
御台所日記
朝、かわりなく来ぬ。
北の方、起きにけり。
暗く、寒かりしに、いとこころもとなく、衣を替えふわふわスリッパを履きて、エプロンを着けり。家の者の出いで居ゐるところのヒーターに火を入れ暖めてのち、台所に向かいつ。
ラジオてふちょう音を立てる小箱から天気、通れぬ道の知らせなどよろずのことを聞きつつ、北の方はいとせわしかりし。
台所に大きな櫃を立てて置きたるあり、冷蔵庫といふものにて、内には冷たき気流れ、くさぐさのくひものあり。そこから鳥の子、ちひさきとめいとう、豆腐、青菜ども、さらに取り置きたる鶏の唐揚げなど出したり。冷蔵庫には氷室ありて、そこより凍らせたる甘塩の鮭、みどりはなやさいもつかふとて掴みだす。
グリルてふ箱の形の七輪に鮭を入れ、焼きながらそのうへの鼎かなえに鍋を置き、豆腐と青菜を煮てみその入りたる汁を作る。さらに鳥の子を割り、あさつき多く入れ味をととのえ、かき混ぜて四角なる浅鍋で焼きつつ巻き、巻きつつ焼きけり。グリルにて焼ける鮭のよこに、冷えたる唐揚げ、凍りつるみどりはなやさいを足して共に温め、
「いとをかし、これこそ生活の知恵なれ」
とうそぶきぬ。
えれきてるなるとつくにの妖術によりて炊ぎたる釜よりあやしき音ありつるに、うつくしき姫飯ぞ炊きあがりたる。北の方、そこから杓子にて三つのわりごに艶めく白き姫飯を詰め、冷ましてのち、赤き梅、黒き海苔ぞ飾りつる。隙間には唐揚げ、柔らかく菜の花の色したる鳥の子焼き、みどりはなやさいにみそマヨを添え、竜の目を描きいれる如く、ちひさきとめいとうをあしらひけり。
北の方の、皿に朱うつくしき鮭を盛りて香の物、納豆なども朝餉の膳につけしに、ラジオ、卯の刻を告げぬ。北の方、
「あなや、あなや! とのとひめたち起こさばや」
と階段下にて大声に呼ばわりけり。眠たきいらへありて、とのもひめたちも夜着のままにてながやかにうちあくび、寒し寒しといひつつ座につきけり。北の方うち慌てつつ、湯気あたたかき姫飯と汁を盛り、卓に並べぬ。
「とく召せ。先ほどラジオにてこれより雨にならむとぞ。傘持ちてまいれ」
「あはれ、いとわろし。いかでかあたらしき沓の濡れけがれざらむ」
「母上、ふくべの色の剥げつるに、いんきゅーぶにありし、ろうたき桃色のふくべ得てしがな」
「わが帰り、けふきょうも遅くなむめりなんめり。業ごうの残りのつらきこと、上うえの司つかさの能なきによるべし」
北の方、とのとひめたちのよしなしごとにうけこたへつつたちはたらき、三つのわりごに箸を添え平包みにて包み、それぞれ渡しぬ。とのもひめも身をととのえ、雀の鳴きかわすとば口ぐちにて沓を履き
「さてはまかりもうす」
と急ぎて出づ。
北の方、
「御身おんみだいじに」
と皆送り出してのち、雷いかづちの力にて内のくるくるとくるめく大きなる櫃に洗ひ衣を入れて洗はせる間に、静かになりし卓に戻りてひとり座す。壁の暦こよみに記しおきつる皆の要事雑事、パートのシフトなどを検めつつ、ゆるらかに朝餉をしたためけり。もっとも心安らぎたるときとなむ。
これこそ、かわりなき一日のはじまりなれ。
――了――