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不如帰は歌う

 

*登場人物(A~Eはすべて任意の名前に変更すること)

A・・・35歳の男性。真面目な堅物で気弱な大男。Eという妻を亡くしている。

B・・・68歳くらいの男性。穏やかで気品がある。Aの義父、Eの実父。

C・・・Aと同年代の男性。シュッとしている。Aを呼ぶときは愛称でも可。(例:よしお→よっしー、など)。

D・・・12歳くらい、性別不問。Aの子。若干ませている。

 

*演技・編集上の注意

・作品ジャンル:恋愛寄りのヒューマンドラマ。聴いてほっこりではなく、リスナーさんをさびしい気持ちにするのを目標に。

・一人称や言い回しは適宜変えてください。

・指定していない箇所のSEやBGMは任意で。あんまりお涙頂戴的な雰囲気のBGMはご遠慮ください。できれば環境音風で。

・ナチュラルであることを大切に。


 

*以下本文

 

場:昭和の木造建築の居間。Aが持ち帰った仕事を片付けているところへ子どもが顔を出す。

SE:全編、適当なところで小さくホトトギスのさえずりを流す。和風住宅の障子を開ける音

 

D「まだ仕事?」

 

A「ああ、起きてたのか」

 

D「おとうさんさあ、最近目の下にクマができてるよ。それじゃモテないよ」

 

A「ちょっと書類の手直ししてるだけだからすぐ終わるよ」

 

D「ふーん、じゃあ、おやすみなさい」

 

A「おやすみ」


 

SE:しばらくキーボードを叩く音。

 

A「(背伸びして)ああ、やっと終わった……」

 

SE:廊下で床板を軋ませる足音。

 

A「あれ? D?」

 

間。

 

A「ん? 誰かいるような気がしたけど……気のせいかな」

 

間。

 

SE:障子を開ける音

 

A「あ、お義父さん」

 

B「今夜はホトトギスがよく鳴くねえ。Dは寝たかい?」

 

A「はい、やっと」

 

B「Dが寝ると、ほっとするよ。来年には中学生だっていうのに、まだ育児気分が抜けない」

 

A「Dを任せっぱなしですみません」

 

B「娘が小さかったころは仕事に追われて何もしてやれなかったからね。その分を孫にしてるだけだよ」

 

A「で、僕が今仕事に追われる役って感じですね(笑う)」

 

B「恩送りみたいなものだよ。家族としての立ち位置も世につれ時につれて流動していくんだし」

 

A「達観してますね」

 

B「(笑って)妻や娘が今もいてくれたら、こんな達観はできてなかっただろうさ」

 

SE:冷たい麦茶を淹れる音

 

B「はい、麦茶とお茶請け」

 

A「ありがとうございます。……あれ、ゆべし? 珍しいですね」

 

B「うん、いただきものでね。郡山の老舗のだって。寝る前に甘いものも、たまにはいいだろう」

 

A「……郡山の……」

 

B「……ところでA君、君はいくつになったんだったかな」

 

A「35です」

 

B「そうか、Eが死んでから随分経つんだね」

 

A「お義母さんとEが事故に遭ったあの交差点はもう通れません。フラッシュバックして……つらくて」

 

B「私もだよ」

 

A「とにかく、Dが助かってよかった。Dがいなかったら、犯人ぶっ殺してましたよ」

 

B「あの頃の君は目が吊り上がって、言動がおかしかったからねえ。君を見張るために無理言ってうちに同居させたけど、こっちも妻と娘を亡くした身だからね、世話が焼けて参ったよ」

 

A「すみません」

 

B「(ためらうように少し間を置いてから)でも、最近思うんだけどね、君はまだ若いんだから、誰か理解あるひととおつきあいしてみたらどうかな」

 

A「いえ、今は仕事とDをりっぱに育て上げることだけで手一杯ですから。それにこんな子持ちのオジサンとつきあおうなんてひと、そうそういませんよ」

 

B「そうかい? 私は、君にはいい出会いがあったんじゃないかってずっと思ってるんだが」

 

A「どうしてそう思うんですか?」

 

B「……自分で気づかないかい?」

 

A「え?」

 

B「スマホ見ながらため息ついてたり、急にあーとかうーとか言ってたりするし、なんか恋人ができた初心な10代みたいなんだよ。好きな相手でもできたのかって思ってね」

 

A「僕、そんな感じなんですか?」

 

B「うん、この2、3年、時々ね。君の中でEの存在が薄れていくのはつらいけど、君が何らかのよすがを手に入れてくれたらって思うんだ。君にこのままストイックな人生を送らせるのは、本当にすまなくてね……だから、その話を聞かせてくれないか。そうすれば安心するから」

 

A「本当に安心するんですか」

 

B「するよ」

 

間。

 

A「(ためらいつつ)3年前、転属希望を出して、全然違う部署に配属されたって言ってたでしょう?」

 

B「ああ、言ってたね」

 

A「前の部署では、みんなEの事故のこと知っててすごくよくしてくれてたんです。最初はありがたかったんですけど、何年経っても可哀想な人扱いなんです。皆の労りがかえってつらくて、新人にまで気を遣われていたたまれなくなって……だから新しいとこでは、職場の人間とは必要最低限しか話さないようにしてたんですよ」

 

B「ほう」

 

A「それで、隣のデスクの人が、えっと、Cさんって言うんですけどね、僕と同じで誰ともしゃべらなくて、すごく不愛想なんです。仕事のこともほんとに二言三言しか話さないんですよ。お互い関わらないのがいいんだろうと思って空気みたいに接してたら、他に誰もいないとき、高そうな練り切りを僕のデスクの端において、すーっと目の前に押してよこしたんですよ。びっくりして顔を見ると、無表情で『それ、おいしいから』って」

 

B「(笑って)おいしかったかい?」

 

A「おいしかったです」

 

B「はははは……それで?」

 

A「それから時々、お茶菓子をやり取りするようになって、ちょっとずつ話すようになりました。Cさんがゲイだって噂、その後聞いたんです。うちの部署は他人に干渉しない雰囲気ができてたんで気づかなかったんですけど、知った後で見ると、他の部署のやつらからひそひそやられたりしてました」

 

B「へえ」

 

A「人前では不愛想でちょっと皮肉屋で嫌われキャラみたいなのを貫いてましたけど、二人でいるときは優しい人でしたよ。人と話さない分、親しくなったら結構な話好きで、親にカミングアウトしたら勘当されたとか前にいた会社に居づらくなって辞めたとかで、話聞いてたら本当に気の毒でした……」

 

B「で、仲良くなったんだね」

 

A「……はい」

 

B「恋愛感情も持った、と」

 

A「……何でそこに飛躍するんですか」

 

B「話運び的にそうかなと。もうこの歳だし、たいていのことには驚かんよ」

 

A「(声を上ずらせて)えっと、その、そういう話じゃなくて、いい友人としてつきあってたっていうか……彼、今月から子会社に移籍して郡山こおりやまに出向して、もう接点はないんです」

 

B「また戻ってくるのかい?」

 

A「……しばらくは無理でしょう。あっちでいいポストに就くかもって噂ですし」

 

B「(間を置いて、溜め息をついて)連絡を取ってみてはどうかね?」

 

A「いいえ。きっと彼も心機一転してるところですよ」

 

B「(間をおいて、大きなため息)……君はもう、なんと言ったらいいか……大バカなんだな。(背後に呼び掛けて)もういいでしょう、どうぞお入りください」​

 

SE:障子が開く音。

 

----------<前後編で切る場合、後編のスタートはここ>----------------

 

C「(リビングに入ってきて)失礼します」

B「お待たせしてすみませんでした」

C「いえ、ご迷惑も顧みず、ご厚意に甘えたのはこちらですので……本当に申し訳ございません」

A「えっ?! えええええ?!」

C「久しぶり。元気だった?」

A「C……Cさん?! なんっ?! なんでここに?!」

 

----------<前後編で切る場合、前編の末尾はここ>----------------

 

B「義理とは言え不肖の息子がまともにご挨拶もできませんであいすみません。ほら、A君、ご挨拶は」

 

A「こんばんは、ご無沙汰しております……っていうか、さっきの、聞いてたんですか?!」

 

C「ああ、うん」

 

A「いっ……いつから! どのへんから聞いてたんですか?!」

 

C「ぜんぶ。君のお義父様のご協力を得て」

 

B「とにかく、A君、ちょっとは落ち着きなさい。Cさん、どうぞこちらへ。麦茶でよろしければ、どうぞ召し上がってください」

 

C「ありがとうございます」

 

A「(納得いかなそうに)……お義父さん、これはどういうことなんですか?」

 

B「見ての通りだよ。では、お二人で積もる話でもどうぞ。うちにあるものは何でも食べたり飲んだりしていいから。(あくびして)年寄りは夜更かしがきつくてねえ。先に休ませてもらうよ。あ、客間に布団敷いといたから、あとでA君、お客様をご案内して。じゃあ、Cさん、ごゆっくり。おやすみなさい」

 

C「お気遣い恐縮です。おやすみなさい」

 

A「……おやすみなさい」

 

SE:遠くなる廊下の足音

 

C「(足音が聞こえなくなるのを待ってから、溜め息をついて)改めて、おひさしぶり、A」

 

A「お久しぶりです……」

 

C「(Aの台詞に被せて笑って)君のテンパってるの、いつ見ても面白いねえ。とにかく座ったら? そのゆべし、俺のお土産。おいしいから食べてみて」

 

A「(座って、おずおずと)あの、何の用で来たんですか」

 

C「(恨みがましく)……俺を着拒してるだろ」

 

A「……先に着拒したのはそっちでしょう」

 

​C「うん、それについては謝るよ。ごめん、売り言葉に買い言葉で大人げなかった。でも、俺、すぐ解除したんだよ?」

 

A「気づきませんでした」

 

C「(溜め息をついて)とにかくさ、これはらちが明かないと思って仕事休んで会いに来たんだよ。たまたま玄関先にいたお義父さんにAさんの同僚ですって挨拶したら、あがっていけって言われてね、じっくり話し込んじゃったよ……君のお義父さん、なんか、いろいろすごいね」

 

A「フランクすぎるんですよ、あの人は……(溜め息)うちの義父ちちに変なこと言いませんでした?」

 

C「いいお付き合いをさせてもらってたって言った」

 

A「(呻く)」

 

C「君のお義父さんは本当にいい人だね。Dちゃん/くんもいい子だし、Aもしっかりお父さんやってるし……羨ましいよ」

 

何と答えたらいいかわからない感じの間。

 

A「(話題を探して、やっと見つかったように)……郡山はどうですか?」

 

C「ラーメンがうまいかな。あと、鯉とか初めて食べた。あれは観光地とかで餌やりをする為の魚だと思ってたから」

 

A「(笑う)」

 

C「で、君も知っての通り、エリアマネージャーとして向こう5年はいてくれって言われてるんだ。半年だっていうから出向の辞令に従ったのに、騙された」

 

A「いい話じゃないですか」

 

C「いい話?」

 

A「Cさん仕事ができるんだから、当然の昇進ですよ」

 

C「薄情だね」

 

A「Cさんの栄達を喜んでるんです」

 

C「(皮肉っぽく)一緒に居られない状況を喜ばれて、俺がいい気分になるとでも?」

 

A「……(返事に困って息を詰まらせる)」

 

C「(間を置いて、溜め息をついて、ぽそっと)じゃあ、そろそろ帰るよ」

 

A「え、郡山に」

 

C「まさか。今夜はビジホ取ったから」

 

A「うちに泊まるんじゃなかったんですか」

 

C「君の家族のご厚意に甘えすぎるのもね。俺、君にとっちゃいては困る存在だから」

 

A「そんないい方って……」

 

C「(Aの台詞に少し被せて)否定できないくせに」

 

A「いや、それはですね……」

 

C「(Aの台詞に被せて)でもね、来てよかった。君にはいいご家族がいる。いい意味で頭が冷えた」

 

A「え」

 

C「勝手に来て、勝手に傷ついて、勝手に拗ねてごめん。困らせたいと思って来たわけじゃないんだ。(呟くように)ただ、君が少しでも、俺のことをまだ好きでいてくれたらって思っただけで」

 

A「(つらそうに)好きですよ。……好きじゃなかったら、こんな仲にはなりませんでしたよ。だけど、僕は家族を守らないといけなくて……あなたのことは、義父はともかく、子どもにどう伝えればいいのかわからないんです。学校のこととか、近所の目とか、自分だけなら気にしませんけど、家族は……」

 

C「うん、わかる。そんな理由でふられるのも初めてじゃない。もう、いいよ」

 

A「……ごめんなさい……(泣きそうに)ほんとうにごめんなさい」

 

C「謝らなくていいよ。独りには慣れてるから」

 

SE:廊下を歩く音。靴を履く音

 

C「見送りとかいいから。最後に、これだけもらってくよ」

 

SE:軽いリップ音

 

C「(さびしそうに、ちょっと鼻を啜って)じゃあ、おやすみ」

 

A「おやすみなさい……」

 

SE:玄関の引き戸を開け、閉める音

 

A「(溜め息)」

 

B「(のそっと)Cさん帰っちゃったのかい? ダメじゃないかA君」

 

A「わっ! お、お義父さん?!」

 

D「何やってんの、おとうさん。ダサいよ、ダサすぎるよ!!」

 

A「えっ……D?!」

 

B「A君には本当にがっかりしたよ。Eもきっと呆れてる」

 

D「ほんとおじいちゃんの言うとおりだよ! これがぼく/私の父親かと思うとめっちょ情けない」

 

A「ふ、二人ともなに言ってんの?」

 

B「Cさんを追いかけなさい! 追いかけなかったら縁を切る!」

 

D「僕/私も逆勘当する!」

 

A「えっ?! だって、……僕は家庭のために」

 

B「(少し被せて怒鳴って)だってもくそもあるか! 自分のヘタレを人のせいにするな! 世間体なんかくそくらえだ! つべこべ言わずに追いかけろ!」

 

A「でも」

 

B「(遮って)うるさい! Cさん捕まえられなかったら、本当に出て行ってもらうからな!」

 

A「(しばらくためらって、いらいらしたように息を吐いて)」

 

SE:性急に靴を履く音、引き戸の開閉音、走り出ていく音

 

B「(溜め息)私たちを世間の目から守ろうなんて、見くびられたもんだ」

 

​D「まったくだよ。オトナってめんどくさーい」

 

B「(笑って)君の父親は特にね。自分が我慢すれば丸く収まるなんて思ってる人ほど、色んなことを見誤るんだ」

 

――終劇。

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