にしろしめす、すべて世は事もなし、という具合に収まってくれるんですよ、アーメン」
神父さまが十字を切り、おじいさんもおばあさんも慌ててそうしました。納得がいかなかったのですが、全く納得いっていないわけでもなく、よくわからないながらもありがたい答えをもらったような気がして、おじいさんとおばあさんは目を合わせ、ちょっとばつが悪そうに仲直りの笑顔を浮かべました。
そうして、おじいさんとおばあさんが教会の門を出ようとしたとき、おじいさんが神父さまのほうを振り向いて、口ごもりながら尋ねました。
「あの、神父さま」
「はい、なんでしょう?」
「神父さまというのは、そのう……一生、その、……お、女に触れることはないと聞いたけんども、神父さまは、煮凝りのこのぷるんぷるんの具合を……えー、あのー、……えっと、そのー、何で……ご存じなので?」
神父さんは笑って、片目をつむって見せました。
「知らないほうがいいことも、この世にはたくさんあるんですよ」
――了